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探偵、報酬に負けて安易に賭けにのる

「……言っておくが恋人のふりとかは、探偵の仕事じゃないぞ」


 牽制すると、レイヴンはにっこり笑った。


「人形の謎を解き明かすんだよ。夫人も外聞を気にして、裏では探偵事務所とかに声をかけてるんだ。醜聞の根回しもかねてね」


 謎を解くなら、探偵の仕事だ。黙ったオクタヴィアに、レイヴンが身を乗り出す。


「僕が夫人に君を推薦しよう。悪魔の遺産が絡んでるかもしれないとどこもなかなか引き受けてくれないらしいから、喜ばれるよ」

「だが、夫人がわたしのような実績のない探偵でいいと言うかどうか」

「そこは大丈夫。だって君は、あの怪盗クロウに認められた相手だ」


 親の仇めいた殺意を感じている相手の名前に、声が低くなった。


「は?」

「怪盗クロウは悪魔の遺産を狙う怪盗。君はそれに認められた探偵。つまり、君なら対処できるんじゃないかって噂がまことしやかに社交界ではささやかれている」

「なぜそんなことに」

「夜行列車で、怪盗クロウが君の名前を名指ししたから」


 怪盗クロウが残したカードのことだ。


「君は期待の探偵、ひそかな有名人だよ」


 寝耳に水の話に、オクタヴィアはうろたえる。


「な、ならなんで仕事が一切こないんだ!?」

「それはほら、悪魔の遺産とくれば関わりたいものではないわけで」


 オクタヴィアに頼めば悪魔の遺産がらみではないかと疑われると懸念されているのだ。


(いや確かに、遺産回収のために探偵をやっているところはあるがっ……!)


 それだけでいいだなんて思っていない。祖母だって遺産がらみ以外の仕事もやっていたし、冒険譚みたいなその話に目を輝かせていた。なのに初手から失敗していたのだ。


「つ、つまり怪盗クロウのせいで、わたしは仕事がない生活苦に追いやられてる……!?」

「……そうなる、かな?」

「どう考えたってそうだろう! あの軽薄怪盗!」


 オクタヴィアの唇を奪っただけではなく、生活の糧まで奪うだなんて無責任にもほどがある。


「やっぱり今度会ったら必ず両足を折る……!」

「……逆に考えようか。悪魔の遺産がらみの話は皆、口を閉ざしがちだ。危険すぎてこの分野を得意とする探偵も調査事務所もない」

「それは仕事がないってことじゃないか!」

「ブルーオーシャンってことだよ。口止め分を含め報酬が高い」


 拳を震わせていたオクタヴィアは、まじまじとレイヴンを見た。


「スマイル夫人の提示した料金も、どんどんあがって高額になってる」

「……ど、どれくらい、だ?」


 そっとレイヴンがテーブルごしに身を乗り出したので、オクタヴィアも耳を片方差し出す。そしてささやかれた金額に、目を見開いた。


「……そ、そん……だが、それは、もし人形が悪魔の遺産だった場合は、どう……」

「もちろん、お嬢さんに咎が向かないよううまく処理してくれれば、上乗せもあるだろうね」


 それはつまり、悪魔の遺産であっても悪魔の遺産ではないことに――そもそも事件などなかったことにしてくれということか。


(できなくはない、よな……わたしが、回収すればいいわけで……)


 レイヴンの指摘通り、ひょっとしてブルーオーシャンの分岐点に今、に立っているのか。

 でもそれでいいのだろうか。それではまるで。


「な、なんだか、詐欺っぽいような気がするんだが……」

「でも依頼、受けるよね?」


 詐欺の片棒をそそのかすように、レイヴンが穏やかに笑う。ぐっとオクタヴィアは拳を握った。

 ここで簡単に流されてはいけない。


「夫人に紹介するための条件は?」

「……君は本当に僕のことを誤解してるんだか、わかってるんだか」


 レイヴンは小さくこぼしたがすぐに、計算され尽くしたような笑顔を貼り付ける。


「君が謎を解き明かせなかったときは、僕と婚約して責任を取ってもらう」

「……夫人も滅茶苦茶だが、君もだいぶ滅茶苦茶だぞ、レイヴン」

「このほうが楽しそうだからね」


 また楽しそう、か。レイヴンが見た目のわりに子どもっぽく見えるのは、この好奇心にまかせた行動のせいだ。ある種の行き当たりばったりに、怒るよりも呆れてしまう。だが、オクタヴィアは迷わずに頷いた。


「わかった。夫人を紹介してくれ」

「本当に? 人形の謎を解けなかったら、僕と婚約してもらうよ」

「謎を解けばいい。それに、君は恋愛結婚派なんだろう?」


 オクタヴィアの苦手な笑みを貼り付けていたレイヴンが、真意を読み損ねたようにまばたく。それが小気味よくて、自然と唇の端が持ち上がってしまった。


「君から婚約はなしだと言い出すよ。わたしはもてないし、重いらしいから」


 恋愛結婚は、どちらも恋に落ちなければ成り立たない。

 少々驚いたような顔をされるのは、想定内だ。これでも伯爵令嬢だったので、多少は男性に口説かれた経験はある。大体、このあとは「そんなことない」とかお約束の軽い言葉が続くのだ。オクタヴィアが本気で言っているのにそれは伝わらず、ただ困らせてしまう。

 だから自分は『重い』のだろうと察することはできるのだが。


「そう。それは好都合」


 なのに、レイヴンは挑戦的に微笑み返してオクタヴィアから目をそらさない。少しだけ、背筋が震えた。


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