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探偵、王都に辿り着く

 夜行列車が無事王都の駅に辿り着いたのは、予定時刻より一時間ほど遅れてだった。

 既に怪盗クロウの件は伝わっていたらしく、列車をまず取り囲んだのは記者たちだ。車掌はもちろん、乗客も一部取り囲まれ、何やらコメントを述べている。


「怪盗クロウは黒服の男達に変装してたみたいですね。いつの間にか消えてました」

「拳銃をいきなり取り出したんですよ! そうしたら地図がなくなっていて」

「探偵オクタヴィアってご存じです?」


 そろそろと、まるで犯罪者のようにオクタヴィアはその横をすり抜ける。何本も路線がある劇場か何かかと思うほど屋根のある大きなホームは、気をつけてあるかねばすぐ人にぶつかるほどごったがえしていて、身を潜めて歩けば目立たない。

 だが右も左も初めての場所だ。反対にひっくり返った王都の地図をひょいとオクタヴィアから取りあげたのは、レイヴンだった。


「送るよ。馬車の乗り場はこっち」

「あ、ああ」

「オクタヴィア様ですね」


 気配をまったく感じさせずに現れたフードをかぶった男と目の前に停められた馬車に、オクタヴィアは反射的に身構える。まったく同じ速度で反応したレイヴンが、冷ややかに口を開いた。


「いきなり不躾だ。どちら様?」

「エリザ様がお呼びです」


 淡々と、男が告げた。レイヴンが眉をひそめる。疑っているのだろう。だが馬車にある、アンゲルス王家の紋章が雄弁に呼び出し主を語っている。特に第一王女が好んでいるという、紫色で彩られた紋章だ。これを騙るのは相当の覚悟がいる。ここは素直に、エリザ王女が既にオクタヴィアの動向をつかんで従者をよこしたと考えるほうが自然だろう。


「わかった。案内してくれ。レイヴン、ここまでで」

「……君がそう言うなら、いいけれど……」

「そうだ。何か、書くものを持ってるか」


 すっと、万年筆とメモを出したのは、フードの男――従者だった。ありがとう、とひとこと言い置いてオクタヴィアはメモに住所を書き付け、レイヴンに差し出した。


「お祖母様の屋敷が見たいって言ってただろう。うちの住所だ。よかったら、またあとで訪ねてきてくれ。今回のお礼もしたい。今はとてもじゃないが屋敷の中を案内できるような状態じゃないから、来月とか、そのあたりに」


 数か月に一度、管理もかねて掃除が入っていると聞いているが、それだけだ。客を迎えられるような状態ではないだろう。

 何より、道具達がどうなっているのかオクタヴィアもわからない。レイヴンに何かしたら大変だ。


「本当に世話になった。王都に無事着いたのは、君のおかげだ」


 思えばスリの現場に巻きこまれるというところから始まった縁だが、それだけではすまないくらい世話になったのは事実だ。地図が盗まれたと大騒ぎになった列車の中でも騒がず慌てず、静かにすごせたのはレイヴンが何かと気を遣ってくれたからである。


「ありがとう」


 そう言って、右手を差し出す。だがその手を取らずに、レイヴンが小さく笑った。


「なら、僕を君の助手にしてほしいな」


 一拍あけてから、オクタヴィアは首をかしげた。


「……は? 助手? なんで」

「探偵になるんだろう? なら探偵にはいるよね、助手が」

「い、いや。だがわたしはまだ探偵という看板を掲げてもいないし――」

「手伝うよ、決まりだ。僕は探偵オクタヴィアの、最初のファンだからね」


 そして差し出されたオクタヴィアの手を取り、その手の甲に小さく口づける。そして呆然としたままのオクタヴィアを置いて、まるで詐欺師のような顔で、薄く笑った。


「怪盗には負けないよ、探偵さん」


 なぜそこで怪盗が出てくるのか。わけがわからない。

 だがレイヴンはそう言って踵を返し、人混みにまぎれてしまった。オクタヴィアは困惑してつぶやく。


「……助手……?」

『だからああいう手合いの男には関わるなと言ったんだ。明日から押しかけてくるぞ、あやつ』

「ま、まさか……そんなに暇じゃないだろう」

『絶対だ。賭けてもいい』

「オクタヴィア様、おすみでしたらお早く。時間はあまりとれません」


 従者に淡々とせかされて、ああと頷く。王家の紋章が入った馬車は、すぐに走り出した。

 辿り着いたのは、よりによって先ほどメモに書いた住所だった。

 祖母が遺してくれた屋敷の前に、オクタヴィアは立つ。

 貴族の町屋敷(タウンハウス)というには少し小さい、二階建てのこじんまりした屋敷。実際、レーヌ伯爵家の町屋敷はもう少し王城に近いほうにあるし、そちらのほうが豪華だ。


「ここにエリザ王女が?」


「中でお待ちです。先代より鍵をお預かりしていたそうです」

 そういえば、鍵のことをすっかり忘れていた。助かる、とつぶやいてオクタヴィアは屋敷の中へ入る。

 少し埃っぽい、日光が差し込むだけの屋敷の中に入ってすぐ、広間にある長いソファに腰かけている女性がいた。結いあげた白銀の髪と、その髪色に合わせたような白のドレス。日光を吸い込むような微笑み。


「お帰りなさいませ」


 華やかに、だが悪戯っぽく笑う、この国の王女。天使の末裔だ。


「久しぶりだ。十年ぶりくらいか? エリザ王女」

「どうかエリザとお呼びくださいな、女王陛下」


 他に誰もいないとはいえ、聞かれたら困るのはオクタヴィアのほうだ。だがむきになって言い返しても、うまくあしらわれるのはわかっていた。ハットが鼻を鳴らす。


『敬意だ、受け取っておけ』


 ハットの言葉は、エリザでも聞こえない。だがハットがしゃべるということを、エリザは知っているはずだ。オクタヴィアは首を横に振った。


「年上を呼び捨てるのは抵抗がある」

「八百年も生きておりますと、呼び捨てられるほうが嬉しかったりしますのよ」


 ころころとエリザは上品に笑う。


「どうか年齢は忘れさせてくださいな。天使に寿命はありません。こうなると、年齢にどこまで意味があるのかと思ってしまいますの」

「天使らしい感覚だと思う」

「そうですわね。では、軽いお遊びだと思ってつきあってくださいな。年上からのお願いです」


 首をかしげておねだりするエリザは、とても可愛らしくて八百歳をこえる女性の仕草には思えない。それとも八百年分の年季が入っているのか。


「……わかった。命の恩人にそう言われては拒めない。あなたがいなければエルケディア帝室の血はとうの昔に絶えていただろうから。お祖母様もああもうまく立ち回れなかっただろう。わたしもきっと、生まれなかった」


 ハットは不満げだったが、何も反論はしない。それは異端審問官に帝室の血が狩られていく壮絶な時代を知っているからだろう。ふっとエリザの長い睫の影が、瞳に映る。


「それだけ何もできなかった、ということでもあります。八百年、何も」

「だが、わたしは生まれた。ちゃんとあなたにお礼を言いたいと思っていたんだ」


 埃の舞う床にためらいなく膝を突いたオクタヴィアに、エリザが慌てた。


「女王陛下、そのような……おやめください」


 だが、ハットは何も言わない。だから正しいのだろう。確かに彼女は帝国を裏切った天使の末裔だが、恩人でもあるのだ。

 騎士がするようにエリザの手を取って、甲に口づける。


「あなたの勇気と行動に、感謝を」


 ゆっくり引いた手を、エリザが胸の前で握った。


「……まあ……なんてことかしら。ときめいてしまいました」

「それはよかった。できればあなたと友人になりたいと思ってたんだ、わたしは」


 立ち上がったオクタヴィアに、エリザはおかしそうに笑い出した。


「まさか、そんなふうに言っていただけるとは思いませんでしたわ。弟が馬鹿な真似をしたばかりなのに」

「婚約破棄のことか? そうだな、あのままいけばわたしはあなたの義理妹になれたのか。惜しいことをした気がしないでもない」

「叔父が突然言い出したときは、驚きました。一瞬あなたに気づかれたのかと思い、冷や汗をかきましたが……そういう方法もあろうか、とは思いましたのであえて反対しませんでした。羽が生えなかったエドワードは、ほとんど人間と変わりません。そういう妹も弟も増えました。天使の――女王の力が衰えた証拠でしょう。ならば天使と帝室の血が混ざることで、あなたがたを自由にできないかと思ったのですが、うまくいきませんわ」

「そういうふうに気遣ってくれるのは嬉しいよ」


 笑って、オクタヴィアはエリザと同じソファに腰をおろす。そして切り出した。


「祖母に、あなたの依頼を受けるように言われている。それがまたわたしを――わたしの道具たちも守るだろうと」

「そうであれば、と思います。わたくしたち天使は、長く地上にいすぎたのでしょう。人間に考え方が似ていき、叔父は権力を欲して王位を狙っています。そして女王は――母は、狂った神を封印してくださったあなたたちを……その結果国を失い、そのうえ神に呪われ悪魔の遺産となった道具を回収し直すことを選んだあなたたちを、助けるどころか見つけ次第捕縛し、投獄することに躍起になっている。いったい何人が、王城で空を見つめるだけで亡くなったか……」

「難しいことはいいよ。それはもう終わった話だ。わたしは、わたしの母を、祖母を守ってくれたあなたに、恩返しがしたい、ただの探偵だよ」


 軽く笑うオクタヴィアに目を細めたあと、エリザも笑った。


「そうですわね。詮ない昔話です。――では、依頼をさせてください。探し人がいるのです」


 探偵らしい仕事に、オクタヴィアは頷いた。


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