探偵、ご婦人と貴公子の間にはさまれる
「なん、なんでそうなる」
咽せそうになりながら尋ねる。レイヴンは頬杖を突いた。
「だって、怪盗クロウに人形を盗まれたら、人形の謎もなくなる。つまり、僕に責任がないってこともわからなくなる。むしろやっぱり僕が悪魔の遺産を売ったってことになるかも」
「原因の人形がなくなればお嬢さんの件は解決するのにか!?」
「そうとも限らない。解決の手段がなくなるんだから。どうする?」
ちらとレイヴンに見られて、震える手が紅茶をこぼさないよう、オクタヴィアはカップをおろす。
「あいつの両足を折ってなんとしてでも捕まえる」
「そっちにいくのか、やっぱり……まあいいよ。さて、どっちにしようか」
「どっち? 何がだ」
「君を婚約者として紹介するか、探偵として紹介するか」
「探偵に決まってるだろう! その話は解決できなかったら、という条件のはず――」
「お待たせしましたわ、レイヴンさん!」
ばたばたにぎやかな足音と一緒に、扉が勢いよく開く。体格のよい、派手なドレスを着たご婦人だった。きびきびした動作と笑顔に、妙な迫力がある。なぜか扇をゆらしていて、これがまたふさふさと羽が多いものだからやたらと目を引いた。
目をぱちくりさせているオクタヴィアとは対称的に、すっと立ちあがったレイヴンが優雅に礼をした。
「お忙しい中、お時間をとっていただき有り難うございます、スマイル夫人」
「まあ、そんなにかしこまらずに。レイヴンさんのためならあけますよ、だってねえ、これからおつきあいがありますものね!」
「それなんですが」
「確かに忙しいですけれどね、ええ。とはいえ、私はいつでも忙しいですからそんなこと言っていては、折角の婚約のお話が進みませんわ! さあさくさく今後の予定を詰めましょう!」
「その前に紹介したいひとがいまして」
「書類はこちらで用意しましたので、ご確認くださいな。もちろんコレットにはあとで引き合わせます。そうですわ、ディナーとか一緒にいかがかしら! レイヴンさんと婚約なんて聞いたら人形なんて喜んで放り出すかもしれませんわね、おほほほほ」
「今、僕がおつきあいさせていただいてるオクタヴィア嬢です」
まくしたてるスマイル夫人の勢いと、それに負けずにこにこ口を挟むレイヴンの攻防をぽかんと聞いているだけだったオクタヴィアの反応が遅れた。
「まあ、おつきあい……それは結婚を前提に?」
「ええ。彼女はオクタヴィア・ド・レーヌ。レーヌ伯爵家のご令嬢です」
だがこの場面では、反応の遅れが致命的だった。オクタヴィアが口を挟む前に、レイヴンとスマイル夫人の間に火花が散って勝手に話がすすんでいく。
「初耳ですわねえ。レーヌ伯爵家といえば……まさかあの、探偵をやってらした?」
「ええ、彼女も探偵事務所を開業したばかりなんですよ。お祖母様のあとを継いだんです」
「あら、素晴らしいですわね。貴族の、しかも働く女性! 私もずいぶん女だとかでなめられてきましたから、ぜひ仲良くさせて頂きたいわ。でもそれなら無理に結婚なさることないんじゃないのかしら。経済力も肩書きもおありなら夫なんて邪魔なだけだったりしますわよ。ねえ?」
スマイル夫人にちらりと目を向けられてオクタヴィアは慌てて答える。
「いや、いずれはわたしも結婚もするつもりですが――」
「そうなんですよ。ということで、今回は人形の謎をとくために彼女を紹介しようと」
「あらあら……ですがあいにく、あの人形は警察にお預けすることになりましたの。せっかくご足労頂きましたけれども、無駄足ですわねえ。お引き取りくださいな。ああ、レイヴンさんにはもちろん責任を取っていただきますけれども、今回の取引の」
「彼女が探偵オクタヴィアです」
レイヴンの意味深な紹介に、ゆらゆらゆれていた夫人の扇と口が動きを止めた。
「耳の早いスマイル夫人のことです。夜行列車の事件はお聞き及びでしょう」
「……それは、まあ一応、噂話としてはね? 情報収拾も仕事のうちですから」
「噂が本当かどうか確かめるいい機会では?」
扇を小さくゆらす夫人は口元を隠したまま答えない。だが一瞬だけ、オクタヴィアを検分するように視線を向けた。涼しい顔でレイヴンは続ける。
「聞きましたよ、怪盗クロウから予告状がきたとか」
「ええ、まあ……隠すことでもございませんわね」
「このままではコレットお嬢さんは悪魔の遺産を持っていた、ということになりかねない」
「だからそれはあなたが責任を取ることございましょ」
「世間はそうは思いませんよ。あなたが悪魔の遺産を買い与えた母親で、お嬢さんは悪魔の遺産に魅入られた少女になる。そして人形そのものを奪われれば、異端審問官に無実を証明してもらうこともできなくなる。悪魔の遺産ではなかったことも、わからなくなるんですから」
夫人は黙ってしまった。レイヴンが少しだけオクタヴィアのほうを見る。
「でも彼女なら怪盗から人形を守り、謎をといてくれると思います。ね」
「……それは、まあ、わたしは探偵なので……だが婚約というのはまた別問題」
「この仕事が終わったあとの話だよね、わかってるよ」
「――ひょっとしてレイヴンさん、あなた彼女の仕事がうまくいかなかったら結婚などという約束を、彼女としてらっしゃる?」
ずっと黙っていたスマイル夫人の目が急に細くなった。レイヴンが唇の端を持ち上げる。
「それが何か?」
「何かですって? 脅しではありませんこと!? あなたにそのつもりはなくともです」
「えっ、いや別にレイヴンはわたしに仕事を紹介してくれているだけで、そういうのは」
「あなたもそのような態度はどうかと思いますね」
にらまれてしまったオクタヴィアは困惑する。だがレイヴンはすかさずたたみかけた。
「なら僕のことは関係なく、彼女が人形の謎に迫るのを許してくださいますよね? 彼女の仕事の邪魔をするような真似はなさらないでしょう」
眉尻をつりあげた夫人が、扇の下で嘆息する。
「――よろしゅうございます。警察にかけあいましょう」
驚くオクタヴィアの横で、レイヴンは静かに笑う。
「さすが、スマイル夫人。働く女性の支援を惜しまない」
「幾重にも断れない理由を用意されてはね。ただし、条件があります。オクタヴィアさん」
「な、なんだろうか」
「仕事が必要ならば私が斡旋します。だからもし怪盗クロウに人形を盗まれたら、あなたはレイヴンさんとつきあうのはおやめなさい。そして、レイヴンさんは娘と婚約していただきます」
「なぜそんなことに!?」
話の流れがわからず、つい素のままで突っこんでしまった。ぱちんと音を立てて扇を閉じたスマイル夫人がオクタヴィアをぎろりとにらむ。
「仕事が失敗したときのために、結婚という保険をかけるなど言語道断です」
納得しかけたが、すぐに思い直した。確かにレイヴンとは『仕事を紹介してもらうかわりに、人形の謎がとけなかったら婚約をする』と約束したが、保険にしたり脅されたわけではない。
さすがにレイヴンをかばうべく、一歩前に出た。
「ご、誤解があるようです。しかも、わたしが失敗したらレイヴンが娘さんと婚約なんて」
「いいですね、それ」
「はあ!?」
振り向くと、レイヴンがにこにこ楽しそうにしていた。スマイル夫人が鼻で笑う。
「あら、よろしいんです? 怪盗クロウに人形を盗まれたり、あるいは人形の謎をとけないままなら、コレットと婚約ですよ。だいぶあなたに不利な条件だと思うのですがね」
「ええ。つまり、僕を婚約させないために彼女が奔走するんですよね? ロマンチックだ」
焦りも不安もなく、ただ穏やかに微笑むレイヴンがさすがに不気味なのか、スマイル夫人が顔をしかめる。
「僕も彼女が失敗したら婚約というのは、少し気が引けてたんですよね。それを見事払拭してくださるなんて、さすがスマイル夫人だ。あ、契約書書きましょうか?」
「レイヴン! わかってるのか。わたしが失敗したら君は六歳の少女と結婚することに」
「君なら謎を解くよ。僕は信じてる」
一瞬だけ胸をつかれたが、すぐに我に返る。これはあれだ、レイヴンの悪い癖だ。
「何より楽しそうだ」
思ったとおりの答えに、オクタヴィアは言葉をなくす。心底この状況を楽しんでいるレイヴンの微笑は、ぞっと背筋が粟立つほど美しかった。




