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探偵とさよならの捜査②

 オクタヴィアが突き出した紙袋を、目の下に隈を作ったアシュトンはそのまま受け取った。


「差し入れだ。昨日から働きづめだと思って」

「そりゃお気遣いをどうも……どっちかっていうと寝かせておいてほしかったが」

「すまない、わたしにも予定があるんだ。今日は忙しくて」

「お前、図太いよな。まあ図太くなきゃ探偵なんぞやれねえか」


 ぼさぼさの頭をかきながら、アシュトンは署内の一番端にある席に案内してくれた。積み重なった書類をそのまま脇にどけ、そこに差し入れが入った紙袋を置く。


「で、なんの用だ?」

「レイヴンに面会したい。どうすればいい?」

「本来は警察に申請するもんだが、なぜかあいつは警察の留置所じゃなく地上の宮殿で身柄を拘束されてる。きたばかりで申し訳ないが、お問い合わせはそちらへどうぞ。申請は下の受付でやってると思うが」

「昨日見せた、写真の子どもを覚えているか?」


 早速、紙袋の中のバケッドサンドにかじりつこうとしていたアシュトンが止まる。だがすぐになんでもない顔をして、椅子に腰をおろした。


「ああ。あったな、そんなもん。それがどうかしたか?」

「お前はあの写真の子に、見覚えがあったんだろう。情報をくれ」

「……直球だな」


 大きくバケッドサンドに噛みついて、咀嚼し、飲みこんでから、アシュトンは答えた。


「昨日の怪盗クロウの盗みについては失敗っつーことで処理されて、何があったか諸々箝口令が敷かれた。何が言いたいかわかるか?」

「この件に――わたしに関わりたくない、と?」

「ご明察。給料は大事なんでな、俺も」

「だがお前が今食べているバケッドサンドは賄賂だぞ」


 二口目を飲みこんだばかりだったアシュトンは呆れ顔になった。


「こんな安物でそんな理屈が通じるか」

「じゃあ、そのバケッドサンドに毒が入っていたらどうだ? 解毒剤は私しか持っていない」


 三口目は咽せてから、引きつった笑いを浮かべる。


「お、お前なあ、冗談……」


 答えずオクタヴィアがじいっと見つめていると、アシュトンの顔にやや焦りが浮かび始めた。


「おい、冗談だろ? やったら犯罪だぞ、そういうのは!」

「……。そうだな、冗談だ」

「本当か? くそ、逆に本気に見えるその態度……! おい、洒落になってな――」

「天使にやられっぱなしは嫌だろう」


 アシュトンが口をつぐんだ。声を小さく潜めて、オクタヴィアは続ける。


「わたしに協力してくれれば、やり返すどころか、天使側に貸しを作れる……と思う」


 エリザに頼めば、アシュトンを出世させることは可能だろう。アシュトンが顔をしかめた。


「思うってなんだ、思うって」

「今は推測でしかない。だから、少しでもヒントがほしいんだ。何に気づいたんだ、アシュトン」


 アシュトンは黙ってバケッドサンドを食べている。


『道具を使ってさぐったらどうだ、オクタヴィア』


 ハットの提案に小さくオクタヴィアは首を振る。時間がない状況で、本当に役に立つことかどうかもわからない情報に、労力はさけない。

 何より、今後のことも考えると、アシュトンに協力してもらったほうがいい。

 眉間にしわをよせながら、アシュトンがバケッドサンドを最後まで食べるのを辛抱強く待った。

 最後のひとくちを飲みこんで、アシュトンが長く息を吐き出す。


「……ただの雑談だぞ。資料も何もない」

「かまわない」

「つい最近、あれくらいの年齢の子どもが数人、行方不明になったって噂を聞いてたから、お前も何か関わってるのかと反応しちまっただけだよ」

「行方不明? 誘拐ということか?」

「さあ」

「さあって。お前、警察だろう。事件じゃないのか」

「ああそうだ。事件じゃなけりゃ捜査なんぞできない警察だよ」


 投げやりにアシュトンは答える。


「そもそも身元もわかりゃしない、貧民街で転がってるような親のいない子どもの姿を最近見かけないって程度だ。相談しにきたのは使い勝手のいい労働力がなくなって頭にきてる雇い主くらいだけ。それもすぐに取り下げられた」

「取り下げ……子どもは見つかったってことか?」

「お偉いさんが言うにはな」


 声色と、こちらを向かない表情に、侮蔑と苛立ちがまざっていた。それで察しろとでも言いたげだ。


『上から圧力をかけられたか……だが、いったい誰が』


 膝の上に置いたハットの問いを投げかけても、答えてはもらえないだろう。

 アシュトンは胸から煙草を取り出して、火をつけた。


「ま、事件なんて大袈裟なもんじゃないさ。おおかた家出かなんかだろ。いなくなった子どもには生まれも関係も、共通点はなかった。――黒髪の少女って以外は」


 両目を大きく見開く。ふうっとアシュトンは煙草の煙を吹き出した。


「もういいだろ。帰れ」

「ありがとうアシュトン! この借りは必ず返す!」


 テーブルに身を乗り出し、その頬に軽く口づける真似をする。アシュトンはぎょっとして椅子ごと身を引いたが、精一杯の親愛の証だ。

 アシュトンの教えにしたがって一階におり、受付でレイヴンへの面会を申請する。はねられるかと思ったが、意外とあっさり、では午後をすぎたら宮殿前の衛兵にお声がけくださいと言われた。

 これで警察署での用事は終わりだ。


『写真と同じ、黒髪の少女が行方不明になっている……か。しかも警察に捜査せぬよう圧力をかけられる連中が裏にいる。王弟か?』


 可能性はある。もともと、写真の少女を見つけるのが早すぎると思っていた。この早さは、そもそも居場所を把握していたか、別の理由で捜索する必要がないと知っていたかだ。そして今、複数の少女が行方不明になっていることで、後者の可能性が高くなった。


「王弟は、写真の子が死んでいると思っているのかもしれないな。大きな事故があったとエリザも言っていたし」

『うむ。何より居場所を知っているのであれば、いらぬ証拠だ。早々に始末するだろう。いやだが成功体、だったか……せめてなんの成功体かわかれば手がかりになるのだがなあ』

「次は美術館だ。もうそろそろ開館するだろう」


 帽子をかぶり直して外に出ると、すっかり日は昇り、人も増え始めていた。迷わず国立美術館のほうへと足を向けるオクタヴィアに、ハットがささやく。


『お前、何か勘付いているな? 俺様に教えろ』

「まだ確証がない」

『相棒たるこの俺様に言えないと言うのか! そういうのはよくないぞ!』

「でもお前、全知全能なんだろう?」


 ぐっと詰まったハットが面白くて、オクタヴィアは笑った。

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