探偵と怪盗の賭け①
チェック柄の鹿撃ち帽子に、インバネスコートを翻す。探偵ならこれだろう、というアン厳選の一張羅だ。「たまには女王陛下らしいお姿も拝見したいのですが」と小言がついていたが、そんな日がこないことはみんなわかっているのだろう。
だから今の自分は探偵だと、胸を張って謁見室に入る。
場所も円卓の向こうにいる人物も、前回と同じだ。違いは、隣にレイヴンがいないこと。
そして、写真とまったく同じ格好をした黒髪の少女がひとり、王弟の横に立っていることだ。
「これより、女王陛下より承った依頼について、ご報告を差し上げる」
厳かに開廷代わりの宣言をしたあと、ヘンリーはすぐに女王のいる上座に向き直る。
「こちらが写真の少女だとエドワードから報告を受けました、女王陛下。写真と見比べれば、一目瞭然かと思いますが」
「確かに、そっくりですね。こんなに早くさがしだすとは思いませんでした」
淡々と答える女王は、相変わらず紗の向こうに隠れていて見えない。
「迅速に探し出せたのは、地上に詳しいエドワードの手腕かと。レーヌ伯爵の協力もあったと聞いております」
あくまでヘンリーは今回の件をレーヌ伯爵家の家督争いの問題として、エドワードを立てるつもりらしい。父親とジェシーはほっと胸をなで下ろしている。エドワードには、勝ち誇ったようにこちらを一瞥された。
『ちゃちな仕掛けであのいけすかん男を牢にぶち込んだだけのくせに、いちいちむかつくな』
「生きていたとは驚きました。わたくしの得ている情報では、爆発事故にあったはずですが」
さらりと女王が言った。ためすような質問だ。どこまで女王は事情を知っているのか、本当は何もかも知っているのではないかと、オクタヴィアがひやりとさせられる。
だが、その程度はヘンリーも想定内だろう。よどみなく、答えが返ってくる。
「それに関しては、エドワードから報告があるようです。エドワード」
「はい、叔父上。母上――女王陛下に申し上げます。写真の裏にとある文字が書いてあります。こちらはかの帝国の文字で、“成功体”という意味だとか。故に私は、未だ帝国に与する反逆者共が何か企み事をしているのではないかと思い、異端審問官がこれまで調査してきた事件を改めて調べましたところ、数年前に永遠の命をテーマにあやしげな研究をしている団体がございました」
「ではこの写真の少女はその研究の成功体である、と?」
「実際、なかなか年を取らぬようです。見た目が変わらないのはそのせいかと。天使のような長寿を得ようとしたのでしょう。永遠の命をお持ちの陛下への冒涜にあたる研究ですが、陛下のご指摘どおり、事故があって既になんの資料などもない模様。この少女も正気を失い、本人もしゃべることがままならないのが、悔やまれるばかりです」
「その少女はしゃべれないのですか」
エドワードから目配せを受けたヘンリーが少女の背を押した。
「喉がつぶされているようです」
光のない目をした少女の横顔をオクタヴィアは見る。オクタヴィアの推理が正しければ、あの少女はただ巻きこまれただけだ。
『つぶしたの間違いだろう。ゲス共が』
憤りを含んだハットの言葉に拳をにぎる。
「説明の筋は通っていますね。どうですか、オクタヴィア――でしたか」
ここで何も言わずに頷けば、レーヌ伯爵家も屋敷も渡しておしまい。煩わしさから解放されるならそれでもいいと思っていた。
(逃げるなと言ったのはレイヴン、君だ)
レイヴンが脱走したという話は、今のところ入っていない。だからおとなしく待っていると思えばいいのだろう。
「反論はありませんか、オクタヴィア嬢」
「女王、その少女は偽者だ」
軽やかに断言したオクタヴィアに、一瞬その場が静まり返った。だがすぐにエドワードが円卓を叩いて怒鳴る。
「お前、女王陛下になんという口の利き方を!」
「申し訳ないがそもそも口下手なうえに、敬語となるとうまく説明できる自信がない。かまわないか、女王。そのかわり、あなたの知りたいことをわたしが教えよう」
「憲兵。この女を捕らえろ、不敬罪だ」
端的に命じたのはヘンリーだ。それを女王の笑い声が遮った。
「よろしいでしょう。この場は許可します」
「母上! それでは示しがつきません!」
「ただし、口先でしかないならば、不敬罪で捕らえます」
「それでかまわない。ありがとう、女王」
「先代レーヌ伯爵に似ているのはあなたのようですね」
オクタヴィアが目を向けると、紗の中で錫杖が床に突き立てられる音がした。
「では、説明なさい。なぜこの少女が偽者だと言えるのか、その根拠を。そして写真の少女は何者なのかを」
「まず、ここ数日、貧民街から黒髪の少女が消えている。捜査を願ってもなんらかの圧力で取り下げられるらしい」
ふと、少女がオクタヴィアを見た。ヘンリーは冷ややかにオクタヴィアをにらむ。
「まさか、そうやって見繕ったとでもいいたいのか? 根拠もなく」
「そう、証拠はない。きっと何も出てこないんだろう。だからこの話はここまでだ」
「話にならないぞオクタヴィア。ただの難癖だ」
「だが確実にその少女が偽者だと言える根拠はある。写真の中に」
円卓の上に写真を取り出した。
「少女以外にもたくさん写っている物があるだろう。人形。絵画。口紅がいちばん違和感を覚えるかもしれない。こんな年代の少女の持ち物じゃないからな。そして――オルゴール」
エドワードたちは怪訝そうな顔をしていたが、ヘンリーは眉間にしわをよせた。何か引っかかったらしいが、彼が言い出す前にオクタヴィアは答えを口にする。
「ここにある道具はすべて、怪盗クロウが狙う獲物ばかりだ」
だがもう遅い。
「そして怪盗クロウの獲物は、かの帝国の道具。この少女は悪魔の遺産と一緒に写っているということになる」
「それが、いったいなんだ! ただの偶然だろう」
苛立ったエドワードの怒鳴り声に、オクタヴィアは首を横に振った。
「これだけの一致が、ただの偶然? そんなことあるわけがない。たとえそうだとしても、この写真の少女が悪魔の遺産に囲まれているという事実は変わらない」
「馬鹿馬鹿しい! 悪魔の遺産だぞ。それが本当ならば、この少女が生きているわけが――」
「エドワード!」
ヘンリーが怒鳴ったが、エドワードは目を白黒させている。失言だと気づいていないのだろう。
「そう、生きているわけがないんだ。――そこに立っているわけが、ない」
オクタヴィアの視線に、エドワードが一拍遅れて青ざめる。
ヘンリーが振り返り、初めて正面からオクタヴィアをにらんだ。だが何か言い出す前に、オクタヴィアは先制を取る。
「だがもちろん、写真の少女が生きている可能性はある」
今度こそはっきり、ヘンリーが顔色を変えた。
「怪盗クロウが写真にある物を狙っていた理由を考えてみればいい。なぜ、怪盗クロウは数ある悪魔の遺産の中で、この写真にある物を率先して狙っていたのか?」
どうしてレイヴンがこの写真にある帝国の遺産を盗もうだなんて、一歩間違えれば自分の正体が露見しかねない危ない真似をしたのか。オクタヴィアの唇の端が持ち上がる。
(どうせ楽しそうだったから、だろう?)
そういう男だ。知っている。でも真実としてはあんまりだから、だから――オクタヴィアだけが知っていればいい。
「自分の身を隠すためだ、と考えるべきだろう。そのために怪盗をやっているんだ」
「な――」
ヘンリーが何か言おうとしたのを、女王の錫杖を鳴らす音が遮った。
「結論を言いなさい、オクタヴィア」
「この写真の少女は、怪盗クロウだ」
まずは、真実をひとさじ。だが、それでは足りない。エドワードが叫ぶ。
「馬鹿な! 怪盗は男だという噂だ。警察の証言でもそうなっている!」
「悪魔の遺産についてまとめた祖母の手記にあった。口紅は好きなように見た目を変えられる道具らしい。子どもでも老婆でも、男でも女でも自在だそうだ」
「それだと、怪盗クロウ――すなわちこの少女が帝国の遺産を使える、と言っているように聞こえますが?」
引っかかった。
「女王。あなたは薄々気づいてるのでは? この少女が何者か」
オクタヴィアは薄く笑って前に出た。