積年の想いは加速して
「フィーナちゃん、私のことは『お母様』って呼んでいいのよ」
「私はこれからフィーナのこと『お姉様』って呼ぶからぁ」
今朝、フィーナはカミロと和解したことを皆に報告した。すると、途端にディレットとチェリが『家族』としてぐいぐい迫ってくるようになってしまった。
とは言っても昨日の今日で。いきなりディレットのことを『お母様』なんて呼べないし、チェリからの『お姉様』にも違和感がありすぎる。
「いきなりはまだ少し……徐々に慣れていきませんか」
「だって嬉しいんだもの。さあ、呼んでみてフィーナちゃん!」
「……お、『おかあさま』」
「やだー、お姉様可愛いぃ」
「フィーナちゃん! もう一回呼んで! もう一回!」
フィーナがいくらぎこちなくても、ディレットもチェリもその呼び方を嬉しそうに喜んだ。恥ずかしいけれど、彼女たちに喜んでもらえることは満更でもない。
「でも私とカミロ様、婚約もまだまだ先なのですよ。少し気が早いのでは」
「何言ってるの、あっという間よ。絶対に婚約させてみせるからフィーナちゃんは気楽に待っていて」
今の段階で言えばフィーナ達はまだ、ただの『見合い相手』に他ならない。いわば口約束だけの不安定な関係だ。
フィーナはディレット生家のツテを頼り、遠縁の養子になってから婚約の手続きを踏むことで落ち着きそうだ。よって、養子や婚約の手続きが終わるまでしばらくはこの関係が続くことになる。
「お兄様は待てるかしらぁ」
「待ってもらうわよ、フィーナちゃんと結婚したいのなら。これが最善の策なのだから」
今朝のカミロは表情こそ変わらないものの、誰が見ても分かるくらいに浮かれていた。久々に朝遅く起きてきたと思えば、開口一番に「俺はフィーナと結婚する」とトルメンタ伯爵家の面々に向かって宣言したくらいだ。これにはフィーナもぎょっとした。もっとなにか……報告の仕方があるだろう。
「今朝のお兄様、かなりズレてたわよねぇ」
「フィーナちゃん、あんなカミロで申し訳ないけれど少しの間我慢して。遅い初恋が実って、ちょっと頭がお花畑なの」
「ちょっとかなぁ。お兄様の場合、少しの間で済むかなぁ」
ひどい言われようである。ただし、フィーナもそう思う。
だって昨夜は暗闇であったのをいいことに、彼からのキスがいつまで経っても終わらなかった。フィーナ自身も恋愛事に疎いため、止め時が分からぬままカミロからの愛を一身に受け続けていたのである。
「フィーナちゃん、嫌なことは嫌って言うのよ。カミロは暴走しそうだから」
もう既に暴走しています──とはここで言えない。しかもその暴走が嫌なわけでもないことも、口が裂けても言えないのであった。
しかしカミロの暴走は、思いもよらない勢いで駆け抜けていた。
カミロと和解したフィーナは、また寝る前のハーブティーを再開することにした。そして夜、彼の部屋まで訪れたのだが。
「カミロ様……なんです、これは」
彼から差し出されたのは、大粒のブルーダイヤが煌めくネックレスだった。そのダイヤはカミロの瞳を思わせるような、透き通ったアイスブルー。
「ちょ、ちょっと待ってください。これ一体おいくらほどされたのですか」
「本当は婚約指輪を用意したかったのだが、婚約はまだ当分先だからな……これを、フィーナに」
ただでさえ希少価値の高いブルーダイヤで、これほどまでに大きく美しい石……箱を持つフィーナの手が、カタカタと震える。
「あれ……おかしい……私達、昨日仲直りしたばかりですよね?」
「上役にも報告した。お前と結婚すると」
「早!」
トルメンタ伯爵家で結婚宣言をしたカミロは、勤務先である城でも結婚予定であることを電撃報告したらしい。その際に大変祝福されたようで『式はいつか』『婚約指輪は』と、質問攻めに合ったという。
婚約指輪はまだだけれど、フィーナに何か自分の色を身につけて欲しい。そう思い至ってしまったカミロは……早速ジュエリーショップへと向かったのだった。
「で、でもこんな高価なネックレス、普段使いできませんよ」
「まだあるぞ」
カミロの視線の先──部屋の奥にあるサイドボードをよく見てみれば、小箱がいくつも積まれてあった。考えるだけでも恐ろしいが、あれは全て高級宝飾店の箱ではないだろうか。
「えっ……もしかして、あれ全部」
「ああ、フィーナに似合いそうなものばかりだ」
フィーナはくらりと目眩がした。目の前のカミロはすこぶる満足そうで結構なのだが、どうかお願いだから落ち着いて欲しい。このままでは色んな意味でフィーナの心臓が持たない。
幸い、用意したハーブティーは気持ちを落ち着かせる作用がある。お茶如きでは歯が立たない暴走っぷりではあるが、とりあえず今の彼には飲んでいただきたい──
「俺としては早く婚約して、婚約指輪を贈りたいのだが」
「昨日の今日ですし、そんなに焦らずとも……来月あたり、ディレット様が養子先へご挨拶に行って下さると伺いました」
「ああ、来月か……来月が遠い」
婚約すら待ちきれないカミロは、フィーナをぎゅうぎゅうに抱きしめた。苦しい。息ができない。
一方フィーナは、カミロに揉みくちゃにされながらこれからの事を考えた。
彼の想いを受け取ったものの……実は結婚に際して多くの人を煩わせることに、かなりの申し訳なさを感じている。ディレットは伯爵夫人、決して暇な人ではない。養子先にだって、面倒をかけることだろう。
「あの……結婚してもしなくても、私は引き続きトルメンタ伯爵家にお世話になるのですから。私達、もしかすると別に結婚せずともよろしいのでは」
「だめだ」
「でも、私のせいで皆さんのお手を煩わせてしまって」
「だめだ、絶対に結婚する」
カミロはフィーナの頭を撫でた。先程までとは打って変わって、やさしく……子供に言い聞かせるように。
「フィーナは家族が欲しかったのだろう?」
フィーナはずっと、自分だけの家族が欲しいと願っていた。カミロに望まれたことで孤独は消え去ってしまったけれど、彼は知っている。フィーナが、家族を切望していたことを。
「俺は、ちゃんと家族になりたい」
「カミロ様……」
「一生、お前と家族でいたい」
孤独だったフィーナに、家族ができる。それはずっとそばで見守っていてくれた人。
「──はい、私もです。カミロ様」
こんなに自分を必要としてくれる人は、世界にただ一人だけ──
フィーナの返事に安心したカミロは、彼女の頬へと顔を寄せた。至近距離で視線が絡まると、引き寄せられるように唇は重なって。フィーナは覚悟して目を閉じた。
(もしかしたらカミロ様、一生こうだったりして……)
終わらないキスの嵐に、冷めてゆくハーブティー。
彼の暴走は留まるところを知らない。
フィーナは一抹の不安を抱きながら、永年の想いに身を委ねる。
やさしいキスは、今夜も二人を幸せへと導いた。
【完】
最後まで読んで下さり、本当にありがとうございました!
(追記)
誤字報告ありがとうございます!
申し訳ありません!!