探偵は恋の謎を解き明かす
結論から言うと、レイヴンは怪盗クロウが現れた時間もずっと牢にいる監視画像が残っていた。
「ありがとう、オクタヴィア! 君を信じてよかったよ」
「……」
「そんな顔をされるとときめいてしまうな。今まで見てきた中でいちばんひどくて面白い」
「…………」
「そういえば怪盗クロウが謁見にも現れたんだって? 大丈夫だった?」
『こんな面の皮の厚い男、やはり助けるべきではなかったのでは?』
そうかもしれない。輝かんばかりの笑顔で堂々と鉄格子の中から出てきたレイヴンを一発殴りたい気分をこらえて、オクタヴィアは嘆息する。
(そうだよな。そんな初歩的なミス、するわけがないか……)
もちろんレイヴンはオルゴールも持っていなければ、少女もいない。ここに放りこまれたときと同じ、着の身着のままだ。もちろん聞いてもとぼけられるだろう。無理矢理であれ、帝国の遺産を使えるのならば、大抵のことはなんでもできてしまうのだ。
だとすると今回、自分はただ無駄に走り回っただけではないのか。
「何か言ってほしいなあ」
「……元気そうで何よりだ」
「せっかくだから、もっと感動的なものをリクエストしても? 再会のキスとか」
無視して、塔の階段を降り始めた。
「謁見はどうなったのかな」
「……」
「オクタヴィア?」
「レーヌ伯爵家のことなら、怪盗クロウをつかまえることを条件に、わたしが継ぐことになった」
「……へえ」
少しだけ声色を低くしたレイヴンが、うしろからついてくる。いつの間にか身元引受人にされていたので、塔の外に出るまでは付き合わねばならない。
「だからほとんど現状維持だ。何も変わらない。お父様たちは少しは静かになるだろうし、エドワードは一年、王子の地位を剥奪されるみたいだが」
「それはそれは。――でもどうして、怪盗クロウの捕縛が爵位の条件に?」
「両足を折って、責任をとらせたいからだ」
「それは怪盗クロウをつかまえて君のお婿さんにするって話なのかな」
「はあ? なんでそうなる」
「うーん、そうはならないのか……」
複雑そうなレイヴンを置いて、オクタヴィアは先に塔の外に出る。
そして、簡単な釈放手続きを終えて出てきたレイヴンに仁王立ちした。
「もう馬鹿な真似はするなよ。ちゃんと帰れ」
「送っていくよ」
「いい。疲れたから帰る。ついてくるなよ」
これ以上振り回されるのはごめんだ。言い捨てて、くるりと背を向けて数歩進むと、声が聞こえた。
「ひとり、小さな女の子を雇ったよ。ちょっとした慈善事業でね。珍しい黒髪の女の子」
ぴたりとオクタヴィアは足を止めて、振り向いてしまった。にっこりレイヴンが笑う。
「誤解されたら困るから、先に言っておこうと思って」
「……誤解って、何をだ」
「浮気だと勘違いされたくないなと」
「するわけがないんだが。そもそも浮気という単語がおかしい」
「ひどい目にあったみたいで、あまりしゃべってくれない子でね。でも、ありがとうって言われたときは、少し感動したよ」
それはついさっき連れ去った、しゃべれない少女の話か。溜め息まじりにハットが言う。
『喉を治してやったんだな。未登録の道具にそういうのがあったはずだ。勝手に好き放題使いおって……』
未登録ということは未発見、オクタヴィアにはまだ使えないということだ。勝手に使われるのは好ましくないが、この場合は――よかったと思うべきだろう。
「そうか。……お前は、何でもありだな。本当に」
「君だって何でもありだ」
笑ったレイヴンが、一歩ずつ近づいてくる。オクタヴィアはやや引け腰になった。
「な、なんだ。話はそれだけか?」
「僕は両親の顔を知らない。ずっと生きるのに必死で、自由になるために何でもやってきた記憶しかない。だから、不思議なんだ。どうして僕はまだ、逃げずに君の前にいるのか」
見あげたレイヴンの表情は、逆光でよく見えない。でも、笑っているような――困っているような、気がした。
「それは……どうせ、楽しいからとかじゃ、ないのか」
「そうかもしれない。でも、正直よくわからない。だから、探偵に依頼したいんだ」
ほとんど体が重なるほど近づいてきたレイヴンの胸を、オクタヴィアは押し返す。
「ち、近い。レイヴン」
「探偵オクタヴィア。僕にもわからない、僕の正体を暴いてくれ」
耳元でささやかれて、両目を開く。
かちりと胸の奥で、願いと依頼が、歯車のようにかみ合う音がした。
「……報酬は」
「君の助手代。差し入れのお菓子もつけよう」
――悪くない。
『いやいかんだろうそれは! 情報抜き取る気満々なだけでは!?』
「……わたしは探偵だ。だまされないぞ」
『そうだオクタヴィア! よく考えたらこいつから緊急起動キーを奪い取れば話は終わりだ!』
「だますつもりなんかないよ」
『お前もよくもまあそこまで堂々と嘘をつけるな! いっそ感心する!』
「まず、わたしがつかまえるのは怪盗クロウだ!」
ぱちりとレイヴンがまばたいた。ハットも静かになった。
真剣に、オクタヴィアはレイヴンを見つめ返す。
「それからだ。そうだろう?」
「……あー、うん。まあ、そう、かな?」
「そうだ。順番をごまかそうとしても無駄だ。逃がさないぞ、わたしは」
堂々と胸を張ったオクタヴィアに、レイヴンが真顔でつぶやく。
「想定外の反応だった」
『俺様もだ……そういや融通きかんかったな、このポンコツ』
「でも心配するな、ちゃんと依頼は受けてやる」
報酬ももらう。いいことだらけだ。世界が味方してくれているみたいに感じる。
柔らかい地上の風に吹かれて、オクタヴィアは微笑んだ。
自分の願いはもう、わかっている。
「わたしも君のことを、ちゃんと全部、知りたい」
たった今、目の前の男が呼吸を止めた意味も、いつかきっとわかる。
そう思うとわくわくしてきた。
「交渉成立だ。これからもよろしく頼むぞ、レイヴン」
「……」
「ああそうだ、アシュトンにもお礼を言わないとな。いい情報をもらったんだ。怪盗クロウをつかまえるためにも今後も仲良くしていきたい。探偵に警察の情報源は必須だからな」
エリザも心配しているだろう。報告して、ついでにアシュトンの出世を頼んで――何もかも、これからが本番だ。
張り切るオクタヴィアの頭の上で、ハットがぐたりとした。
『全知全能の俺様は理解したぞ。――だめだこれは』
「……本当に、君は、わからないなあ」
レイヴンがはにかむように微笑む。初めて見る顔だ。思いがけず鳴った胸の音に慌てて背を向け、深呼吸してから、もう一度向き直った。
「そう言うがな。わたしだって、わたしのことをちゃんとわかっているわけじゃない。誰だってそうだろう」
「……そうだね。言われてみれば、僕にとって君だって謎の塊だ」
「解いてみるか? いいぞ。怪盗はわたしがつかまえてやるから、お前は」
知らないことばかりだ。だから知りたい。一歩、二歩、三歩、レイヴンから離れて、オクタヴィアはつぶやく。
「Steal my heart, Phantom thief(私の心を盗んでみろ、怪盗)」
これを聞いた君がどうするか、この先を何より知りたい。
くるりと背を向けて先を行くオクタヴィアに、遅れてレイヴンがついてくる。
太陽はまだ高い。探偵と女王、助手と怪盗の影が夜に溶けて重なるまで、まだたっぷり時間はありそうだった。
これにて(一応)完結です!
ここまでおつきあいくださって、本当に有り難うございました。全然違う話になったからと連載を仕切り直したり、タイトルも変わったり、色々ばたばたしてしまいましたが、大好きな探偵×怪盗のカップルが書けて楽しかったです。
ブクマ・評価・感想なども本当に励みにさせて頂きました。応援、有り難うございました。
また、Twitterなどで告知しておりますが、こちら書籍化が決まっております。
2022年1月15日、アーススターさんより発売予定です。加筆修正や書き下ろし(レイヴン視点)なども頑張りました。
何より八美☆わん先生による素敵なイラストと挿絵がありますので、宜しければチェックしてやってくださいませ。
ここまでオクタヴィアたちを応援してくださって本当に有り難うございました。ひとまず完結表示にしておきますが、今後もまた短編か、何か思いついたら更新できたらいいなと思っております。
またどこかでお会いできますように。
引き続き何卒宜しくお願い致します。