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カミロのハンカチ


 九人目の彼──アトミス騎士団の彼は応接室に通され、フィーナが来るのを待っていた。わざわざトルメンタ伯爵家まで出向いてまで、これ以上フィーナに用でもあっただろうか。


「お待たせ致しました」

「ああ、ごめんフィーナさん……伯爵家にまで押しかけて。でも俺、責任を感じていて、耐えられなくて」

「責任?」


 彼はしどろもどろに話し始めた。責任を感じていると言われても、彼との縁談はもう終わった話だ。


「済んだお話ですし……もう責任など感じなくても」

「違うよ。責任感じてるのは、カミロ様に対してで」

「カミロ様に?」


 聞けば、彼は当番制で城の警護もしているらしい。その際に、城に勤務するカミロを見かけることもあったのだが、どうやら最近カミロの様子がおかしいようで。


「様子がおかしいって……どういうことですか?」

「ぼーっとしてるんだ。あんなキツかった人が」


 城でもカミロの言動の鋭さには定評があったのだが、ここ数日のカミロは魂が抜けてしまったように気力の無い様子であるという。


「あんなキレの無いカミロ様、初めてで……みんな心配しているよ。なんかずっと城にいるし」

「そ、そうなんです。最近はあまり屋敷に戻っていらっしゃらなくて」

「おおよそ、こないだ僕が言ったことで君と拗れたせいなんだろ?」

「えっ」


 なぜこの人、こちらの事情が分かるのだろう。フィーナは何も言っていないし、カミロだって誰かに話すタイプでも無いはずだ。


「カミロ様は、君のことが大好きだから」

「な、なにを仰るのですか」

「一度話しただけで、僕には分かったよ」


 カミロはこの青年に会いに行った際、詰問した。


 フィーナより長生きする自信はあるか。一生浮気はしないと誓うか。お前は、フィーナを幸せに出来るのか。フィーナの、ただ一人の家族になる覚悟はあるのか──


「君との仲が拗れてしまったのが、僕の告げ口のせいなら本当に申し訳ないと思ったんだ。縁談を辞退したのは、君の事でカミロ様に敵うはずがないって自信を無くしたからで」


 カミロは、フィーナの孤独を知っていた。知っていたから、問い詰めずにはいられなかった。その結婚が、フィーナを幸せにするものなのか。


「だから、カミロ様に邪魔されたからって訳でも無いんだよ」────


 九人目の彼は、そう言ってカミロを庇ってから帰っていったのだった。






 屋敷の一室。フィーナの部屋は、チェリの部屋の隣にあった。広さも調度品もそれほど差のないその部屋からは、トルメンタ伯爵家の愛情を感じさせる。

 自室のクローゼットの片隅には、昔から大きな木箱が鎮座していた。フィーナはその蓋を開け、目的のものを探し出す。


 箱の中は、フィーナの宝物──両親の形見が入っていた。花モチーフのブローチ、クマのぬいぐるみ、父の帽子、母の指輪……そして、綺麗にたたまれたブルーのハンカチ。


 (あった……)


 このハンカチはカミロのものだった。フィーナは箱からそのハンカチを取り出すと、当時を懐かしむようにそっと撫でる。

 これは優しさのかたまり。フィーナの大切な宝物のひとつだった。




 まだフィーナがトルメンタ伯爵家に世話になり始めて日も浅い頃。

 彼女は毎晩、部屋で泣いた。亡き両親を思って、自分の孤独を嘆いて。

 六歳のフィーナは、隠れて泣くことしか出来なかった。自分を受け入れてくれた優しいトルメンタ伯爵家の皆に、要らぬ心配をかけたくはなかったのだ。


 しかしある日、誰にも見せたくなかった泣き顔を、よりにもよってカミロに見られてしまった。

 二歳年上のカミロは冷たい印象の少年で。いつ話しかけても素っ気なく、どう関わって良いのかも分からない、そんな少年だった。フィーナも子供心に薄々気付いていた、彼からは嫌われているのだろうということが。


 なのにカミロは、何故か勢いよくフィーナの部屋へと入ってきて。そしてびくびくと固まっているフィーナの前に、自身のハンカチを差し出した。表情も変えず、ただ涙を溜めるフィーナを見下ろして。


 (懐かしいな……)

 

 あの時のことは忘れない。

 ハンカチを差し出すという行為と、無機質なカミロのちぐはぐさ。ほんの一瞬だけ混乱はしたが、フィーナはカミロという人物をなんとなく分かった気がしたのだ。

 彼は素っ気ない人間なのかもしれない、しかし冷たい人では無い。こうして、優しさを分け与えることが出来る人。分け与えることが出来るほど、優しい気持ちを持っている人。


 フィーナがハンカチと一緒にカミロの優しさを受け取ると、彼の表情がわずかに崩れた。

 フィーナはそれを見逃さなかった。ほのかに赤く染まるカミロの頬は、フィーナの泣き顔を自然と笑顔へと変えたのだった。


 それからだ、カミロのことを恐れなくなったのは。内側の優しさが見た目に出ない、損な人なのだと分かったから────






 そう、知っていたのに。フィーナは幼い頃から、カミロの不器用な優しさを知っていたはずなのに。

 あのカミロが、フィーナの幸せを壊すために動くはずがない。


 カミロはフィーナの幸せを誰よりも望んでいた。

 望んでいたから、フィーナの結婚に誰よりも本気だった。当の縁談相手達よりも。


『お前も早く本気になれ』


 抑揚のない彼の声が反芻して、胸を締め付ける。


 (私は、本気だったかしら)


 フィーナは男たちと縁談を繰り返した。断られたら次の人に。また断られたら、その次に。結婚さえ出来れば、幸せになれると……そう信じて。


 自分の思う『結婚』とは何だろう。

 幸せとは。

 本気になるとは────?


 一人きりで、自分の胸に問いかける。

 手には、折り目正しくたたまれた青いハンカチ。

 フィーナは、カミロの瞳を思わせるその青を見つめ続けたのだった。

 

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