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探偵、警部と知り合う


 商会の一階受付でレイヴンがスマイル夫人直筆の署名と許可が書いてある書類を見せると、最上階の五階だと案内された。

 少し古い形のエレベーターに乗ると、そこはもう廊下も何も挟まない展示場だ。いくつかある窓を、警官がふさぐ作業をしている。


「階段のほうもふさいどけよ、鼠一匹入れないようにするんだ。屋上も常に人を配置して、警戒にあたれ。――って」


 エレベーターから出てきたオクタヴィアたちに鋭い目を向けた男性は、警官の制服を着ていなかった。

 長身の男だ。シャツは上の釦をあけていて、上着もよれている。粗雑な物言いからして、商会の人間ではないだろう。だが野性味のある綺麗な顔立ちをしていた。切れ長の鋭い瞳でオクタヴィアを上から下まで検分してから、舌打ちする。


「この階は出入り禁止だっつってんだろうが。商会の人間でもだ、帰った帰った」

「わたしはオクタヴィア・ド・レーヌ。スマイル夫人から依頼を受けた、探偵だ」

「たんてぇ?」


 長身の男がうさんくさそうに顔をしかめ、そのあとがしがしと頭をかいた。


「ホラー人形の次は怪盗、その次は探偵って。なんの冗談だっつーの」

「あなたは責任者のベイカー警部ですね」

「警部?」


 レイヴンの確認に、オクタヴィアは眉をひそめた。警部というにはずいぶん若い。男は上着の内ポケットからよれよれの警察手帳を出し、開いて見せた。

 アシュトン・ベイカー。白黒だが小さな写真に、所属と階級まで明記されている。


「これで満足か。レディ・探偵」

「――気分を害したならすまない。優秀なんだな、その若さで」

「どうも。それで? 探偵ごっこならよそでやってほしいね、お嬢さん。こっちは仕事、お遊びじゃないんだ」

「彼女だって仕事だよ」


 レイヴンがスマイル夫人からの紹介状を差し出すが、アシュトンは鼻で笑い返した。


「あんたは?」

「レイヴン・エル・オズヴァード」

「オズヴァード。ああ、あんたが噂の侯爵様か」


 煙草を取り出し火をつけ、ふうっとレイヴンに向かって煙を噴く。


「育ちが悪いもんでね。お貴族様の高尚なお遊びにゃ理解がなくて」

「そうか。君とは仲良くなれそうだ」


 笑顔のまま口端を持ち上げたレイヴンに、言葉ほど好意的な眼差しはない。


「やめろ、レイヴン。すまない、ベイカー警部。邪魔をするつもりはないんだ。ただ、人形を見せてほしい。かまわないか?」

「だめだって言ったら?」

「今からとてもあなたが忙しくなると思う。どこかで爆破事故が起こるとか、盗難事故が多発するとかで」


 あまり大きくはない街だ。彼以外に指揮がとれる警部がいるとは思えない。その目をそらすために、あちこちで犠牲者の出ない『未解決事件』を起こすしかないだろう。

 真顔で教えたオクタヴィアに、アシュトンが目を丸くしたあと噴き出した。


「なんだそりゃ、犯罪予告か。まあ人形を見るくらいならいいさ。そっちの侯爵様にはちょうど話を聞きたかったし」

「僕は君に用事なんてないけれど」

「人形を仕入れたのはあんただって?」


 口調は軽いが、アシュトンの目は笑っていなかった。だがそれを見て笑い返したレイヴンの瞳も笑っていない。


「そうだったかな」

「レイヴン――」

『オクタヴィア、放っておけ。こいつらにつきあっていたら日が暮れるぞ』


 ハットの言うことはもっともだ。オクタヴィアはふたりの間に入るのを諦めて、ぐるりと部屋を見回す。部屋の奥のほうにある展示棚を見つけて、近づいた。大きめの硝子ケースに人形がひとつ、ぽつんと座る形で入っている。

 赤ん坊くらいの大きさの、少女だ。ぱっちりと開いた青の瞳、亜麻色の巻き毛。つば広帽子の黒いリボンを顎のあたりで結び、白のフリルに彩られた黒のドレスに身を包んでいる。黒が多いせいか、喪服のようだとオクタヴィアは思った。小さな革靴まで黒だ。


『オクタヴィア、違うぞこれは』

「ああ」


 ハットの言いたいことを、オクタヴィアはつぶやく。


「帝国の遺産じゃない」

「なんだって?」


 うしろについてきたアシュトンが声をあげる。同じようにオクタヴィアの横に立ったレイヴンも眉をよせた。


「どういうことだい、オクタヴィア」

「この人形は帝国の遺産じゃない。当然、悪魔の遺産でもない」

「はあ? なんでお前にそんなこと」

「お祖母様に教えてもらった。知らないか、女探偵レーヌ伯爵。わたしはその孫娘だ」


 聞かれたらこう答えなさい、そう祖母に教えられたことをそのまま答える。


「……だから探偵か」


 唸ったアシュトンは祖母のことを知っているのだろう。悪魔の遺産の対処を巡って異端審問官ともやりあった祖母の名は偉大だ。オクタヴィアが一目で帝国の遺産を見抜くことも、祖母からさずかった知恵でごまかしてくれる。

 オクタヴィアは隣に立ったレイヴンをちらりと見た。


「ひとまず、お前が帝国の遺産を売りつけたわけじゃないってことか」

「それはもちろんだけれど、なら噂の怪奇現象は?」

「帝国の遺産じゃないが、この人形は何かしらの呪いがかけられている。勝手に動いたのはそのせいじゃないのか」

「いやいや待て待て、そこのふたり」


 ふたりで並んで話している間にアシュトンがわりこんだ。がっしりそれぞれの肩をつかまれて、レイヴンが嫌そうな顔をする。


「男に肩を抱かれる趣味はないんだけれど。あと、オクタヴィアから離れろ」

「あのな、そもそも俺は悪魔の遺産とか信じてねーんだよ」

「そうなのか?」


 レイヴンが肩に置かれたアシュトンの手を引きはがしてくれたので、オクタヴィアはアシュトンに向き直った。


「だってそうだろ。何百年も前に滅んだ国の道具が、現代でも解明できない力を持ってる? おとぎ話にもほどがある。女王陛下だって本当に翼が生えてるのか疑ってるんだ、こっちは」

「不敬罪で処刑されるぞ」

「自分の目で見たもの以外、信じない主義なんでね。天使様が滅多に下々の者に姿を見せてくださらないことに文句を言ってくれ」

「――お前、アンゲルス王国の建国神話を信じないのか?」


 アシュトンは肩をすくめた。


「天を目指そうとした悪の帝国が神様の怒りを買って、天使――女王陛下が率いる軍団にたった一晩で滅ぼされたってやつだろ。そのとき、空に浮かんでた帝国の道具が世界中、あちこちにばらまかれた。んで、そのすげー技術を持っていた不思議な道具は、帝国を復活させるために、死者と生者の世界をひっくり返そうとする危険な悪魔の遺産に変わっちまって、女王陛下が封印したり異端審問官を使って回収したりしてる」


 天使と共に帝国が狂った神を討った結果、道具が神に呪われてしまい、悪魔の遺産になったのが真実だが、アシュトンの話は表向き語られている内容としては、正しい。

 アシュトンが面倒そうにがしがしと頭をかく。


「異端審問官もいるしな。まったくの嘘だとは思ってねーよ。でもまだそんなもんが残ってるなんて、簡単に信じられるか? 魔力が科学で代用できるようになった、この時代に? お前はどうなんだ、侯爵様」

「信じるも信じないも、現に魔力持ちの異端審問官がいて事件処理にあたってる。それは帝国の遺産が危険で、かつ今なお現存しているっていう証拠じゃないか」

「そんな話を鵜呑みにするから、異端審問官がでかい顔すんだろうが」


 アシュトンの切り返しに、オクタヴィアはまばたいた。ああ、とレイヴンが笑う。


「そういえば警察と異端審問官は仲が悪いんだったな。ナワバリ争いが絶えないとか。ひょっとして君は異端審問官の捜査に噛みついて、地方に左遷されたクチか」

「うるせえよ。とにかく、俺は遺産だとかそんなもんは信じない。信じないが、それを信じて馬鹿をやる奴がいるのは知ってる」


 たとえ見たことがないことでも、一定の理解を示す柔軟さはあるらしい。

 両腕を組んで、アシュトンがオクタヴィアを見た。真面目な顔だ。


「さっき、これは遺産じゃないとか言ったな? 確かか」

「ああ。間違いない」

「だとしたらなんで怪盗クロウが盗むなんて予告状を出すほどの代物になってる。これは普通の人形じゃないのか」


 ぎろりとアシュトンににらまれたレイヴンが、目をそらすように人形を見て、はっと瞠目した。


「――違う。これは僕が売った人形じゃない」


 レイヴンは硝子ケースの正面に張りつくように素早く移動した。オクタヴィアはアシュトンと顔を見合わせてから、まばたきもせず人形を凝視するレイヴンに問いかける。


「どういうことだ、レイヴン」

「同じ型だろうけれど、微妙に違う。袖のレースの意匠の形とか……リボンの結び目も」

「持ち主のコレットお嬢さんがお人形遊びで着替えさせただけじゃねえのか」

「レースの意匠以外、そっくりのドレスに?」


 アシュトンが、笑いを引っこめた。確信を持った目でレイヴンが続ける。


「瞳の色合いも違う。もっと濃かったはずだ」

「……そんな細かい違い、見間違いだろ」

「僕は見間違えない。ケースをあけて確認しても?」


 レイヴンに問われたアシュトンが苦い顔になる。オクタヴィアは言い添えた。


「レイヴンは記憶力がいい。確認させたほうがいい。もしレイヴンの言うことが本当なら、人形が入れ替わっていることになる」

「……わかった。ただし見るだけだ、妙な真似はするなよ。おい、あけろ」


 部下に言って硝子ケースをあけさせたアシュトンが、自ら人形を手にしてレイヴンの前に持っていく。目を細めたレイヴンはアシュトンに人形を裏返せだのなんだの指示をして眺め回したあとに、断言した。


「間違いない、違う人形だよ。でもどうして……」

「まさか、もう怪盗クロウに入れ替えられたとか?」

「それはねえよ」

「なぜ断言できるんだ」


 咄嗟の発言だったのだろう。オクタヴィアの問いにアシュトンが一瞬気まずそうな顔をしたあとで、周囲を見回す。


「事情聴取だ。こい」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観や悪魔の遺産の背景が見えてきました! なるほど、表向きと真実とは違うんですね。 だから王女はオクタヴィアに敬意を表してたんだ。 [一言] 更新楽しみにしています!
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