表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

疑心とハーブティー



 トルメンタ伯爵家に、夜がくる。

 フィーナはガラス製のポットにハーブティーを淹れ、カミロの部屋へと向かっていた。歩く度に、優しいグリーンのお茶がゆらゆらと波打つ。


 街から帰ってきてからというもの、フィーナの心はずっとざわめいていた。

 カミロがフィーナの知り得ないところでやったことは、明らかに縁談の妨害だ。正直、ショックを受けていた。しかしカミロが妨害をしなければ、フィーナはあの軽薄な男と結婚していた可能性もおおいに有り得る──

 それを思うと怒るに怒れなくて、カミロの真意を知りたくて……フィーナは長い廊下を歩いたのだった。


 


 カミロは部屋で、寝衣にも着替えずに待っていた。フィーナが持ってきたハーブティーをトレイごと受け取ると、彼女を部屋へと招き入れる。


「……手間をかけたな」

「いえ、そのようなことは」


 フィーナは、部屋のソファへと腰掛けた。それを見届けると、カミロも向かいの席へ着く。

 虫の声だけが響くカミロの部屋は、とても静かだった。静かな部屋に、微妙な距離。二人きりの空間に、気まずい空気が流れてゆく。

 街で耳にした話について真相を探りたいが、そのような雰囲気のなかではカミロとまったく目が合わず。どう話を切り出して良いのか分からない。


 ぎこちない雰囲気の中、カミロがお茶を口にした。


「良い香りだ」

「あ、そうですよね。街で評判のお店で手に入れたのです。お茶の種類も豊富で、素敵なお店でして」

「俺のために、買ってきてくれたのか」

「は、はい」

「……ありがとう」


 カミロは目をそらしたまま呟いた。

 そのように、改めて言われると恥ずかしい。カミロが面と向かって『ありがとう』などと言うなんて、よっぽど寝不足に参っていたのだろうか。たしかに眠れないままでは、仕事にも身が入らないかもしれない。


「寝不足のままで、お仕事は大丈夫でしたか」

「ああ。行けばなんとかなる」

「良かったです。今朝は朝食も召し上がらずに出勤されたので、心配していたのです」

「……朝食を抜いてしまっていたことに、今気がついたな」


 カミロは、アトミス城の事務官として働いている。取扱の難しい機密文書を扱う仕事で、ゆえにミスは許されない。やはり身体が資本である。寝不足などもってのほかだろう。


「今日は眠れるといいですね」

「……どうだろうか……」

「このハーブティーは、心を落ち着かせる効果があるそうなんです。カミロ様に効けば良いのですが」


 とはいっても、ただのハーブティーに劇的な効果を期待したりはしていない。ただ少しでもホッとしてくれたら。フィーナの見合いの事など忘れて、肩の力を抜いてくれたなら。


「そうだな。昨日よりは、幾分落ち着いているかもしれない」

「そうですか」

「お前のおかげだ」


 フィーナは首をかしげた。昨日の寝不足はフィーナのせいであったのに、気分が落ち着いてきたのもフィーナのおかげだとカミロは言う。ハーブティーの効果が早くも出ているのだろうか、それなら良かったとも思うのだが。


「良かったら、明日も欲しい」

「えっ、ハーブティーお気に召しましたか?」

「ああ。またこのような時間を持ちたい」


 ずっとこちらを見なかったカミロの瞳が、ゆっくりとフィーナに向けられた。伏し目がちなその顔はどこか恥じらっているようで、思わずこちらも照れてしまう。


「お前が、面倒でなければだが」

「い、いえ、このくらいはお易い御用です」

「……そうか」


 カミロはようやくフィーナと目を合わせた。

 フィーナの表情を確認するように見つめた彼は、安心したように微笑んだ。


 それは甘さを含んだ、眩いばかりの笑顔だった。






 (ああ……あぶなかったわ……)


 翌朝。フィーナはいつものように掃き掃除をしながら考えた。


 (あの笑顔は凶器だわ)


 不意打ちで向けられたカミロの笑顔。十二年間トルメンタ伯爵家にいて、彼のあのような顔を見たのは初めてだった。

 彼はただでさえ美しく整った容姿をしているのに、不意に包み隠さぬ笑顔を見せられたら。それだけで世の女性は皆ときめくのではないだろうか。


 だから、この胸の高鳴りは決しておかしくない。

 自然なことだ。自然なこと……。

 フィーナは必死に、自身の胸に言い聞かせていた。


 (結局、カミロ様には聞けずじまいだったな……)


 昨晩は、街で聞いたカミロの行動について本人に確認できぬまま、ばたばたとカミロの部屋を後にした。カミロの笑顔の破壊力で、フィーナの心臓がそれどころでは無かったためだ。


 あの笑顔を見たあとでは、彼を問い詰めるのもはばかられてしまって……しかし、このまま真偽をはっきりさせなければ、フィーナの憂いが晴れることは無い。


 (昨日みたいに、誰かに話を聞けないかな)


 何せ、フィーナは九回も見合いを繰り返している。ということは、見合い相手は九人もいたのだ。そのうちの誰かから話を聞くことが出来たなら?


 もしかすると、昨日会った一人目の男がどうしようもない浮ついた男だったから、カミロが特別に釘を刺してくれたのかもしれない。


 (うん……そう信じたい)


 他の見合い相手にも話を確かめれば、それも明らかになるかもしれない。

 居てもたってもいられないフィーナは、身支度を整えると二人目の見合い相手の元へと向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ