探偵とさよならの捜査③
公園も国立美術館も既に封鎖は解けていた。
公園で遊ぶ子どもたちをよけて進みながら、ふと別方向から美術館へと入ろうとしている一団に気づいて、オクタヴィアは足を止めた。中から美術館の責任者が出迎えに出てくる。目立つのは、全身真っ黒な男たち――保安官がいるからだ。
何よりも、責任者の挨拶を受けている男には見覚えがあった。
羽はないが、マントには王家の紋章がある。ハットが叫んだ。
『王弟ではないか! まさかオクタヴィア、くると知っておったのか』
「いや、まったく。偶然だ」
だが、これは自分の推論が間違っているかどうかを確かめるいい機会だ。
顔が見られないよう歩みをゆるめる。ヘンリーは責任者に案内されて、保安官たちと一緒に館内へと入っていった。一定の距離を保ったまま、オクタヴィアはそれを追う。
まだ開館したばかりの時間だからか、人は少ない。ヘンリーが通りすぎたあとでまばたいている者は数人いるが、騒ぐような人物はいなかった。館内はお静かに、という壁の注意書きどおりだ。
「まさか王弟殿下直々にオルゴールの封印について確認にきてくださるとは」
ちょうど曲がり角で聞こえた声に、耳をすませる。責任者は鍵を選んでいた。正面の、昨日と同じ展示室を開こうとしているらしい。
「時間があいたものでな。エドワードは変わりないと言っていたが、念のためだ。実際どうだ、何か変化はあったか」
「いえ、何もございません。女王陛下の封印は健在です。被害も、展示台の硝子ケースがわれたくらいですみました。さあどうぞ、中へ」
オクタヴィアは両開きの大きな扉のうしろに隠れるようにして、中をうかがう。
中は昨日とまったく同じ状態だった。警備のために他の展示品はすべて移動され、オルゴールが入った展示台があるだけ。その展示台のケースも内側からわれたまま、まだ床に硝子が散らばっている。
「怪盗クロウの盗みが失敗したのは初めてでしょう。期間限定で、このままの状態で展示しようかと職員たちと話し合っているところです」
熱心に話しかける責任者に相づちも返さず、ヘンリーはじっとオルゴールを見つめたあと、おもむろにオルゴールをつかんだ。責任者がぎょっとする。
「お、王弟殿下、危険です! もし万が一にもふたが開いたら――」
「これまでにオルゴールが勝手に鳴り出すようなことはあったか?」
「は? いえまさか! それは女王陛下の封印がとけたということではありませんか」
そうだな、とヘンリーは少し笑ったようだった。
「心配するな。封印は健在だ」
オルゴールを戻したヘンリーに、責任者がほっと胸をなで下ろす。
「手間を取らせた。戻るぞ」
保安官を連れてヘンリーが踵を返す。オクタヴィアは慌てて、廊下の奥の小さな曲がり角に逃げこんだ。
幸い気づかれなかったようで、ヘンリーはそのまま出ていく。だがその横顔には、堪えきれないような小さな笑みが浮かんでいた。
責任者が展示室の扉に鍵をかけ直し、ヘンリーを追って立ち去る。
唇を引き結んでから展示室の前に立つと、扉には『関係者以外立ち入り禁止』のカードがかかっていた。どうもオルゴールの展示はまだ再開していないらしい。
『どうする、破るか? 鍵をそーっとあけるような道具は持ち合わせていない……というかそれが緊急起動キーなのだが』
「いや、大丈夫だ。知りたいことはわかった。王弟が確かめにきたことで自分の推論に確証も持てそうだ」
『なんだ、女王の封印が健在か確認したかったのか? 確かに、あのときは俺様もオルゴールが暴走したかと――』
ハットが途中で止まった。
ハットも気づいたのだ。
そう、あのとき――エドワードの仕掛けでレイヴンがオルゴールを持ったとき、オルゴールは暴走していなかった。
ただ、ふつうのオルゴールのように、鳴っただけだった。
『……ん、んん? おかしくはなかろう、彼奴が怪盗クロウなら可能だ。そういう話か?』
「王弟は怪盗クロウなんてさがしていないと思うぞ」
『そうだな。王弟がさがすとすればあの写真の少女……。……待て、なんかものすごく嫌な予感がしてきたぞ! まさかあの怪盗が緊急起動キーを使える理由は』
――天使が帝国の遺産を使えるようにしようとしたから、だ。
「レイヴンの面会に行こう」
展示室の前から踵を返したオクタヴィアの頭の上で少し考えこんでから、ハットが尋ねる。
『お前……どうして気づいた。冴えすぎていて俺様、怖いぞ』
あまりほめている感じがしない言葉に、オクタヴィアは肩をすくめる。
「さよならの意味を考えただけだよ」
『なんだそのロマンス小説みたいな台詞は。せめて探偵小説にしろ!』
まったくだ、と胸の内で同意する。ロマンス小説にするつもりは、オクタヴィアにはない。
だからあのさよならを、お別れの言葉などにしてやらない。




