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探偵、助手を奪われる

 案内されたのは、最奥に近い、大きな展示室だった。

 真ん中にある展示台の上に、オルゴールがぽつんと乗っていた。その展示台の前にたって、アシュトンがつぶやく。


「この国立美術館は、悪魔の遺産もいくつか展示されている。女王が封印したやつだな。このオルゴールもそのひとつだ」


 列車の地図と同じだ。他にも貴族の館への下賜品など、結構点在する。いわくつきを欲しがる人間もいるようで、美術品として人気があるのだと、王都にきてからオクタヴィアは知った。

 そういうものはきっちり管理されていることが多いので、安易にオクタヴィアが登録すると盗難騒ぎになってしまう。だから暴走でもしない限り、手は出さないとハットと決めた。女王の封印は眠らせるようなものでしかないが、起動さえしなければ――要は使わなければ安全なのだ。


(今回は、守り切るほうに専念したほうがよさそうだな)


 クロウが持ち出せば別だが、国立美術館のものがなくなれば目立つ。


「どうだ? あんたから見て。このオルゴールは本物か」

「本物だな、さすがに」


 展示台の前まで進んだオクタヴィアの言葉に、アシュトンは肩の力を抜いたようだった。


「そうか。……まあさすがに、国立美術館でそれはないよな」


 前回、盗難品が盗まれる前からすり替えられたことを気にしているのだろう。


「警備のほうは万全か」

「……あの王子様が荒らしてった以外はな」

「何かしていたのか、エドワード様」

「こそこそ何かしてたが、わからない。おおかた、あんたへの嫌がらせだろうが。そうでなくても国立美術館は色々、魔術的なしかけで警備がややこしいんだ」


 新しい煙草を出そうとしてアシュトンはやめた。館内禁煙を思い出したらしい。


「おかげで煙草も吸えやしねえ。煙に反応する警報装置があるとかでな」

「……予告状の時間まで、あと五分か」


 ちら、と横目でレイヴンを見る。にこっと笑い返された。


「そうだね」

「怪盗クロウはどこからくると思う」

「さあ、僕にはなんとも。彼は神出鬼没だろう」

「天井からだろ。いつもそうじゃねえか。時間だけは律儀に守ってやがるが、馬鹿となんとかは高い所は好きって言うしな」


 アシュトンの雑な推測にレイヴンの笑顔が固まり、オクタヴィアは思わず噴き出す。ハットが頭の上でげらげら笑った。


『いいな、よし天井からこい! こないならこないで笑ってや――』


 ばちんと音がして、いきなり視界が暗闇に染まった。


「なんだ、まさかクロウか!?」

「まだ時間じゃない」


 答えた声がよりによってレイヴンだ。何か想定外のことが起こっている。ばりんと硝子がわれる音がして、何かが動く。かすかだが、魔力の気配だ。


「レイヴン、いるな!? わたしから離れるな!」

「えっ――うわっ」


 言ったそばから、レイヴンが戸惑った声をあげた。咄嗟にオクタヴィアは闇の中でレイヴンに手を伸ばす。だが指先をかすめただけで、空振りしてしまった。


「レイヴン!?」


 まさか盗む気か。だが、聞こえたのはどすんという、尻餅をつくような音だった。同時に、オルゴールが鳴り始め、ハットが叫ぶ。


『いかん、オルゴールが起動するぞオクタヴィア!』


 非常灯、というアシュトンの指示と一緒に、ぱっと周囲が明るくなった。

 慌てて見た斜め後ろには、尻餅をついているレイヴンが呆然としていた。その手の上で、ふたを開いたオルゴールが子守歌を奏でている。


「大丈夫か、レイヴン。何があった」

「いきなり飛んできたんだ。そうしたら何か足に引っかかって転んで……」

「オルゴールは無事か!?」


 駆けよったアシュトンに、呆然としていたレイヴンがふと、険しい顔になった。だがすぐにいつもの笑顔になって、オルゴールのふたを閉じる。


「どこも壊れてはいないみたいだけど……でも、何かあったのかまでは僕にはわからない。そういえば予告状の時間は?」

「見苦しいぞ、レイヴン・エル・オズヴァード!」


 展示室に大声が響いたと思ったら、鐘の音も外から聞こえてきた。公園の、時刻を知らせる鐘。

 怪盗クロウが現れる時間を、知らせている。


「盗みが失敗したからと、事故を装うとは」


 黒服の大股で歩いてきたエドワードが、腰にさげた長剣をすらりと抜いて、レイヴンの首元に突きつけた。オクタヴィアは驚いて尋ねる。


「何を言っているんだ、エドワード?」


 理解が追いついていないのはオクタヴィアだけではないようだ。剣先を突きつけられたレイヴンはオルゴールを持ったままぽかんとしているし、アシュトンは困惑している。

 そんな面々を、エドワードは鼻先で笑った。


「わからないのか。こいつが、オルゴールを盗もうとしたのだ。それが失敗し、事故を装ってごまかそうとしている」

「は?」

「そのオルゴールには魔術が仕掛けてあった。手に取った者の足首に魔力の縄が巻き付き、足止めする仕掛けだ」


 それがレイヴンが尻餅をついた原因か。アシュトンが声を荒げた。


「おい、聞いてねえぞ! 警備対象に勝手に仕掛けだなんて」

「王弟殿下の許可は得ている。今まで散々怪盗クロウにしてやられてきた警察にまかせてはおけないだろう。感謝してほしいくらいだ、盗難を防いだのだからな。――現行犯だ、捕縛しろ」


 エドワードのうしろに控えていた黒服の保安官たちが素早く動き、まだ尻餅をついているレイヴンからオルゴールをとりあげ、腕をつかむ。アシュトンが顔色を変えた。


「まさか、こいつを怪盗クロウとして捕まえる気か!? そんな馬鹿な話があるか、今のはどう考えたって……事故か何かだろう!」

「馬鹿な話? 確かに馬鹿な話だ。こいつが間抜けだった。オルゴールに仕掛けがあるとも知らずに手を出すとは」

「――オルゴールがあった硝子ケースは内側から破られている」


 保安官に無理矢理立ちあがらされたレイヴンが、静かにそう言って視線を展示台へと向けた。確かに、展示台の周囲に硝子の破片が転がっている。


「僕の主観ではオルゴールが勝手に僕のところに勝手に飛んできた。そうしたらこの騒ぎだ。エドワード殿下。――本当はオルゴールに、何の仕掛けを?」


 レイヴンの冷たい目に、オルゴールを受け取ったエドワードが口端を持ち上げて笑う。


「言っただろう。犯人をつかまえる仕掛けだ」

『なんとまあ、子供だましな言い訳と仕掛けだ。俺様、びっくりだぞ』

「こいつには、悪魔の遺産を売ったという噂もあったと聞いている。その次にこれだ。叩けば埃は出てくるだろう。一ヶ月ほど牢で後悔するがいい、オクタヴィアに関わったことを」


 長剣を鞘におさめたエドワードが、こちらを見て勝ち誇った顔をした。


「これでお前に協力するような馬鹿はいない」


 呆然としていたオクタヴィアはそこで我に返った。


(まさか、わたしのせいか。これ)


 少女をさがすのに、オクタヴィアがレイヴンの協力が得られないように。ただそれだけの理由で、無理矢理レイヴンを牢に放りこむつもりなのだ。

 確かに、レイヴンは怪盗クロウかもしれないとオクタヴィアは疑っている。

 だとしても、動機もやり方もあんまりな冤罪だ。


「……天使様が、こんなこすい手を使うとはな」

「不敬は負け惜しみとして聞き流してやる」


 アシュトンを一笑し、エドワードは踵を返した。そのうしろに続く黒服の保安官によって、レイヴンが引きずられていく。

 まさか本当に、こんなことで捕まるのか。


「レイヴン」


 何をどう対応するべきかわからず、名前を呼ぶだけしかできないオクタヴィアに、レイヴンが首だけ振り向く。


「大丈夫だよ。楽しそうだ」

「またお前、そんな――」

「さよなら」


 どういう意味だ。だが視線を前に向けてしまったレイヴンは、自分の足で歩き出してしまい、もう振り向かなかった。


いつも読んでくださって有り難うございます。

先日より「やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中」という別作品の第4部の連載を再開しました。

こちらと一緒に更新頑張りますので、どちらも楽しんで頂けたら嬉しいです。

引き続きオクタヴィアたちへの応援も、宜しくお願い致します~!(なお早いところでは書籍版の予約が始まっているようですが、また改めて告知致します)

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