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探偵、挑発を受ける

 話を聞いたオクタヴィアは嘆息した。


「なら、ずいぶん苦労して……なさ、そうだな」

『だろうな。本当に発覚が偶然かもあやしんでるぞ、俺様は。だが……そうか。火事で、家族を失ったのか』


 どう考えても楽しい過去ではない。本人から聞くべきだった。

 だが一抹の疑問が、胸をよぎる。


(……ひょっとしてあいつなら、装置をごまかせたんじゃないのか?)


 帝国の遺産を従える緊急起動キーを持っているのだ。ただの装置をくらい、だませてもおかしくない。


「とても優秀で、生まれながらの貴族のように振る舞いも洗練されていると評判です。領地経営もうまくいっているようで、領民からの不満も聞きません。年頃のご令嬢からは昔話になぞらえて、灰被り貴公子(シンデレラボーイ)と呼ばれているとか……オクタヴィア様? どうかなさいました?」

「あ、いや。すまない、少し考え事をしていた」

「心配なさらずとも、侯爵でありながら助手なんてなさるんですもの。よほどオクタヴィア様がお好きなのですわね」

「だから、そういう関係では……もういい話を戻そう」


 ほくほく顔のエリザを見て、誤解をとくのは諦めた。これでは話が進まない。


「女王と少しでも接触するのは危険だ、というのは理解している。だが、もう引き返すほうが愚策だろう。わたしは、女王の依頼を引き受けようと思う」


 オクタヴィアの宣言に、エリザが表情を改めた。


「では、レーヌ伯爵家を継がれるのですね」

「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。ただ……」


 レイヴンを謁見の間から引きずり出し、注意しようとしたら、言われた。



 ――逃げるのって、怪盗の特権だと思っていたけど。



 胸倉をつかんでそのまま警察に連行しなかったのは、言い返せなかったからだ。

 爵位にも屋敷にも、こだわってはいない。それは本当だ。だが、レーヌ伯爵位を祖母が争ったと聞いたとき、自分が今、捨てようとしているものが、祖母が築いてきたものであることに気づいてしまった。

 何より、レイヴンの目が問いかけていた。


「あなたからも引き受けた依頼だ。探偵なんだから、答えたい」


 壁の洋灯のゆらゆらした火を見つめて、告げる。じっとオクタヴィアを見たあとで、エリザが頷き返した。


「わかりました。でしたらそのように。あなたは自由なのですから」

『俺様はまだ反対だぞ!』

「大丈夫、失敗したらそのときは地の果てまで逃げるさ」


 エリザとハットに向けて笑って答える。実際、帝国の遺産を使えば可能だろう。ただ、それを自由と呼べるかが、別問題なだけだ。


「問題は、あまりにわたくしたちに情報がないことですね。叔父のほうが有利です。あれから調べたのですがやはり何も出てこなくて……そんなに簡単でしたら、そもそもオクタヴィア様に依頼しておりませんし」

「それはそうだな。でも、大丈夫だ。改めてこの写真を見て、気づいたことがある」

「何か?」

「この写真に写ってる、人形を見てくれ」


 少女が持っているのではない、床に転がったアンティーク人形を、オクタヴィアは指さす。写真をあらためて見たエリザが、すぐさま暖炉の上を見た。エリザが気づいたとわかって、オクタヴィアは頷く。


「アンにそっくりだろう?」

「ええ、ええ……はい。そっくりです。まさか、人形はここに保管されていたのですか?」

「壁にある、絵も見てくれ。あなたが新聞を見ているかはわからないけれど、最近話題になっていた絵だ」


 エリザは眉根をよせた。見覚えはないようだ。だが、エリザは簡易だが、オクタヴィアの報告を受けている。


「……ひょっとして先日、オクタヴィアのお仕事に関係した絵ですか? 帝国の遺産の絵の具で描かれていた、という」

「小さいのでわからないが、よく似ているのは確かだ」

「ではこの写真にあるのは、帝国の遺産……」

「あるいは、その模造品」


 小さく息を呑んだエリザが、こちらを見た。


「ではこの写真にある道具たちを追えば、この少女のことも……?」

「何かつかめると思う。だが、こちらはわたしにまかせてほしい。あなたには王弟の動向を見ていてほしいんだ。レイヴンが散々あおっていたから、何かぼろを出すかもしれない」

「わ、わかりましたわ……なんてことでしょう」


 頬に両手を当てて、少し興奮した様子でエリザが言う。

「これが、謎を解くという興奮なのですね。少し、はしゃいでしまいそうです」

「やみつきになるだろう?」


 ええ、とエリザは笑って頷く。わたくしも頑張ります、と立ちあがる姿は、とても八百歳には見えないほどうきうきしていた。その背中を見送ってから、ハットがつぶやく。


『教えなくてよかったのか?』

「言えば、邪魔が入るだろう。これはわたしの勝負だ」

『だが、情報がもらえたかもしれぬのに』

「必要ない」


 テーブルの上にある写真に、今朝届いたばかりの怪盗クロウの予告状を重ねる。


 ――探偵オクタヴィア様

 国立美術館の天使のオルゴール、いただきに参ります。

愛をこめて、怪盗クロウ


 オルゴールは、写真の少女の足元の床に転がっている。

 そう、写真にある人形も、飾られた絵も、オルゴールも――すべて怪盗クロウが狙ってきた獲物たちだ。

 きっとレイヴンは、オクタヴィアがこれに気づくとわかっていて、女王の依頼を引き受けようなどと言い放った。そして逃げるのかと、挑発したのだ。


「いい度胸だ」


 今度こそ、両足を折ってやる。

 小さくつぶやいたオクタヴィアに、椅子に引っかかったままのハットがぶるりと震えた。


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