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探偵、女王の依頼を受ける

 紗で囲まれた上段の脇にある扉から、厳めしい顔をした男性が現れる。堂々とした歩調と合わせてマントが翻った。羽はない。見た目は壮年の人間にしか見えない。だが、マントには王家の紋章が描かれていた。羽はしまわれているだけだろう。


(あれが王弟か。模造品を作ってるっていう……)


 遅れて、薄い紗の内側に人影が映った。

 向かい側でエドワードが弾かれたように起立し、続けてジェシーや父親も立ちあがった。それにならい、オクタヴィアとレイヴンも立ちあがる。

 線の細い影が、真ん中にゆっくりと腰かけると同時に、エドワードが声を張り上げた。


「女王陛下におかれましては、本日もご機嫌麗しく」

「エドワード、控えよ。お前は、女王への直言は許されていない」


 紗がかかった上段の前に進み出た王弟が、エドワードをさえぎる。


「女王陛下の御前ではあるが、この場は私、王弟ヘンリー・ディ・アンゲルスが取り仕切るよう言われている。各人、着席を許す」


 円卓の頂点にあたる席に座ってから、ヘンリーがそう言った。座り直したオクタヴィアの頭の上で、ハットが鼻を鳴らす。


『ふん、相変わらずえらそうな男だ。神を討伐するときは、うしろで震えておったくせに』

「これより私への直言を許す。レーヌ伯爵家が継ぐべき家宝が、失われたという話だったな。相違ないか、レーヌ伯爵」

「はい、王弟殿下」


 余裕たっぷりに、父親が立ちあがった。


「申し上げます。あちらにいる娘は、レーヌ伯爵家など継がぬと自ら出ていった不心得者でありながら、伯爵家にあるべき遺産を隠し持っているようなのです。具体的には、先代レーヌ伯爵――我が母が所有していた屋敷にあるものと思われます」

「そうなのか。そこの娘は先代伯爵と同じように、我が姪エリザと面識があるようだが?」


 じろりとにらまれて、オクタヴィアは嘆息した。第一王女エリザと王弟ヘンリーは、次の王位を巡って対立していると聞いている。この場を王弟が設けたのは、エドワードの取りなしよりもむしろエリザへの牽制ではないだろうか。


「確かに、祖母がエリザ王女と懇意にしていたようです。ですが、それはレーヌ伯爵家とは関係ない話。そして伯爵位については、如何様にでもなさってください」

「ふん、当然だ。お前は出ていったのだからな」

「屋敷についても、わたしから取りあげるというならばどうぞご自由に」


 鼻の穴をふくらませていた父親が、ぎょっと目をむいた。すました顔のエドワードもジェシーも驚いてこちらを見ている。この面々はどうして毎回、要求が通ったのに驚くのだろうか。


「オクタヴィア、いいの」


 眉をひそめたレイヴンに、肩をすくめて笑う。


「いいんだ、別に。住む所はなくなってしまうが、なんとでもなる。――そういうことでこの問題は解決したということでいかがですか」

「い……いや待て! そもそもの問題は、お前がレーヌ伯爵家の家宝を持ち出したことで、それを返還しないままでは何も解決したことにならない!」


 エドワードの声に、オクタヴィアは苦笑した。返還などできない。

 ハットはオクタヴィアにしか使えない。祖母が屋敷で管理してくれていた遺産もすべて登録している。屋敷から追い出されても、何も困らないのだ。祖母が自分のためにと遺した屋敷が奪われるのが少しさみしいくらいである。

 けれど、祖母ならそんな感傷は些事だと笑う。それよりも守るべきものがあるときっと言う。

 オクタヴィアには、ハットも道具たちもいるのだから。


「わたしを丸裸にでもして調べて、そのあと放り出しますか、お父様? あまり嬉しくはないが、それで気が済むなら受け入れますよ」

「なんだと」

「ただ、ここまでだ」


 それでも、線は引く。ゆっくり顔をあげたオクタヴィアに、円卓の向こう側が息を呑んだ。


「これ以上、わたしへの干渉は許さない。そう確約するならば引こう。わたしは今日、そういう話をしにきた」

「な……にを、なぜ、我々が」

「誓え」


 冷ややかに命じると、静寂が広がった。父親はエドワードとオクタヴィアを見比べ、ジェシーはエドワードの背に隠れるようにひっついている。エドワードは、オクタヴィアの視線に気圧されたように後ずさりかけたが、すぐさま口を動かした。


「誰がお前の言うことなど」

「エドワード、黙れ。何が不満だ」


 短くさえぎったのは、静かに議論を聞いていたヘンリーだった。


「この娘は、爵位も屋敷もすべて譲ると言っている。なら、それでしまいだろう。時間を無駄にさせおって……エリザも何も言ってこない」


 目を白黒させてエドワードが口をつぐむ。反射でオクタヴィアに言い返しただけで、考えはなかったのだろう。ひょっとしたら、ヘンリーが何を気にしていたのかも気づいていなかったのかもしれない。


「本人が言うのだ。そのように手続きをとらせる。お前がうるさく言っていた古くさい召喚状とやらも、破棄してしまえばよい。では、この場は――」

「古い、召喚状?」


 その声は、水面に突然落とされた小石のように静かに、だが確かな波を持って広がっていった。


「――ならそれは、あのひとが決めたことですね」


 少女のような口調だった。どこか、エリザに似ている気もする。だが、彼女よりもずっと軽く、地に足がついていない――まるで歌声のような、女王の声だ。


「それを違え、しかるべき資格を与えられた物を言われるがままに奪うなど、野蛮。王族の品位のかけらもない行いは、許されません」

「……じょ、女王陛下」


 口を挟まれるとは思っていなかったのだろう。少々うわずった声で、ヘンリーが振り向く。


「ですが、本人が」


 どん、と床が鳴った。女王が紗の向こうで、錫杖を突いたのだ。


「決めるのはわたくしである」


 反論を許さない声に、はっとヘンリーが頭をさげた。


「ですが、どう……」

「先代レーヌ伯爵と同じようになさい」


 祖母のことだ。

 女王が、紗の向こうで今度は錫杖を鳴らした。部屋の両脇にあった扉が開き、真っ白な軍服を着た者達が入ってくる。襟に光る星型のバッジを見て、オクタヴィアはひそかに息を呑んだ。


(異端審問官)


 女王直轄の兵隊だ。人間だが魔力を持ち、悪魔の遺産を回収する役目をになっている。星の数が少ないから、まだ下っ端の異端審問官だろう。


「あ、姉上。何を」

「先代レーヌ伯爵も爵位を継ぐ際に、自分こそ爵位にふさわしいと声をあげた兄と争いました。先代レーヌ伯爵はそれをしりぞけ、探偵を名乗るようになったのです」

「お、お待ちください女王陛下。まさか兄がいたのに、妹がレーヌ伯爵位を継いだのですか?」


 エドワードの確認に、女王は淡々と答える。


「そうです。レーヌ伯爵家は、女性でも家督を継げるよう、あのひとが作った家系」


 刺されたような顔をしてエドワードが黙る。

 しかし、祖母も家督争いをしていたとは知らなかった。興味を引かれて、オクタヴィアは尋ねる。


「いったい祖母はどうして爵位を得たのですか?」

「わたくしの依頼をこなしました。依頼は、その当時、やたらと流行っていた帝国の遺産の模造品を見つけ出すこと」


 そうして祖母は女王に忠誠を見せ、生き延びたのか。ぎゅっとオクタヴィアは拳をにぎる。


「今回のわたくしの依頼は、これです」


 エドワードとオクタヴィアのそばにやってきた異端審問官が、まったく同じ動きとタイミングで、封筒を取り出した。


(最初からどうするか、決めていたのか)


 帝室の継承者をさがすのに躍起になっている、その情報を警戒しすぎて、為政者としての女王を甘く見ていたことを反省する。


「あけなさい」


 そして封筒をあけて、出てきた写真につい口端を持ち上げてしまった。


(ほんとうに、甘く見ていたな)


 エリザの仕込みか、と思ったが、違う気がした。エドワードのそばで同じものを見たヘンリーの顔が一瞬、青ざめたからだ。

 女王はとっくに気づいていたのかもしれない。

 うさぎのぬいぐるみを抱いている黒髪の少女。成功体、と裏に書かれた文字まで同じだ。写真をそっくり複製したのだろう。


「その少女をさがしなさい。生きているなら生きている、死んでいるなら死んでいるで、その証拠をわたくしの前に持ってくるように。以上です」


 錫杖を鳴らして立ちあがった女王は、そのまま踵を返して紗の奥へと消えた。

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