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探偵、助手の秘密を聞く

 事の顛末を聞いたエリザは、眉をひそめた。


「そうですか。母が、わたくしと同じ依頼を……」


 思わずと言ったようにつぶやいてから、エリザは視線をテーブルに落とす。すっかりさめてしまった紅茶があったが、ここはオクタヴィアの屋敷だ。取りかえる者はいない。アンは負担の少ない人形に戻って、暖炉の上で休んでいる。

 時刻は深夜。必要最低限の灯りだけつけた応接間に、オクタヴィアはエリザとテーブルを挟んで向かい合っていた。


「叔父の動きに気づいていたのでしょうね。ひょっとしたら、わたくしがさぐっていることもご存じだったのかもしれません」

「実は、ハットがこの依頼をこなすのに反対しているんだ」

『当然だろう。危険しかない』


 オクタヴィアのかたわらのソファで直立したハットが鼻を鳴らす。

 レーヌ伯爵家を継ぎたいわけではないオクタヴィアは、女王の依頼をこなす理由がない。目をつけられるような危険はさけるべきだ、というハットの意見はもっともだった。

 エリザが伏し目がちに考える。


「そうですね……わたくしもあなたを危険にさらすのは本意ではありません。オクタヴィア様ご自身はどうなのですか」

「実は、助手が乗り気なんだ」


 女王の一方的な宣告に皆が戸惑っている中で、目を輝かせたレイヴンを思い出して、溜め息が出る。

 写真を覗きこむなり「やろう、楽しそうだ」と言い放ち、まだやるとは決めてないと答えたオクタヴィアの注意になどまったく耳を貸さず、「このドレスは十年以上前に流行した形」「この子はもう大人になってるかも」「窓の外にある木の葉の形、寒い地方のものだね」とか勝手に推理を始めて、ヘンリーにものすごい形相でにらまれていた。

 しかも、レイヴンはエドワードにも喧嘩を売っている。


「あれはもう、王弟にもエドワードにも目をつけられたと思う。ほら、やましいことがある人間は余計疑り深くなるんだろう? やらないとわたしが言ったところで、信じないんじゃないか」

「助手」


 エリザが反覆した。そういえば、レイヴンのことを説明していなかったと気づく。


「忘れてた。助手がいるんだ、今。色々、縁があって……だが、わたしが帝室継承者であることはもちろん、帝国の遺産のことも教えていないから、本当に仕事だけの関係だ」

『あれが怪盗クロウなら滅茶苦茶、関係者だろうがな』

「ええと……だから、ただの一般人だ。心配しなくていい。優秀だぞ。女王への謁見に関しての事務やあれこれも全部やってくれたんだ」


 レイヴンが怪盗クロウかもしれないことは、エリザには黙っておいたほうがいいだろう。心配させてしまう。

 安心させようと微笑んだオクタヴィアに、ゆっくりエリザは首を横に振った。


「いえ、そうではなく……オクタヴィア様に助手がいることに、驚いてしまって」

「……そんなに驚くことか? 探偵には助手って、つきものな気がするが」

「よかった。オクタヴィア様のお力になってくださる方が、いらっしゃって」


 そのしみじみした声に、虚を突かれた。さめた紅茶のカップをとって、エリザが微笑む。


「先代レーヌ伯爵にとっては、入り婿になられた旦那様がそうでしたわね。……ひょっとして、何かもう約束をなさっている?」

「えっ」

「そうでしたらぜひ、わたくしも協力いたしますからね」

「ちょっ……待て、早とちりだ。わたしとレイヴンは、そういうのじゃない」


 責任は取らせようとは思っているが、それだけのはずだ。だが、変に焦って、頬が上気するのがわかる。目ざといエリザは、それを見逃さない。


「まあまあ、レイヴンさんとおっしゃるのですね」

「何か誤解している、エリザ。あと、近い」

「おいくつ? お仕事は何を? 下のお名前は?」

「レ、レイヴン・エル・オズヴァード」


 ぐいぐいくるエリザの迫力に押されるがまま、オクタヴィアは答えてしまった。エリザがきょとんとした顔になる。


「オズヴァード……とは、オズヴァード侯爵のことでですか? あの?」

「……あの、とは?」

「長年、行方不明だったのに突然、跡取りが見つかった家ですわ。一時期話題になったので、よく覚えております」

「行方不明って、レイヴンがか?」


 つぶやいたオクタヴィアの前で、エリザは背筋を正した。


「わたくしも伝聞でしか知りませんが……オズヴァード侯爵家はだいぶ昔に大きな火事で、皆が焼け死んだのだそうです。侯爵もご夫人もすべて――ちょうど、跡取りのご長男が生まれたばかりのお披露目の席だったのが災いして、近親も含めた一族すべてが、絶えてしまったと」


 まさか、その長男がレイヴンか。つい、聞いてしまったことを後悔しそうになった。

 だが今更もう、引き返せない。


「ですからその火事以降、侯爵位も領地も王家が預かっておりました。それが突然生きて現れたものですから、だいぶ話題になりました。発覚も本当に偶然だったので」

「……偶然って……そんなに簡単に、見つかるものなのか?」

「ですから偶然です。確か二年前の建国祭でしたわ。建国祭はいちばん大きな社交パーティーでもありますから、女王への拝謁の前に血筋の検査が行われるのが慣例です」


 父親がオクタヴィアを社交デビューさせたがらなかった原因のひとつだ。天使である女王に血統を騙ることは許されない。故に、拝謁前に検査される。その検査装置はオクタヴィアのご先祖様が天使に貸したという帝国の装置だ。遺産と呼ぶほど大した力はない。血筋の検査といっても、登録されている貴族の血と血縁関係にあることを示す程度である。

 だが親子関係を否定したい父親は、オクタヴィアに検査を受けさせたがらなかった。


「下働きにきていた侯爵が、その装置にたまたま引っかかったと聞いています。保管されていた先代オズヴァード侯爵と親子関係にあるという結果で、大騒ぎになったとか」

「それで、あの若さで侯爵を継いだのか……」

「経緯はどうであれ、侯爵だと判明したものを、放置するわけにはまいりませんから」


 放置すれば、貴族の血筋の検査など無視してもいいことになる。天使は人間の権力争いに興味がないことが多いが、天使の威信を落とす行為は許さない。周囲の目がどうであれ、レイヴンは下働きの少年から一転して、オズヴァード侯爵にならなければならなかった。

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