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幕は閉じて

 カーテンを閉めきった薄暗い部屋に、隙間から日差しが漏れる。フィーナはベッドに寝そべったまま、その明かりをぼんやりと見つめていた。


 一体、今は何時だろう。きっともう日も高くなっている。そんな時間まで、フィーナはベッドに横たわったまま動けずにいた。彼女がトルメンタ伯爵家へやって来て十二年、こうして部屋に閉じこもったのは初めてだった。

 部屋に閉じこもったまま出てくることの無いフィーナを心配した者達が、入れ代わり立ち代わり扉の前へとやって来る。


「フィーナちゃん、どうしたの」

「フィーナぁ? 大丈夫?」


 メイドや執事、さらにはディレット、チェリまで。皆がフィーナを気遣って扉をノックした。


「ごめんなさい、今は一人にして下さい」


 フィーナは返事をするだけで精一杯で。心配してくれている彼らに対して罪悪感は増すばかりだが、部屋から出て普段通りに振る舞う自信もない。


 自室の扉には、間を開けて代わる代わるノックが続いた。そのうちノックの音に重なって、廊下に硬質な革靴の音が響く。

 少しずつ近づくその音に、たちまち胸がざわめいた。これは……カミロの足音だ。


「フィーナ」


 扉に向かって、カミロが語りかけた。彼の声は普段と同じようでいて、少し覇気がないように感じる。


「フィーナ、すまなかった」


 この期に及んで何を謝るというのだろう。縁談を九回も邪魔しておいて、今さら。

 悔しい。また泣けてくる。

 なのに消えない。カミロに抱きしめられたあの熱が、胸の奥から消えてくれないのだ────


「……母上に、次の縁談を頼んでおこう。もう、邪魔はしない」


 カミロはそれだけを告げると、再び足音を鳴らし遠ざかって行った。

 靴の音が、次第に小さくなってゆく。

 彼の言葉だけを残して。


 (……次の、縁談)


 彼には振り回されてばかりだった。

 十回目が終わり、次が始まる。

 おしまいなのだ。この、カミロとの奇妙な関係も──






「私、いいと思ったのになあ。お兄様とフィーナの結婚」

「こら、チェリ。もう終わったことを言うのは止めなさい」


 フィーナ、ディレット、チェリの三人は、木陰の広がるテラスでお茶の時間を過ごしている。

 あれから数日。フィーナの十回目の見合いは、あっさりと幕を閉じた。一見すると、トルメンタ伯爵家には元通りの日々が戻っているようにも見える。


「こうなったのはカミロの自業自得よ。フィーナちゃんには、他にもいい縁談がたくさんあるの。こんなにも良い子なのだから」

「ええー。結婚なんてしないで、ずっとここで暮らせばいいのにぃ」


 二人の会話に、フィーナは苦笑いで応えるほか無かった。チェリがいくら望んでくれたとしても、カミロとの縁談はもう終わったのだ。ディレットだって、次の相手を探してくれている。


「お兄様は馬鹿よねぇ。普通に『好きだ!』って言えばよかっただけなのに」

「どうせ、自覚なかったのよ。融通が効かないんだから」


 フィーナのことを思ってか、ディレットもチェリも『馬鹿だ』『酷い男だ』とカミロを責めた。それはもう、フィーナが遠慮してしまうくらい手酷く。

 当のカミロ本人は、ただ『すまなかった』と謝るだけだった。あの日から彼は早朝に出勤し、深夜に帰宅するという生活を送っている。気を遣っているのだろうか、フィーナの前に姿を見せることは無い。


「カミロ様は……このところ、大丈夫なのでしょうか」

「フィーナ、お兄様のこと心配してるのぉ?」

「優しいわね、フィーナちゃんは」


 だって、カミロはほとんど屋敷に戻ることの無い生活を送っているのだ。ちゃんと身体は休めているのだろうか。眠れているのだろうか……フィーナのことばかり考えてしまうと顔を覆っていた、あの彼が。


「少しは苦しめばいいのよ。フィーナちゃんを傷つけたのだから」

「ですが」

「フィーナちゃん。さあ、話を進めましょ。どの人にする? 私はこの翻訳家の方がオススメよ。ほかにも学校の先生もいるし、音楽一家の方も……」


 テラスのテーブルの上には、ディレットが用意した釣書がずらりと並べられていた。すべて、フィーナの『十一度目』の縁談に向けての物だ。


「わあ、この翻訳家の人いいんじゃなぁい?」

「ね。とっても素敵。フィーナちゃんにぴったりよ」


 ディレットとチェリは釣書を見ながら盛り上がっているが、フィーナにはそんな気持ちになれなくて。広がる釣書をただぼんやりと眺めていた。


 自分が自分じゃないみたいだった。まったく心が動かないのだ。以前は見合いが終わるたび、次の縁談に飛びついていたはずだった。

 なのにどうしてしまったのだろう。ずっと、本気で結婚をしたいと思っていたじゃないか。自分だけの家族が欲しいと、そう望んでいたはずなのに。


 釣書を見ることが出来ないでいたフィーナの元に、メイドがそろそろと歩み寄った。


「フィーナ様。お客様がいらっしゃっておりますが、如何致しますか?」

「私に? どなたでしょう?」


 思いがけず、来客の知らせが入った。フィーナを訪ねてトルメンタ伯爵家に来る者など稀だった。一体誰が来たというのだろう。


「それが……アトミス騎士団の騎士様のようなのです」

「えっ……?」


 アトミス騎士団の騎士。

 思い当たる人物は一人。

 それは九人目、先日会った彼だった。

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[良い点] 望月千歳です。Twitterから来ました。10話まで拝読しました。令嬢ものを読むのは初めてですが、情景描写が美しく、物語の進行もスムーズなので、とても読みやすい作品だと思いました。フィーナ…
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