あなたには分からない
アトミス城横に構えられた、アトミス騎士団本部。
騎士団の勤務は三交代制で、昼頃や夕方には騎士団本部前が出勤と退勤の騎士達でごった返す。
その機会を狙って、お目当ての騎士を待ち伏せする女性も少なくなかった。
そう、今日はフィーナもそのうちの一人だ。
昼の鐘が鳴り響く中、フィーナは騎士団本部の前で、女性たちの群れの中に立っていた。
フィーナのお目当ては、つい最近断られた九人目の縁談相手である。彼は、アトミス騎士団の新人だった。
(もし、彼のところにまでカミロさまが突撃していたとしたら……)
フィーナが見合いを始めた二年前に一人目、二人目と、縁談相手の前へカミロが現れていることは確認済みだ。
けれど、フィーナはまだ淡い期待をしていた。
一人目は軽薄な男だったから。二人目は結婚願望の薄い人だったから。カミロが二人にだけ特別に、釘を指したんじゃないかって。
九人全てに確認するとなると流石にフィーナの精神的ダメージが大きすぎるため、つい最近断られた九人目の彼から話を聞いてみようとしているのである。
鐘が鳴り終わると、騎士団本部の門からは騎士達がぞろぞろと現れた。門で待ち構えていた女性達は、積極的にその群れへとなだれ込む。
フィーナは若干尻込みしながらも、九人目の彼の姿を探した。
(……いた! あの人だわ)
癖のかかった金髪に、目尻のホクロ。同い年の十八歳で、とても話しやすかった。初めての縁談で、緊張していると言っていた。
『……僕には、君とやっていく自信が無いんだ』
ついこの間そうやって断られた、あの彼だ。
「あ、あの!」
「……フィーナさん? どうしたのこんな所で」
九人目の彼はフィーナに気づくと、彼女の元まで足早に駆け寄った。軽く挨拶を交わすと、二人の間にはわずかに気まずい沈黙が訪れる。それもそうだ、断られたのはつい最近の話なのだから。
「こんなところで待ち伏せしてごめんなさい……あなたに、少し話があって」
「話? じゃあ、なにか食べながらでもいいかな。僕、昼食がまだで」
ちょうどフィーナも昼食はまだだった。彼は騎士団近くの定食屋へとフィーナを案内し、慣れたように日替りのランチを注文する。窓も大きく小綺麗な店内には騎士達に混ざって女性の姿もチラホラ居て、彼がフィーナに気遣ってこの店を選んでくれたことがよく分かった。
「美味しそうですね」
「でしょ。見た目よりボリュームもあるんだよ」
彼は、日替りランチを飲み込むように口に運ぶ。その勢いに驚きながらも、フィーナは話を切り出した。
「話ですが、じつは縁談のことで」
「ああ……あの時は本当に申し訳なかったと思ってるよ。せっかく話を頂いたのに」
「いえ、謝って欲しい訳では無いのです。断られたのは仕方ないと思っています。それよりも……断られた理由が知りたくて」
「理由?」
彼は口いっぱいに肉をほおばったまま、きょとんとしてしまった。理由など、もう君に伝えてあるだろう? と彼の顔がそう物語っている。
「あなたは縁談に対して『自信が無い』からと仰いました……もしかして、誰かに何か忠告されたりしましたか」
「……あー。うーん、君に言っていいのかな」
やはり彼も、『何か』が言われていた。続きを聞かずとも、彼の身に何が起こったのかはもう分かってしまった。
「カミロ様が、騎士団にやってきたんだ。言われたんだよ、『フィーナを絶対に幸せにする自信はあるか』って」
四人目は警察官だった。
五人目は城の役人だった。
六人目は……七人目は……
見合い相手であった彼ら全てに会って確かめるまでもない。きっとどの縁談もカミロが妨害したのだ。
カミロを信じていたいフィーナの、淡い期待は外れてしまった。今日会った彼は、とくに問題は無さそうな男だった。真面目に騎士団に勤めていて、気さくで、女性への気遣いもできる人。そんな相手の前にも、カミロは口を挟みに現れた。
今夜もハーブティーを望まれてカミロの部屋まで運んだけれど、フィーナの顔色は冴えない。どうしても、彼の行動に納得が出来なくて。
「どうした?」
「……」
「なにか言いたいことでもあるのか」
カミロは昔から、フィーナの表情を読むことに長けている。フィーナが黙りこくっているだけで、すぐに気持ちを言い当てられてしまった。
「……私、以前お見合いをした方と会ってきたのです」
声が震える。
ひどい。悔しい。こちらの気持ちなど知らないで────
「聞きました。カミロ様が、彼らと会っていたこと」
「……そうか」
カミロが、少し目を伏せた。ただ、返事はいつも通り『そうか』と言うだけ。なにも変わらない彼の様子に、フィーナは更に腹が立った。
「お前の結婚のために、彼らには建設的な話をしただけだ」
「どこが建設的なんですか。『縁談を止めてしまえ』って、そう言ったそうじゃないですか! そんなの、妨害です。私の邪魔をして楽しかったですか」
「邪魔?」
「そうです、カミロ様が彼らにそんなことを言わなければ、私は今頃誰かと結婚出来ていたかもしれないのに!」
フィーナがそう言った途端、カミロの眉がピクリと上がった。
けれど、フィーナだって治まらなかった。
「誰かと結婚? お前が」
「そうです、私、九回もお見合いしました。カミロ様が止めたりさえしなければ、その中の誰かが私と結婚してくれたかもしれないじゃないですか」
「そうだな。九回見合いをして、俺で十人目だ」
カミロは、突然フィーナの手を掴んだ。
怯むフィーナを捉えるのは、いつになく熱を持ったアイスブルーの瞳。
「お前は十人目の相手を好きになるんだろう」
カミロは半ば強引にフィーナを引き寄せると、その身体を自身の胸へと抱き止めた。
抱きしめられている。あの、カミロに。
触れ合う距離に、互いの鼓動を感じて。
頭上から降る彼の熱い息に、身体中がぞくぞくとした。
「こうやって、相手を本気にさせると言った」
「い、言いましたが」
「お前も早く本気になれ」
身じろぎしても、背中に回されたカミロの腕がフィーナの身体を逃がさない。まるで『俺は本気だ』と、全身で伝えるように。
なぜ? カミロが?
本当に……本気で?
「こんなことは、俺で終わりにしろ」
『こんなこと』。
『こんなこと』じゃない。
決して、『こんなこと』なんかじゃない。
カッとなった。フィーナが繰り返してきたことを、まるきり否定されたような気がして────カミロの胸を思いきり押しのけた。
「カミロ様には分からないんですよ! 私の気持ちなんて!」
蜂蜜色の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出る。
彼の部屋から、フィーナは飛び出した。背後から名を呼ぶ声にも振り向かず、ただ一人になりたくて。
涙は止まらない。
何のものかも分からぬ動悸は強くなるばかり。
フィーナは自棄になって、自室へと駆けたのだった。
誤字報告ありがとうございます!!
とても助かりました(;ᴗ;)
次回はカミロのお話です。