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探偵、王女の依頼を受ける

「さがしてほしいのは、この子です」


 差し出された写真には、うさぎのぬいぐるみを抱いた少女が写っていた。白い羽根飾りのついたつば広帽子からは、黒髪がこぼれていた。珍しい髪色だ。白のレースが目立つ黒のドレスに、バックルのついた赤い靴をはいて、椅子に座っている。整った顔立ちをしているが、表情は暗い。写真全体からも陰鬱とした空気が感じられた。何かちぐはぐだ。絵画や調度品がきちんとそろえられているのに、どこかちぐはぐだ。その証拠に、床には無造作にオルゴールや口紅が転がっている。


「羽がない……人間か? どういう子なんだ」

「被験体です」


 は、とオクタヴィアは思わず声をあげた。


「被験体って……人体実験か。こんな子どもに、何の……」

「わかりません。この写真がいつ撮られたものかも。そもそもこの件をわたくしが知ったのが最近です。数年前に研究所で大きな事故があったようで、とっくに研究は打ち切り。資料もほとんど残っておらず、研究員もすべて死亡が確認されています」

「なら、もうこの子は生きてないんじゃ……」

「そうかもしれません。ですが――裏を」


 言われるままに裏返すと、文字が書いてあった。知らない綴りだ。

 だがハットが言葉にする。


『――“Successful body”成功体、か』


 実験の、ということだろう。


「実験の内容によっては、生きているかもしれません。それに、実験には叔父が関わっているようなのです」

「王弟殿下か。エドワード様はそちらの陣営だったな」

「はい。お恥ずかしい話ですが――叔父はずっと、帝国の遺産を封印する母を手伝うかたわらで、使おう、あるいは作ろうとしている動きがあるのです」

「天使は道具を作ることができないんじゃなかったか? お祖母様からそう聞いたが」


 オクタヴィアの疑問に、エリザは溜め息交じりに頷いた。


「そうです。道具を作るというのは、人間特有の能力ですから。その究極系である帝国の遺産については、天使は使うこともできない。だから神を討つにも、あなた方の協力が必要でした。ですが叔父はずっとそのことに不満を持っていた節がありました。最近は人間を使って秘密裏に、模造品作りにも関わっているようです」

「模造品作り……帝国の遺産のか? 危険だろう」

「ええ。本物とはほど遠い呪われた道具くらいにしかなっていないようですが。それでも被害はあるでしょうし、悪魔の遺産に対して影響がないとは言い切れません。魔は魔を呼びよせますから」

「なら、実験もひょっとして、帝国の遺産に関するものかもしれないな」

「おそらくは。そしてわたくしの予想通りなら、帝国の遺産を作ろうとする叔父の所業を、母は許さないでしょう」


 エリザの強い口調は、ある意味で母たる女王への信頼がこめられていた。


「もしこの少女が生きているのであれば、保護したいのです。叔父や……実験内容によっては母の手に落ちる前に」


 オクタヴィアは両目を上に持ちあげた。首を上に向けたことで、ハットが頷く。


『よいのではないか。王弟とやらの模造品作りは、我々にとっても好ましい話ではない。それこそ悪魔の遺産のように、神の復活の道具にされてはかなわん』

「わかった。ハットもいいそうだ。引き受けよう」

「有り難うございます。ですが、どうか動かれるときは慎重に。母にあなたのことが気づかれては元も子もありません」

「つまり、わたしはふつうに探偵をやっていればいい、ということかな」


 エリザが少し笑って、頷いた。


「わたくしも情報が入り次第、お知らせします」

「助かる。だが、情報提供はこっそりでお願いするよ。あなたに甘えてなんでも聞くのはよくないからね、探偵としても」

「そうですね。わたくしの助力も接触も、最低限のほうがよろしいでしょう。では、こちらを」


 優しく手のひらに乗せられたのは、ふたつの鍵だった。


「あなたのお祖母様からお預かりしておりました。あなたがなくすかもしれないから、と」

「ひどいな。と言いたいが、実はすっかり鍵のことを失念していたから、言えない」

「先代レーヌ伯爵は正しかった、ということですわね。ひとつは屋敷の鍵。もうひとつは、地下室の鍵です」


 地下室は、帝国の遺産をひとまず眠らせておくための保管庫だ。そう、祖母から聞いている。

 ぎゅっとオクタヴィアはふたつの鍵をにぎる。


「地下室に万年筆が保管されていると聞いております。それが使えればわたくしと連絡がとれることが可能だと、先代がおっしゃっておられましたが」

『できるだろう。万年筆はどこにでも文字を書ける。オクタヴィアの魔力の届く範囲でだが』

「あなたが王都にいるなら、メッセージを送れると思う」


 ハットの説明を受けて伝えたオクタヴィアに、エリザは頷いて立ちあがった。


「ではこれ以上はお邪魔でしょうから、失礼いたしますわね」


 そしてオクタヴィアの前に腰を落とし、微笑む。


「女王陛下。――あなたの帝国に、幸いあれ」

「あなたの王国にも」


 オクタヴィアの返答にエリザは困った笑みを浮かべたあと、颯爽と踵を返した。その背には、白い翼が見える。

 それはこの国を背負う王族の証だ。

 一息ついたオクタヴィアも、立ちあがった。

 鍵を持って、祖母がオクタヴィアのために用意しておいてくれた、堂々と隠れるための家の中を進む。地下室への扉はすぐに見つかった。

 木でできた扉は、蹴り飛ばせば壊れてしまいそうな造りだった。きっと日の光も当たらない場所だろう。

 そこでずっと待っていてくれたのだ。


(わたしの帝国、か)


 少しの手応えと重たさと一緒に、鍵を回す。


『いよいよだな』

「ああ」


 頷いたオクタヴィアは、扉を開いて、誰もいない――けれど、自分を確かに待っていた道具たちに声をかけた。


「初めまして。そしてただいま、みんな」



 ――Yes, Your Majesty.



 そう聞こえたのは、幻ではない。





 屋敷を見たかったのに、残念だ。だが馬車から流れる景色を眺めながら、青年は笑っていた。


(あれがかの帝国の、女王陛下か)


 まだ後継者がいたなんて驚きだ。てっきり天使の女王が滅ぼし尽くしたと思っていた。

 だが、彼女(オクタヴィア)は本物だ。

 神に挑んで墜ちた統一帝国エルケディアを継ぐ者。かの悪魔の遺産を正しく帝国の遺産として使えるという、唯一の人間。

 盗んでもいない地図を盗んだことにしたのも、彼女を追う男達をどこぞの野っ原に放り出したのも、女王戴冠のお祝いということにしておこう。

 きっとこれから王都は荒れるだろう。統一帝国は、天使の前で口にしてはならない禁忌の国だ。

 だが俄然、面白くなってきた。

 楽しみでしかたなくて、口元がゆるむのを止められない。


「しかし、両足を折られるのは嫌だな」


 逃げないといけない。彼女が運命から逃げるよりも、速く。

 だから、本当に小さく、誰にも聞こえないように、誰も覚えていないはずの言葉を唱えた。



「Catch me, Miss Detective(僕をつかまえてごらん、探偵さん)?」



 きっと女王陛下よりそちらのほうが、彼女の呼び名には合っている。


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