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一度目の真実


 寝不足なカミロの出勤を見送ったあと、フィーナは街の表通りへと繰り出した。


 賑わいをみせる表通りには、評判の良いハーブ店があった。ハーブの茶葉やスパイスから石鹸やオイルまで、様々なオリジナル商品がずらりと並ぶ。店内はハーブの香りが混ざり合い、棚を眺めているだけでも心安らぐ店だ。


 フィーナは店に入ると、棚に所狭しと並べられた茶葉の缶を見渡した。


 (カミロ様にはどのハーブティーが良いかな……)


 安眠効果の強いハーブティーも良いけれど、朝のカミロの様子を見ているとなんとなく気持ちの問題のような気もする。そんな彼には、心を落ち着かせる効果を持つものはどうだろう。

 店員に効能を尋ねながら、ほっとする香りが評判の緑の茶葉と、爽やかな香りでリラックス効果のある茶葉を選んだ。カミロに飲んでもらうのが楽しみだ。

 ディレットとチェリにもお土産を買って帰ろう。きっと喜んでもらえる。フィーナは品物を買い求めると、足取りも軽く店を出た。




「あれ? フィーナさん?」


 店を出たところで、後ろから名を呼ばれた。それは聞き覚えのある声だった。

 振り向くと、そこには赤髪の青年がひとり立っていた。

 間違いない。姿にも見覚えがある。それは二年前──この男は、フィーナの一番目の縁談相手だった。


「ひさしぶりだね! 元気?」

「え、ええ、あなたも」


 彼は確か二つ歳上、老舗商店の息子だった。趣味はカフェ巡りとネクタイ収集。家庭的な女性が好みだと言っていた。

 あれは人生初の縁談であった。ガチガチに緊張していたフィーナは、すべての情報を頭に叩き込んでから見合いに臨んだ。もう過去の話だ。


「フィーナさんもここのハーブティー好きなの? 俺も良く飲むんだ。ハーブティーいいけど、スパイスも素晴らしくてよく使うよ。おすすめは──」


 彼は商売人なだけあって、話すのがとても上手だった。三度しか会わなかったが、会うたび会話に困らなかったことを覚えている。ただ、三度目で断られたのだが。

 今みたいに──当時も、フィーナが黙っていてもどんどん話してくれたし、どんどん話を振ってくれた。仏頂面のカミロとは正反対で。


「そうだ、もうフィーナさんは結婚したの?」

「えっ?」

「あの時『なるべく早く結婚したい』って言ってたじゃない」


 いきなり結婚の話題を振られてびっくりした。たしかにフィーナは『早く結婚したい』と言っていた。あれから二年も経ってしまっているけれど。

 ちらりと見えた彼の指には、金色に輝く婚約指輪がはめられている。


「それが、私はまだなの。縁談は何度もいただいているんだけど」

「まあ、あのカミロ様がいたら無理だよね」

「カミロ様?」

 

 なぜここで、カミロの名が出てくるのだろう。

 

「なぜ? カミロ様が、どうかしたの?」

「どう、というか……君と見合いをした時、カミロ様がうちの商店に来たんだ。君との結婚について、『そのくらいの覚悟なら、この縁談は止めてしまえ』って」




 フィーナは耳を疑った。

 雷に打たれたような衝撃が全身を襲う。


「……そ、そんな」

「あのカミロ様にそんなことを言われたらね……君と結婚しようという勇気は出なかったよ」


 初耳だった。本当にカミロがそのような事をしていたのなら……まるで妨害じゃないか。


 フィーナはこれまで、九人の男に縁談を断られてきた。そのたびに張り切って、でも断られて。なぜなのか、自分の何が駄目だったのか、断られるたびに悩んでいたのに。


「それは、本当なの……?」

「本当だよ。でも今思えばカミロ様のことなんて気にせず、君と婚約すれば良かったよ。僕はあのあと別の子と婚約したんだけど、その子がワガママでさ。君のほうがずっといい子だもの。ずっとフィーナさんのことを気になっていたから、今日会えたのは運命だと思うんだ」


 目の前の彼は、こちらがどんな顔で聞いているかも気にせずぺらぺらと話す。彼の婚約者にもフィーナにも、なんて失礼なことを言うのだろう。彼との縁談は、破談になって正解だったのかもしれない。断られてめそめそしていた自分が馬鹿みたいだ。

 その後も彼からは何か話しかけられた気がしたが、フィーナの耳には何も入ってこなかった。


 それよりも、カミロだ。

 カミロは、気にかけてくれていると思っていた。見合いを成功させたいフィーナに、協力してくれていると。なのにどうしてそんな真逆のことを。


 一度目だけだろうか? それとも二度目も三度目の相手にも……まさか、すべての相手に?

 カミロの狙いが分からない。フィーナは赤髪の彼などすっかり忘れ去ったまま、カミロへのハーブティーと大きな疑心を抱えて帰路に着いたのだった。






「わあ、フィーナありがとう」

「ありがとうフィーナちゃん、とてもいい香り」


 フィーナはリビングにいたディレットとチェリに、ハーブ店で購入したお土産を手渡した。ディレットにはほんのりお茶が香る上品なサシェを、チェリには彼女らしい甘いブレンドのアロマオイルを。二人はおおいに喜んでくれたが、フィーナの心が晴れることは無い。


「カミロには何を買ってきたの?」

「ハーブティーを買いました。寝不足のようだったので、寝る前に飲んでいただこうと思って……」

「うそぉ! お兄様が寝不足ぅ?」


 チェリは、今朝カミロが寝不足であったことを信じられないようだった。


「あんなに図太いお兄様が、寝不足になんかなるかなあ」

「チェリ、恋の病よ」


 ディレットは意味ありげに、含み笑いをチェリに向けた。その意味をチェリもなんとなく察したようで。


「お兄様もやっと自分の気持ちに気付いたのねぇ」

「遅い初恋ね。カミロも鈍いんだから」


 ディレットとチェリが、カミロのことを楽しげに話している。けれどフィーナは、それをどこか遠くのことのようにボンヤリと聞いていた。


 早く、カミロに会って確かめたい。

 赤髪の彼の言うことが真実なのか、彼の口から聞きたかった。

誤字報告ありがとうございます(´;ω;`)

助かります!

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― 新着の感想 ―
[一言] カミロ!こりゃもう押し倒すしかないぞ!(笑)
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