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探偵、一応話だけは聞く

 掃除を終えた応接室には、ビスケットとミルクティーが用意されていた。どちらもレイヴンが用意してくれたものだ。器用なこの青年は、お茶の用意まで心得ているらしい。

 そして、反応の薄いオクタヴィアを吊るにはお菓子が有効だとわかっている節がある。

 子どもの頃から、オクタヴィアは甘いものに目がない。祖母がポケットから出してくれるチョコレートファッジ目当てに、よく手伝いや苦手な勉強に励んだものだった。

 それをレイヴンに教えた覚えはないのだが、目の前のビスケットにはたっぷりクリームがはさまっているし、ミルクティーも砂糖とミルク多めだ。わかっているとしか思えない。


(そんなにわかりやすいだろうか、わたし)


 それはそれで悔しい。ついゆるんでしまいそうになる頬を引き締めながら、切り出した。


「それで、何をそんなに焦ってるんだ。君は侯爵なんだから、政略結婚なんて当たり前だろう」

「幼女でも?」

「そこは大変だと思うが、君ならなんとかなるのでは?」

「……一応、褒め言葉と受け取っておくよ」


 そもそもオズヴァード侯爵であるレイヴンに婚約者も恋人もいない、という現状のほうが珍しいのだ。そんなオクタヴィアの指摘に、レイヴンが不満そうに頬を膨らませた。もう二十歳、オクタヴィアより年上だというのにレイヴンは妙に子どもっぽいところがある。


「でも、僕は恋愛結婚派だ。君は信じてくれてないみたいだけど」

「……それは置いておくとして。今までだってあっただろう? 婚約の申込みくらい」

「今回はわけが違う。脅されてるんだ」


 穏便ではない単語に、ミルクティーを飲もうとしていた手を止めた。


「脅されてる? 君が? 脅してるのではなく」

「君は僕のことをとても誤解してると思う。なぜだろう?」

「そんなに誤解はしていないと思うが……とにかく、事情を話してくれないか」

「――話を持ちかけてきたのはスマイル夫人。結婚相手にと言われているのはそのスマイル夫人の娘さんだ。コレットお嬢さん。六歳。趣味はお人形遊び」


 それはまた、結婚したら夫婦の会話が大変そうである。


「スマイル夫人は、スマイル商会っていう新興の商会を取り仕切ってるご婦人だ。傑物でね、商会を大きくしたのは彼女だ。旦那さんが亡くなったあとは息子が跡を継いでいるけれど、実権は彼女にあって、僕もいくつか取引きさせてもらっている」


 仕事相手、ということだ。骨董商だというのは本当らしいと、オクタヴィアは相づちを返す。


「じゃあ、取引で何か問題があったのか?」

「彼女の娘さんに仕入れたアンティーク人形が、悪魔の遺産だと言われてる」


 ミルクティーを持つカップを取り落としそうになった。レイヴンは頬杖を突いて物憂げに話を始める。

 レイヴンがスマイル夫人に頼まれてアンティーク人形を仕入れたのは、三ヶ月ほど前のこと。お人形遊びが趣味の一人娘コレットへの六歳の誕生日の贈り物として、大人になっても飾れるような伝統の品をという注文だった。レイヴンの選んだ品にスマイル夫人もコレットも満足して、取り引きは成立、金銭も品物も滞りなく受け渡して終わった。

 だがすぐに、異変が起こり始めた。


「いきなり人形が消えたらしいんだ。夫人も娘さんと屋敷を探してすぐ見つかったんだけど、それが何度も起こる」


 暖炉の上に置いてあったはずが、気づくと別の部屋の床に転がっている。頭にあった飾りが、いつの間にかリボンに変わっている。


「一月もたつ頃には、人形がひとりでに動いてるんだって話になった」


 そのうち廊下を歩いている姿を見ただとか、厨房を覗きにやってきただとか、使用人の間で噂になり始めた。

 悪魔の遺産なのでは、とまことしやかにささやかれ始めたのは当然の流れだ。


「捨てようとしたらしいんだけどね。お嬢さんが絶対にだめだって反対するらしい。しかも実際捨てても、戻ってくるんだとか」

「それはまた……完全にホラーじゃないか」

「夫人はとにかく件の人形を娘から遠ざけようとするけれど、そのたびに娘さんとやり合って悪循環だ。それで今度は僕に、娘がおかしくなった責任を取れ、ときたわけだよ。人形を用意したのは僕だから」

「……まさか、それで結婚?」

「もし本当に人形が悪魔の遺産だったら、娘さんの嫁のもらい手がなくなるからね。筋は通ってるよ。もともと野心家の夫人は社交界に出る足がかりとして爵位を欲しがってたし、一石二鳥ってわけだ」


 両肩をすくめて、レイヴンは頬杖をついた。


「言いがかりに近いのはわかってるけれど、僕の責任じゃないと突っぱねるには、少々分が悪いんだ。本当に悪魔の遺産となれば、僕だって異端審問官に目をつけられる」


 帝国の遺産は、現在、所持も使用も禁止されている。使用者は処刑されることもあり得るし、それを免れても、周囲に白い目で見られ職や社会的な地位も失う。そもそもオクタヴィア以外の人間が帝国の遺産を使って無事ではいられない。暴走し悪魔の遺産となった道具により、あちら側に取りこまれて終わりだ。最悪、周囲も巻きこむ。

 そのため、遺産の回収や封印・破壊は異端審問官が対処に当たる。アンゲルス女王の力を分け与えられた悪魔の遺産の専門家だ。女王陛下の直轄部隊で武器の携帯も魔力の使用も許可され、広い捜査権と武力行使権もある。

 彼らはアンゲルス王国の秩序を守るため、帝国の遺産と、それに関わった人間を秘密裏に、だが容赦なく狩っていく。帝国の遺産らしきものの売り買いを仲介したとなれば、侯爵であっても――いや侯爵だからこそ、レイヴンはただではすまないだろう。


「噂になっているならまずいな……異端審問官の査察が入るような話は?」


 オクタヴィアの質問に、レイヴンは首を横に振った。


「いや、まだ。スマイル商会の王都に出張所もあるけど、本拠地は港町のほうで、王都からは少し離れてるんだ。娘さんも人形もそっちにいて、噂好きが言ってる程度だから」

「まだ異端審問官が目をつけるほどの騒ぎになっていない、ってことか」

「内容も怪談話の域を出ないしね。悪魔の遺産がかかわってるにしては被害がなさすぎる。でも、警察に話は持ちこまれたみたいだ。夫人は僕にだまされてあやしげな物を売りつけられたって訴えるつもりなんだよ」


 思ったよりも厄介な話だ。嘆息するレイヴンに少しだけ同情しそうになったが、オクタヴィアの問題はこの先だ。


「それで、どうして君がわたしに求婚する流れになるんだ」

「夫人が僕を狙うのは、僕にお相手がいないからだよ。もし既婚ならこんな搦め手ではこなかったはずなんだ」


 意味がよくわからず首をかしげると、レイヴンは苦笑いを浮かべた。


「夫人は帝国の遺産なんて眉唾だと信じてない。性格的にそういうご婦人じゃない。人形の件も娘や使用人の世迷い言としか思ってない。ただ外聞が悪いから対処しようとしているだけなんだ。そして、勝機を逃さない女性でね。そもそも悪魔の遺産にかかわったとなれば夫人だってただじゃすまない。でも、僕を巻きこめば、多少はましなはずだ。ただの賭けなんだよ」

「……うん、抜け目ないご婦人だとは理解した」

「でも、もし僕にふさわしい相手がいたら? いくら大きいとはいえ商会の人間、損得勘定に機敏だ。伯爵令嬢に正面から喧嘩を売ろうとはしない」


 自分を指さすオクタヴィアに、薄く笑ってレイヴンは頷く。その目は少しも笑っていない。実は夫人の理不尽に対して苛立っているのではないか。やや引き気味にオクタヴィアは頷いた。


「な、なるほど……それなら、わたしじゃなく他のご令嬢でもいいんじゃないか。その、君なら知り合いは多いだろう?」

「嫌だ僕は君がいい」


 即答で言い切られて、まばたいた。

 レイヴンは長い脚を組み直し、カップを持ち上げて、ぷいと視線を流す。


「……僕は恋愛結婚派なんだ」


 付け足す口調が妙に子どもっぽい。戸惑いつつ、オクタヴィアはカップを置いた。


「そうか……わたしは政略結婚派だから相容れないが、お互い頑張ろう」

「そうくる気がしてたよ、手強い。いや待てよ……なら利益があればいい?」

「え? ああ」


 頷いたオクタヴィアに、レイヴンが眉をひそめる。そして一度目を伏せてから、ゆっくりと開き、唇に笑みを浮かべた。


「探偵の仕事がほしくない?」


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