探偵、友達になれる?
「首元に星のバッジがあっただろう? 黒服の礼装に、靴まで黒。王国中に散らばってる、アンゲルス王家の目と耳。異端審問官の下位組織――王族の命令をきく雑用係ってところだ」
「なら……まさかエドワードの手先か?」
「心当たりがあった?」
レイヴンが上半身を折ってオクタヴィアの顔を覗きこむ。個室とはいえ、列車内だ。距離をつめられて、オクタヴィアは少し窓際に逃げる。
「あ、ああ。エドワードはわたしの元求婚者で――ええと、いやその前に、王子だ」
「……エドワード殿下? 四十三番目の王子?」
こくこくと頷くと、レイヴンは姿勢を正した。
「それはまた。王子が、君に求婚を?」
「いや、正確にはレーヌ伯爵令嬢にだ。レーヌ伯爵の入り婿になるため、わたしに求婚しに領へきていたんだ。王弟陛下のすすめだとか聞いたが」
「ふぅん? それでジェシー嬢を見初めたから、継承権の問題で邪魔な君を追い出しにかかったってわけか」
『呑み込み早すぎるだろう、此奴……』
ハットが唸っているが、あまり口がうまくない自覚があるオクタヴィアとしては、話がしやすい。
「お前の想像は概ねあっている。でも、わたしは本当に何も盗んでいない。万一にもわたしの荷物の中にでも紛れこんでいるとして、あんな男をよこしてまでさがすほどのものなんて、うちにはないはずだが……しかも旅行鞄を用意したのは、わたしじゃないし」
うーんと腕を組んで考えていると、ハットがびしっと帽子の形を維持したまま喋った。
『ひょっとしてあやつら、お前が出て行ったあと心置きなく家捜ししてみたものの、婆様の財産が思ったより残ってなくて、お前が何か持ち逃げしたのではと勘繰ったのでは? あるいは王都の屋敷に何かあると勘違いしたのかもしれん』
「まさか。散々、王都の屋敷は調べたはずだ」
「何? 王都の屋敷?」
ついハットに反応してしまったオクタヴィアは、慌ててレイヴンに首を横に振る。
「わたしは、お祖母様から生前に王都の屋敷をもらっているんだ。もう何年も前からそうだったんだが……それを今になってあやしんでいるのかもしれない。わたしはお祖母様に可愛がられていたし、何かレーヌ伯爵家の遺産を隠したんじゃないかと」
「なるほどね。ひょっとしてその王都のお屋敷というのは、君のお祖母様が探偵をなさっていた頃に住んでいたお屋敷?」
「そうだ。王都のレーヌ家の町屋敷とは別に、お祖母様個人で所有なさっていた」
「女探偵レーヌ伯爵の屋敷か。確かに、何かしら期待してしまう響きだ」
「……お祖母様の王都の屋敷なら、お父様が何度も確認してたはずなんだが」
何かしらの大きな財産を秘密で譲ってはいないか、隠し持っていないかと、祖母がオクタヴィアに贈与の手続きを完了させる前から何度も調べていた。が、何も見つからずがらくた屋敷と判断したはずだ。
その判断は間違っていない。ハットがいなければ、オクタヴィアでなければ、あの屋敷に遺っているものはがらくたも同然だ。
「どうして今になってまた……屋敷の譲渡だって、エリザ王女の承認で何年も前に正式に終わっているんだ」
「エリザ王女? 君、あの第一王女殿下と知り合いなのか」
驚いた声に、オクタヴィアは慌てて首を横に振った。
「いや、わたしは知り合いというか……正確にはお祖母様のツテだ。王都に行くことがあれば、顔を出すように言われている」
「次代の女王になると言われている王女殿下に?」
そう言われると、ものすごい人物に目をかけられていることになる。だが、ふうんとレイヴンは相づちを打っただけだった。
「確かエドワード王子は、エリザ王女殿下の対抗派閥――王弟殿下を支持しているよね」
「……あまりわたしはその辺に詳しくないんだが、そう聞いてる」
「なら、おおかた君の屋敷に何かある、それはエリザ王女殿下にとって何か――たとえば王位争いとか有利なものがあるに違いない、だから君がエリザ王女に接触する前に捕まえてしまおう、とでも考えたのかもね」
レイヴンの推察に、オクタヴィアは眉をひそめた。
「なんで今更……」
オクタヴィアが屋敷を譲渡されたことも、探偵だった祖母がエリザ王女と縁があることも、ずっと前からわかっていたことだ。それこそ王位争いも、今に始まったことではない。
なのに家を追い出しておいてから、どうしてそんなことを考え出すのか。
顔をしかめるオクタヴィアに、レイヴンはにっこり笑った。
「想像力のない馬鹿だからじゃない?」
なかなか辛辣な評価だ。仮にも王子相手に、平気で口にできるあたり度胸がある。
「わたしでもはっきり言わなかったのに……」
『俺様は言っていたがな』
「状況はわかったよ。僕と一緒なら、保安官でもそう簡単に手は出せないだろう。一応、侯爵だからね」
レイヴンの助言に、驚いて顔をあげた。
「わたしが無実だと、信じてくれるのか」
「あんな男共よりも君みたいな可憐な女性を信じるさ」
「……可憐……?」
「そういう反応だと思った」
困惑しただけなのに、笑われてしまった。
「想定内の反応が嬉しいなんて、初めてだな。新鮮だ」
『性格の悪さがにじみ出る感想だな。ほめられてないぞ、オクタヴィア』
「決めたよ。君を無事、王都の屋敷まで送り届けよう」
ぱちりとまばたくと、腰に手を当ててレイヴンが言った。
「エドワード王子がこんな強硬手段を取れるのも、王都に入るまでだ。エリザ王女の耳にも入るだろうし、何より王都は女王陛下のお膝元、すべて筒抜け。王弟も王子も好きにはできないし、何より外聞が悪い。汽車が王都に着くまで逃げ切れば君の勝ちだよ」
「……確かに、引き返して説明したところで納得してもらえるとは思えない……が、わたしを助けたところで君にはなんの得もないぞ? いいのか」
末端とはいえ、王子の手に追われているオクタヴィアをかばうのだ。侯爵といえども、危険な橋渡りだろう。
「かまわない。だって、楽しそうじゃないか」
だが、玩具を手に入れたような顔で、レイヴンは口端を持ち上げた。無邪気すぎる理由に、オクタヴィアは呆れる。
「楽しそうって……」
「もし気が咎めるなら、無事王都に着いた暁にはお屋敷を見せてほしいな」
「何もないぞ?」
「もちろん悪さなんて考えてない。実は僕は、女探偵レーヌ伯爵のファンなんだ」
ぽかんとしたオクタヴィアに、レイヴンが茶目っ気たっぷりに笑う。
「出版された手記も持ってる」
「そ、そんなこと、今まで、全然……」
「そりゃあね。レーヌ伯爵――君のお父上はそれはもう、王都の夜会でその話はするなとお怒りだったから。君に話していいものかどうか、判断がつかなかった」
貴族が働くなんて、女のくせに、しかも探偵なんて卑しい職業――散々、父親や周囲に毒づかれているのを長年聞いていたから、レイヴンの言いたいことは察することができた。
ゆっくりまぶたを伏せて、レイヴンが胸に手を当てる。
「今更だけど、お悔やみ申し上げるよ。生きている間に一度、お会いしてみたかった」
誠意のある声が、胸にしみた。葬儀で聞いたその場限りのどれとも違う響きだった。
「そ、そうか。だから、うちに詳しかったのか……」
理解と納得のあとで、じんわりじんわり、体の内側から喜びがこみ上げてくる。
「つまり……君はお祖母様のファンなのか! ――いい奴だな!?」
「そう思ってくれていいよ」
『いや待て早計だ、オクタヴィア落ち着け!』
「お祖母様はな、すごいんだ!」
初めて見つけた、祖母を肯定してくれる相手だ。ハットの制止はもはや聞こえていなかった。
目を輝かせたオクタヴィアに、レイヴンがまばたいてから破顔する。
「君はお祖母様が本当に大好きなんだね」
「もちろんだ! 色んなことを教えてもらった」
「そうか。ぜひ話を聞かせてほしいな」
「ああ、いいとも。レイヴン、君とは友達になれる気がしてきた!」
「ともだちかぁ。僕もまだまだだね」
何がまだまだなのか。首をかしげたオクタヴィアに、レイヴンは「なんでもないよ」と茶目っ気たっぷりに笑った。