探偵、呼び出される
「なんだかレイヴンが怪盗クロウじゃない気がしてきた」
『なんだ、今更』
いいというのにレイヴンに送ってもらったオクタヴィアは、屋敷に入るなりややぐったりとしてソファに身を投げ出した。
「だって何も証拠がないし……ただの勘だし……」
『そらまあ、残さんよう向こうも警戒しているだろう。そもそも疑っていることを知られてはならんかったのだ。俺様は奴の前では無難なことしか言わないように最近気をつけている!』
「だからって、騙されっぱなしは悔しいじゃないか」
『駈け引きを覚えろ、このポンコツが』
「ハットは全知全能の帽子なんだろう、何か策はないのか?」
オクタヴィアに反論されたハットが、ぴんと縦に伸びたあと、ぐにゃりとまがった。
『だってなあ、あやつ、なぜか鍵を持っているし……』
「そもそも鍵ってなんだ。そういえばまだ説明してもらってないぞ」
『説明も何も、鍵は鍵だ。保管庫――帝国の遺産のロックを解除してしまう鍵』
無言でオクタヴィアが起き上がると、ハットはぴょんと目の前の低い猫脚テーブルに飛び移った。
『お前も知ってのとおり、帝国の遺産は統一帝国崩壊時に神に呪われ、統率を失った。俺様の管理下からはずれ登録情報がすべて失われ、保管も使用も何もかも制御できなくなった。その状態で起動させてしまえば、悪魔の遺産と呼ばれる危険な道具のできあがりだ』
「だから今、わたしがお前に登録し直してるんだろう?」
『その登録作業も帝室の直系血族で魔力を持つ――今となってはお前にしかできない。だがどんなものにも例外がある。それがあの鍵だ。あの鍵は、帝国の遺産の緊急起動キーでな。臨時的な扱いだが、帝国の遺産をお前と同じように正しく使える。たとえ登録されていない道具でも』
溜め息に似た深呼吸と一緒に、オクタヴィアは再びソファに突っ伏す。ぼふっと音を立ててクッションが顔面を柔らかく受け止めてくれた。
「あいつ、本当に何者なんだ……」
『エリザに聞いてみたらどうだ。少なくともオズヴァード侯爵家については知っておるだろう』
「ん~~~……あまり気が進まない……」
『なぜだ』
なぜだろう。あの笑みの奥にある秘密を暴いてやりたいけれど、一方で本人が隠していることならそっとしておいてやりたいとも思うのだ。誰だって、むやみやたらに自分の内側に触れてほしくないだろうから。
(……必要なら、聞けばいいじゃないか。らしくないぞ、わたし。自分で聞きたい、なんて)
どうしてだかレイヴン相手では調子が狂う。
『おい、寝るなオクタヴィア。きちんと着替えてベッドにいけ。オクタヴィア?』
「……わたしをベッドまで運んでくれる椅子とかほしい……いや、いっそどこにでも飛んでくるベッド」
『横着はいかん! ちゃんと起きてこそ道具たちに示しが――』
突然、クッションが引き抜かれた。反射的に飛び起きたオクタヴィアのかたわらに、クッションを持った少女が仁王立ちする。
「オクタヴィア様。湯浴みと、着替えを。準備はできております」
「アン、びっくりするじゃないか」
「びっくりさせたのです。目がさめたでしょう。いくらお仕事でお疲れとはいえ、そのような態度は女王としていかがなものかと」
無表情ですらすら文句を言われ、オクタヴィアは嘆息する。
ハットに登録され、修復された自動人形――アンは相変わらず表情こそとぼしいが、よくしゃべる少女になって働き回っている。
しかも、オクタヴィアに厳しい。しかたがないこととはいえ、友達の記憶を消去した意趣返しかとひそかに思っている。とはいえ、友達のコレットとは文通をしているようだが。
「そのようですから、オズヴァード侯爵につけ込まれるのです」
「待て。なんの話だ?」
「本日もお仕事前に、差し入れをいただきました。お仕事のあとはお疲れだろうからと」
お見通し、ということか。それとも、捕まらない自信があるという余裕か。
いつもの楽しそうな笑顔が脳裏に浮かぶだけで疲れた。アンに反抗する気力も失せる。
「わかったわかった。きちんと寝て、着替える」
「よろしいです。その前にこちらもお目通しください」
きびきびしたとアンが、手紙とペーパーナイフを差し出した。差出人を見たオクタヴィアの頭の上に、ぴょんとハットが飛び乗る。
『なんだ、また実家か。返事の催促か? 暇か』
「どうだろうな。ジェシーからみたいだが……」
アンがにらんでいるので、ペーパーナイフで封を切り、中を取り出す。そして眉をひそめた。
いつもの手紙だけではない、何か別のものが入っている。
「……召喚状……アンゲルス王家から!?」
『あやつら、何をしおったのだ!?』
――お祖母様の遺産について、ちゃんとした話し合いが必要だって、エドワードを可愛がってくださる王弟殿下にお願いしました。そうしたら、謁見の場を設けてくださったの! 女王陛下もいらっしゃるって。
――だから王都で、お会いしましょう。
「……まさか、わたしから屋敷を取りあげるつもりか」
呆然とオクタヴィアはつぶやく。妹の筆跡は、まるではしゃいだように可愛らしく跳ねていた。