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探偵、人形と対峙する

 こっそりコレットを屋敷に送り届けて商会に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。


『予告状の時間まであと一時間だぞ、走れ馬鹿娘!』

「走ってる! 飛ぶわけにもいかないだろう!」

「オクタヴィア!」


 既に警官達が周囲を固めている入り口から入ったところで、名前を呼ばれた。ほっとした顔のレイヴンだ。


「よかった、遅いから何かあったのかと思ったよ」

「す、すまないレイヴン。まだ時間はあるから大丈夫かと思って、つい」

「あのね、オクタヴィア。怪盗クロウなら時間を守るだろうけれど、偽者が時間を守るとは限らないんだよ」


 真顔で言われて、つい納得してしまった。


「そうだな、気をつけ……って、怪盗クロウなら時間を守るのか?」

「そういう噂」

『こいつ、やけに怪盗クロウに詳しくないか?』


 頭の上でハットがつぶやくのを聞いて、オクタヴィアはじっとレイヴンを見つめてみる。レイヴンが気づいて、軽く笑った。


「何? 見惚れた?」

「いやそれはない。ただ、君はとにかく何をしてもあやしく見えると思って」

「あやしいかあ。それはそれで楽しい評価なのかもしれないな」


 眉をひそめると、レイヴンはいたずらっぽく笑い返した。こういう、何もかも楽しんでいるような態度が信用ならない。だが、ふとレイヴンが首をかしげて、言った。


「君はどうしてそう、僕を警戒するんだろうね。僕が君に何かしたわけでもないのに」

「それは……」


 なぜだろう。思いがけず答えがわからなくて、胸に手を当てた。


『いや、お前が胡散臭いだからだろうが。警戒を怠るなよ、オクタヴィア』

「でも」


 つい人前でハットと会話しそうになって、慌てて口を閉ざす。踵を返したレイヴンには聞こえなかったようで、ほっとした。だが、胸の内で戸惑いが広がっていく。


(確かに、何もされてない。でも、わたしはずっと何かされるんじゃないかと警戒してる――だまされない自信があるのに、なぜだ?)


 レイヴンの背中を見つめても、答えはでない。レイヴンが先に階段をあがり始める。エレベーターは今、利用禁止らしい。警備のためだろう。


「そっちに何か進展は? 怪盗クロウの偽者についての心当たりは」

「容疑者は何人か絞り込めたけどね。手当たり次第調べようにも、結局人手と時間がない」

「お、きたのか。収穫はあったか?」


 五階に辿り着いたオクタヴィアたちに、アシュトンが片手をあげた。


『説明をしくじるなよ、オクタヴィア』


 ハットの忠告に顎を引いて、オクタヴィアはアシュトンに近寄り、頷く。


「コレット嬢は人形の入れ替わりに気づいてる」

「は? ここにきてスマイル夫人が容疑者の最有力候補か?」

「いや、違う。コレット嬢は被害者だ。レイヴンが用意した人形は盗まれたらしい。誰かが自分の部屋に忍び込んで、入れ替えたところを目撃したようだ。怖い夢だと思い込んで、母親にも言えなかったと。元の人形は、もう壊されてるだろうと言っていた」


 今後のためには壊れたと思われたほうがいい。実際、壊れているから案外嘘でもないのだ。

 アシュトンが顔をしかめる。


「それで誰なんだよ、その人形を盗んだ奴は。コレット嬢は見てるのか?」

「それはわからないそうだ。でも、入れ替えられた日付だけは特定できた。コレット嬢の誕生日の翌日だそうだ」

「翌日? ずいぶん早いな。ってことは……」

「最初からコレット嬢にあの人形が送られると、知っていた人間だ」


 レイヴンが静かに言った瞬間だった。がしゃんと何かがわれる派手な音と一緒に、照明が一斉に消える。


「なんだ!? まさかもう」

「おい灯りだ、急げ!」


 動揺する警官達を怒鳴りつけ、舌打ちしたアシュトンが上着の内ポケットからライターを取り出す。じっと音を立ててついたわずかな火が、人形の入った硝子ケースに向けられた。

 ぼーんと鳴る柱時計の鐘の音に、アシュトンの引きつった声がまじる。


「おい、嘘、だろ……」


 粉々になった硝子ケースの上に、人形が立っていた。

 ハットが叫ぶ。


『まさか今が人形が動く時間か!?』

「キャハハハハハハハハハハ!」


 ぎこちなく口を動かして、人形が甲高い笑い声をあげた。瞬間、締め切られているはずの部屋に強風が吹き荒れる。その風が内側から窓を叩きわった。


「キャハハハハハハハハハハ!」


 一辺倒な金切り声をあげながら、人形がまっすぐ、窓から飛び出た。オクタヴィアは窓枠から身を乗り出して舌打ちする。


「わたしが追いかける!」

「ちょっ……待て、冗談だろ! 人形が動くなんて」

「言っただろう、あれは呪われた人形だって!」

「追って、オクタヴィア!」


 アシュトンの肩をつかんで、レイヴンがそう言った。振り向いたオクタヴィアに、しっかりと頷き返す。ぎゅっと唇を引き締めて、オクタヴィアは窓枠に足をかけた。


「まかせた、レイヴン!」

「おい、いくら魔力持ちでもここ五階っ……」

「探偵なら問題ない!」


 言い切って、窓から飛び出した。向かいの建物の屋根に飛び乗り、まっすぐ直線で、人形の魔力の残滓を追う。ハットが頭上でぼやく。


『探偵だからはいくらなんでも強引だろう』

「魔力がある話はしてあるから大丈夫だ。――いたぞ、ハット!」


 弾丸のようにまっすぐ飛ぶ人形の姿が、月明かりの下で目視できた。その人形の向かう先は、スマイル夫人の屋敷だ。

 追いつけるのかぎりぎりの距離だ。

 人形が窓に張りつこうとしている。その部屋の位置に、オクタヴィアは覚えがあった。コレットの部屋だ。

 やはり狙いはコレット嬢らしい。


「ハット、いけ!」

『は!? お、俺様は戦いには不向き――おおおお、オクタヴィアお前えぇぇ!』


 気をそらすだけでいいのだ。ハットを頭から取って、魔力をこめてぶん投げる。

 案の定、人形がぴたりと動きを止めた。だが人形の前に現れた硬い魔力の壁が弾き返す。


『ふんぎゃーーーーー!』


 情けない声と一緒に、弾き飛ばされたハットが中庭に落ちた。それを追って、オクタヴィアも中庭に足をおろす。


『お、おま、よくも……全知全能の、俺様を、石のように投げ』

「おかげで追いつけた」

『断固抗議するぞ! 一致団結して道具ストライキだ!』

「オ、マエ」


 オクタヴィアに振り向いた人形が、しゃべった。ぎゃあぎゃあわめいていたハットもぴたりと動きを止めて、人形を凝視する。


『ただの人形ではないと思ったが、喋る力もあるのか』

「シツ、コイ」


 ごきり、と変な音がした。骨が折れるような音だ。そのままぼきぼきと音を鳴らしながら、人形の関節がひっくり返り、そのまま手が、足が、伸びていく。そうして現れた少女の姿に、見覚えが合った。

 コレットをおぶって花畑を歩いていた少女だ。人形が、人間になっていく。

 まるで、帝国の遺産のように。

 同じことに気づいたハットが叫ぶ。


『こやつ――ひょっとして、これが遺産の模造品とかいうやつか!?』


 エリザが言っていたものだ。だとしたら、周囲もただではすまないかもしれない。そのときだった。


「……アン?」


 少女になった人形が背にしている窓が、あどけない声と一緒にあいた。

 オクタヴィアが地面を蹴ろうとした瞬間、爆風が吹き荒れた。あの人形だ。動けないまま、オクタヴィアは叫ぶ。


「違う、そいつはアンじゃない! 偽者だコレット!」

「願いガ、アルだろウ?」


 目を見開いたコレットに、にたりと笑った人形の手が伸びる。


「願イ。ネガイネガイネガイネガイネガイ、叶えてヤル、我ガ!」

「だめだ、やめろコレット! そんなことをしたらお前が遺産を起動させてしまう……っ!」

「サア、願エ!」


 爆風が吹き荒れる中でまばたきもせず、目を見開いたままアンが口を動かそうとする。そのときだった。


「コレット、だめです」


 ボロ切れをまとった少女が上空から現れて、人形を地面に突き落とす。そして窓に立ったままの少女を見つめた。


「私は、あなたとお友達でいたい」


 だがもう遅い。オクタヴィアと少女の前で、コレットが願いを口にする。


「キャハハハハハハハハハハ!」


 甲高い人形の笑い声と一緒に、コレットの背後から闇が噴き出した。


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