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探偵、ディナーに挑む

 話は夕食をとりながらで、という流れになった。もちろん、誰が聞き耳を立てているかわからないので、レーヌ伯爵という名前は出さないという決まりだ。


『お前がめかしこむとは……』


 食堂車でとはいえ、ディナーである。狭い洗面台で髪を結いあげようと悪戦苦闘するオクタヴィアに、ハットが唸っている。


「だって相手は侯爵だ。それにわたしがあまりに非常識なことをすれば、お祖母様の教育が疑われてしまう」


 元々祖母を嫌っているような輩にはどう思われてもいいが、祖母のファンだというならばそれなりに礼節を尽くしたい。

 だが、大人の女性らしく髪をひとつにまとめようとしても、まっすぐの髪はつるつる逃げてしまって、なかなかまとまらない。


「だめだな」

『諦めるのも早いな、さすがだ』

「ハット。お前帽子なんだから、どうにか結ってくれないか?」

『俺様は化粧道具ではない、全知全能の管理者だ! なお、化粧道具は登録されていない!』


 さすがにここまで旅を続けてきた服装のままではまずかろうと、オクタヴィアは旅行鞄から着替えを出していた。堅苦しくはないすらりとした形が素敵な、いちばんお気に入りのドレスだ。祖母に十七歳の誕生日にプレゼントされたもので、似合うと太鼓判をもらっていた。


「まあ、これで誠意を感じてもらうしかないか」


 そう言ってポーチから出した口紅を塗る。はみ出さずにできた。ぺろりと唇を舐めたところに、ノックが鳴る。


「オクタヴィア、準備はどう?」

「今、出る」


 答えてからハット、と小さく呼びかけると、嘆息したハットがぴょんと飛び上がり、オクタヴィアの頭上でくるんと一回転した。ぽんっという小さな音と一緒に、白いつばの帽子から屋内でつけても不自然ではない小さな帽子――髪飾りに化ける。

 頭上に綺麗に着地したハットの位置を念のためもう一度鏡で確認してから、扉をあけた。



「すまない、待たせた。……レイヴン?」


 廊下の壁際に背を預けていたらしいレイヴンが、目を丸くしている。


『ふん、驚いたか若造。うちのは確かにぽんこつだが、決してだめというわけではないのだ、むしろ迫力のある美人だ! 見ろこの威厳のある堂々とした佇まい! そんじょそこらの令嬢と一緒にするでないぞ、持って生まれたものが違うのだふははははは』

「どうした、レイヴンぼうっとして。おなかが痛いのか?」

『ちょっと言動が残念なだけなのだからな!』


 ハットの言うことはよくわからないので放置して、とりあえずレイヴンに声をかけると、レイブンは深く長く息を吐き出した。


「いや、すまない。見とれてしまって」

「ああ、この服だろう! お祖母様に誕生日にプレゼントされたお気に入りなんだ」

「……。うん、そうか」

『なんだその態度、伝わるまで頑張れお前!』


 数歩廊下を下がって、オクタヴィアはくるりと回ってみせる。そして何やら複雑そうな顔をしているレイヴンに胸を張る。


「実は、初めて着るんだ。お祖母様には、男性とふたりきりで食事に行くときに着ろと言われていたから」


 まばたいたあとで、レイヴンが苦笑した。


「……今、ちょっと後悔してしまったな」

「なぜ?」

「それならもっと素敵なところに、君を連れて行ったのに」


 失礼と短く断って手を伸ばしたレイヴンが、肩口に引っかかった髪をゆっくりほどいてうしろに流してくれた。


『反省するがいい。気安い気持ちで声をかけたことをな!』


 なぜか自慢げにハットが言うものだから、オクタヴィアは言い添える。


「夜行列車の食堂車なんて滅多に行けるところでもない。お祖母様でもそう言うと思うが」

「それならいいけれど。……ためされている気になってくるな」

「何を?」

「ただの勘。そうだ、君は王都に出て何をする予定か聞いても?」

「ああ、言ってなかったか。探偵だ! お祖母様と同じだよ」


 レイヴンはゆっくり目を伏せる。


「そんな気はしてた。困るな」

「どうして」

「君のファンになってしまいそうだから。さあ、行こう。ディナーの時間だ」


 腕を伸ばしたレイヴンが、軽く背中を押して進むよう、うながした。

 食堂車は、列車内だとは思えないほど広々とした間取りと豪華な造りだった。出入り口にはきちんと給仕係が立っており、入ってくる乗客を席へと案内する。

 窓の見える席に腰をおろしたオクタヴィアは、レイヴンの説明通り、窓から見える海に目を輝かせた。

 何にも遮られない、海と空。手前はまだ深い群青に彩られているのに、奥に向けて夕日に染まっていく。幻想的な、昼と夜の狭間だ。

 ゆっくりと、だが確実に燃えるような赤が水平線の向こうに吸い込まれていき、海の色が、空の色が変わっていく。


「すごいな、この眺め」

「真っ青な昼間もいいよ。鉄道王肝いりの豪華列車だからね」


 窓に張りつくのをやめて、視線をテーブルに戻した。

 テーブルクロスの上に置かれたメニューもホテルのディナーと遜色ないコース料理だ。つまり、なんの食べ物なのかよくわからない。食前酒とやらも何がジュースで、何がお酒なのか区別がつかない。


(そういえばお酒を飲んだことがなかったな……)


 メニューを開いて顔をしかめている間に、給仕係がやってくる。


「お飲み物は」

「僕はキール。甘いものは好き?」


 突然尋ねられて、オクタヴィアは頷き返した。


「あ、ああ。好きだ」

「なら彼女にはシンデレラを」


 なんだそれと口にする前に、ハットが答えた。


『ノンアルコールのカクテルだ。ジュースと変わらん』

「ではお料理はいかがいたしましょうか」

「おすすめは何かな?」

「魚料理と肉料理がございますが、本日は肉料理のほうがおすすめとなっております」

「では僕はそちらで。君は?」

「わ、わたしも、同じものを、お願いします……」


 かしこまりましたと頭をさげ、メニューを回収してボーイが去っていく。ほっと息を吐き出したオクタヴィアは、そっとレイブンに言った。


「助かった、ありがとう」

「君を酔い潰す男にはなりたくないからね」


 銀のカトラリーが白いテーブルクロスの上に並べられ、カクテルグラスを置かれる。透き通ったルビー色のカクテルをこちらにかたむけて、レイヴンが笑った。


「天国のお祖母様に、乾杯」

「……ああ」


 こういった洒落たやり取りは苦手だが、レイヴンのやることはすんなり受け入れられた。


(スマートって、こういうことを言うんだろうな)


 ひとくち口をつけた初めてのカクテルは、甘酸っぱくておいしい。


「王都には君みたいな男がごろごろいるのか?」

「貴族が、という意味ならそうかな」

「恐ろしい場所だな。みんな詐欺師なのか……」

「言い得て妙な気がするけれど、今は純粋に楽しんでほしいね。たとえば――ほら、あれ」


 レイヴンが列車の出入り口の上を、目線で示した。カクテルグラスを置いて何気なくその視線を追って、そのまま固まった。


「統一帝国の遺産だっていう、鉄道王の宝物さ」

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