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探偵、怪盗と出会う

「武器は、ハット」

『お前も知っての通り、銃のみだ。婆様が集めたという王都の屋敷にあるものは、まだ目録に登録されていない以上、使えない。あとは――地雷がある。なぜこんなものが』


 ああ、とオクタヴィアは食堂車の扉を開いて、一等車に入った。


「ほら、旅行先でたまたま埋まってたやつだ。わたしが初めて登録したんだ、懐かしい……」

『ああ、そうだったな……なぜよりによって初登録が地雷なんだと嘆きすぎて忘れていた……』


 軽口を叩きながらも、注意深く一等車を通り抜ける。だが、拍子抜けするほどあたりは静まり返っていた。


「なぜ邪魔してこないんだ?」


 帝国の遺産が暴走し、あちら側に人や世界を取りこもうとする際に必ずいるはずの敵――死者の気配がない。

 ちらと見た窓の外は、真っ暗だ。灯りもなければ本当に何もない暗闇だった。何もない空間をこの列車は走っている。つまり、ここが現世であるはずもない。

 オクタヴィアの疑問に、ハットが答える。


『おそらく奴が地図の一部だからだ。あちら側に一瞬で連れこむだけの力がないと見た』

「……乗客が眠ったまま、姿があるのもそのせいか」

『ああ。だが永遠にあちらとこちらの狭間を迷い続ける可能性もある。そうすれば、いずれ眠ったまま乗客は全員死ぬだろうよ。当然、俺様たちも餓死だ』

「それは御免こうむりたいな」


 つぶやいて、次の一等車に続く扉を開く。そこで目を見開いた。

 そこには何もなかった。真っ暗闇の中を列車が暴走しているだけだ。強い風に煽られながら、オクタヴィアはハットに尋ねる。


「確か、この先にはもうひとつ一等車両があったはずだよな!?」

『オクタヴィアよく見ろ、向こう側に先頭車両がある! さっき額縁を撃って呑まれた男が運転席にいるぞ』


 額縁を壊すことで地図は起動した。だからあの男を使用者と認識して、地図の案内人――すなわち運転手に選んだのだろう。男が手に握り込んでいるので地図は見えないが、男を操っているのは地図だ。

 目を凝らしたオクタヴィアは、わずかな灯りが上下する先頭車両を発見する。どうも見えないレールが曲がったり山なりに上下したりしているらしい。

 オクタヴィアは耳につけていたイヤリングを片方取って、本来なら一等車があるはずの前方に投げてみた。暗闇に投げ込まれたそれは、なぜか波紋を立てて静かに呑みこまれる。


「……一等車、見えないだけで存在すると思うか?」

『いやあちら側に完全に呑みこまれるやつだろう、これは。俺とお前は無事に戻れるだろうが、列車――地図を見失いかねん』


 しかし先頭車両は見えているのだ。オクタヴィアは頭上を振り仰いだ。


「跳び越える」

『まあ、それが安全……かもしれんな』


 これまで進んできた車両の壁に足をかけ、列車の上に飛び乗る。ばたばたとうるさくお気に入りのスカートがはためく中、立ちあがり、数歩下がる。

 そして助走をつけて、先頭車両めがけて飛んだ。

 一歩目、右足が見えない一等車を踏む。ヒールの靴が沈む前に、脱ぎ捨てて片足だけで跳んだ。

 二歩目も同じだ、左足で見えない足場を踏み、ヒールを脱ぎ捨てて飛ぶ。

 同時に叫んだ。


「ハット、銃を!」


 それは、命令だ。

 もうこの世界に残っていない言葉で、ハットが答えた。



『Yes, Your Majesty!』



 高らかな宣言をハットが紡ぐと同時に、オクタヴィアの右手が光る。


『System startup ...... Authentication cleared, summoned "Handgun"』


 手のひらに現れた光をにぎると、それはみるみるうちに膨れ上がって武器の形を取った。

 小型の拳銃だ。上空から、先頭車両に照準をさだめる。


『Glorify our Majesty's Victory!』


 最後の祝福と一緒に、引き金を引いた。

 先頭車両の壁が吹き飛び、運転席にいる男が見えた。先ほど呑まれた男だ。焦点の合わない瞳で握りしめているのは予想通り、額縁の中身だった。

 あれが今回の元凶、そしてオクタヴィアが助けるべき大事な友達だ。しっかりと見定めて叫ぶ。


「ハット、“地図”だ!」


 遺産の管理者であるハットが目録に登録すれば、あるべき姿に戻る。オクタヴィアの頭上で同じものを見定めたハットが叫んだ。


『Searching......Error!』


「――は!?」


 失敗を示す言葉に、オクタヴィアは叫び返す。


「なんでだ!? 地図だろう!?」

『わからん! そのはずだが――』

「わたしが道具名さえ当てればお前に登録されるはずじゃなかったか!?」


 混乱したせいで、知らず一等車に足をついてしまった。ずぷっと足の裏が沈む感触がする。


『オクタヴィア!』

「しまっ……」


 引きずり込まれる。

 きくかどうかはわからないが銃口を下に向けた、そのときだ。ぐいと腰を上に引っ張られた。


「!?」


 見えない沼に沈んでいた足首が抜けた。腰に巻き付いているのは、男の腕だ。


(なんっ……)


 真っ暗闇の中でオクタヴィアがかろうじて視認できたのは仮面と帽子、マントだった。まるで手品のように宙に浮いた男が、足場のある後続車でオクタヴィアをおろしてくれる。

 顔をあげたオクタヴィアは、仮面の奥に輝く赤い瞳に息を呑んだ。

 旧世代の、魔力の証だ。


「あの地図は、一部でしかないんだよ。壊れてはいないけど、ばらばらにされてしまってる」


 仮面の男がささやいた。


「存在を特定してやる要素が必要なんじゃないかな。どこの地図なのか、とか」


 両眼を見開いたオクタヴィアは、つぶやく。


「どこの地図……地名か? そんなの」


 わかるわけが、と言いかけて止まった。自分は聞いたはずだ。

 今はもうない場所。神と一緒に墜ちて滅びた都市。

 黙ったオクタヴィアに、男は背中を向けた。


「早くしたほうがいい。さっきの攻撃で気づかれたんだろう。邪魔が入りそうだ」


 そこでオクタヴィアは仮面の男が対峙しているものに気づいた。

 まるで列車から生えるようにして出てきているのは、土気色の、ところどころ溶けた肌を持つ死者の群れ。

 その狙いは、この世界で生きていられるほどの魔力を持った人間を貪り喰らい、現世に戻ること。

 悪に墜ちた神の封印を解くための、力を得ることだ。

 つまり、オクタヴィアとこの謎の仮面の男を喰うために出てきたのだ。だが、仮面の男は死者を見ても平然としている。


「お前……何者だ」

「行きがかりの怪盗さ」


 紳士ハットで両目を隠して、男が笑う。

 立ちあがろうとしたオクタヴィアの足元がゆれた。ハットが叫ぶ。


『時間がないオクタヴィア、この男はあとだ、ゆけ!』


 顎を引いたオクタヴィアは踵を返して走り出す。先ほどの先頭車両はもう壁を修復して隠れてしまっていた。ハットの視界に入る形でなければ、登録できない。


『どうする』

「決まってる、跳ぶ」

『だからここをどうやって跳ぶかという話をしている』

「地雷を、ハット!」


 そう言って、再び跳んだ。


「見えない一等車に取り付けろ、丁度わたしの足場になる位置に!」

『はあぁぁぁ!? 地雷をどう足場にすると』

「爆風で飛ぶ! 威力はおさえろ!」


 もう止めようにも、飛んでしまっている。地雷の爆風で飛ぶか、あやしげな一等車に呑まれて沈むかの二択なら、前者だ。


『こ、このポンコツ娘があぁぁぁ! ――Yes, Your Majesty!』


 やけくそのような叫びと一緒に、光り輝く地雷が現れた。

 それを踏みつけて跳ぶ。

 ものすごい爆音が響いて、爆風と一緒に体が吹き飛ばされた。爆風に煽られながら体勢をととのえ、先頭車両を跳び越える。


『なんだこの無茶苦茶な飛び方は、いくら他の道具がないからって俺様悲しい!』

「いいから見ろ、ハット!」


 持ったままの銃を構えてもう一度撃つ。窓硝子がたたき割れ、運転席がむき出しになった。

 落下していく体にかまわず、オクタヴィアは叫ぶ。

 もう誰も口にしない国の名前を。


「お前は統一帝国エルケディア、“帝都ドレーヌの地図”だ!」



『Searching......Target confirmation, Unlock!』



 正解を高らかに宣言した瞬間、先頭車両が爆発した。



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