探偵、車に乗る
レイヴンの手際のよさは素晴らしく、翌日にはオクタヴィアは旅行鞄を持ち、スマイル夫人とその娘コレットが住むという港町に向かうことになっていた。港町は王都から汽車で数駅、午前中に出発すれば昼過ぎには到着するという距離だ。
だが旅支度をしたオクタヴィアを迎えにきたのは、汽車でも馬車でもなかった。
「自動車?」
「乗って」
レイヴンにうながされ、オクタヴィアは目を丸くした。
単語こそ知っているが、初めて見る。馬車とは違う、四輪の、機械だけで動く乗り物だ。荷物を後部座席に放りこみ、どうぞと助手席のドアをあけられて、おずおず座りこむ。走り出した車に声をあげたのはハットだった。
『ほうほう、いいものを持ってるではないか! 自動車とは、久しぶりだ! この程度の技術は解禁されておるのだな』
「す、すごいな……王都にはこんなものもあるのか」
「まだまだ普及はしてないよ。もっとガソリンが安くならないと。道も舗装が必要だ」
オクタヴィアを助手席に乗せ、レイヴンがハンドルを切る。
「僕も王都の中を移動するなら馬車を使うかな。ただ、とにかく目新しいものに目がなくて、なんでも手を出してしまうんだ」
『こやつ、本当に好奇心の塊だな……いつか痛い目を見るぞ』
「な、中も、綺麗にしてるんだな」
座り心地はいいが、がたつきだした道のせいで、声が揺れる。けろっとレイヴンが答えた。
「今日、初めて乗るからね」
「は!?」
『おろせーーーーー! 運転免許とかそういう制度ないのか、ないな!?』
「はは、冗談だよ。君を乗せるためにちゃんと練習したから、大丈夫」
「本当か!? 信じるぞ!?」
『本番は初めてということだ、だまされるなオクタヴィアーー!』
まかせて、とレイヴンは楽しそうに笑うだけで答えない。だが開閉式の屋根をあけて見る景色は馬車よりもなめらかで速い。道もだだっ広い一本道なので、事故は心配しなくていいだろう。少し遠いところで汽車に追い抜かされていくが、車のほうが気楽だよとレイヴンは笑った。確かに時間を気にしなくていいのは有り難い。
途中の小さな町で昼食をとって、坂道をあがると潮の匂いが混じりだした。坂を上がりきったところで、平原の向こうに海が現れる。
「そろそろ港が見えるよ」
「あれか!」
目に飛びこんできた何隻もの船と埠頭。続いて現れた石造りの白い港町に、オクタヴィアは目を輝かせた。
海からの水路が町につながっており、小舟でぐるりと一周できるようになっている。水路の上にはいくつも橋がかけられ、その上を荷馬車や人が忙しく行き来している姿が見えた。水路と合わせてか、白い石造りの建物の屋根は、青色で統一されている。かもめの飛ぶ姿が似合う町だ。
「綺麗な町だな……!」
「そんなに大きくはないんだけど、このあたりでは一番賑やかな町だよ」
下り坂に入ってしまうと町は見えなくなってしまったが、すぐに案内板が出てきた。荷馬車が止まる郊外に車を停める。荷物を後部座席から引っ張りだそうとすると、レイヴンに止められた。
「僕が持つよ」
「鞄ひとつだけだ、大丈夫だよ。それに、君のほうが荷物が多い。むしろわたしが手伝うのが筋では?」
「……。それぞれ自分の荷物を持つことにしようか」
「それがいい、基本だ。でも、助けてほしかったら言うように。わたしは手が片方あいている」
荷物を持っていないほうの手をひらひら振ると、後部座席から荷物を引っ張りだしながらレイヴンが苦笑した。
「誰かを助けたいなら自分の手をあけることが大事、か。真理だね」
「そんな難しいことを言ったつもりはないが」
「おい、急げ! 今のうちにスマイル商会に乗りこむぞ、取材だ!」
「警察より先に証言を取るんだ! 明日の一面、差し替えるぞ」
大きなカメラをさげた男や機材を持った記者らしき男たちが、ばたばたとオクタヴィアたちの背後を走っていった。つい、レイヴンとふたりで顔を見合わせる。
「何か、お祭りでもあるのか? ずいぶん賑やかだが」
「そうだね。でも、祭りの予定なんてなかったと思うけど――」
「見出しは『怪盗クロウの狙う人形の秘密』だ!」
考えるより先に体が動いていた。言われた見出しをメモした男の腕をつかむ。
「ぅわっ何だよ」
「怪盗クロウがなんだって?」
「スマイル商会に用があってきたんだけど、何かあったのかな?」
凄んだオクタヴィアと男の間を仲裁するようにレイヴンがわって入り、質問し直した。
ああ、とペンとメモを持ったまま、男は興奮気味に口を動かす。
「怪盗クロウの予告状だよ! 狙いはスマイル夫人の娘コレットが持ってる人形だってさ。今、町中大騒ぎなんだよ――」