シュメーイ、そしてイーグルビー ~ 馬車馬だって休みます ~
当時の状況を思い返し一呼吸置き、エンミイジは大きく首を横に振り、
「死を覚悟したさ。」
と、より一層声のトーンを低くして、重く言葉を放った。
「一瞬だったが戦意を失った俺たちを見逃すことなく、
あっさりと一撃でサブリーダーを葬り、俺に体当たりをしてきやがったのさ。
突き飛ばされた俺は右腕を曲がる事がない方向へへし折られ、
剣を握ることすらできなくなってしまった。正に万事休すさ。」
手綱を握る右手の腕を、左手で軽く擦った。
「足にはダメージは無く立ち上がってどうすべきか思考していたら、
リーダーが『もうお前は戦力にならない。
このままだと全滅するから応援を呼んで来い。』
って命令してきたのさ。
突き飛ばされたせいで俺は巨獣熊から距離があったし、足は無事さ。
その場からすぐに離れ、息切れでぶっ倒れそうになりながら
必死で応援を呼びに戻ったさ。
だがな、俺たちは奥へ行き過ぎてたのさ。
恐らく知らせるまでに1時間はかかっただろうさ。
知らせを聞いた熟練の冒険者たちは、俺たちをバカにすることなく、
すぐに駆けつけてくれたんだが、巨獣熊はとっくにいなくなっていて、
俺より実力者だった2人の遺体と
息はあったがボロボロのリーダが横たわっていたのさ。」
「ジサンイムとブエジカルは?」
「2人は隙を突いて逃げるよう言われて、近くで震えながら隠れてたさ。」
「結果的に3人が犠牲に。」
「いやリーダーだったオズアキは今もしぶとく生きてるさ。
杖を突く生活になって、右腕も真面に動かないがさ。
それでも、あの巨獣を倒したんだから大したもんさ。」
「オズアキって言う人は相当凄いんだね。エンミイジも腕に後遺症が?」
「腕はほとんど問題なく動くようになったさ。
たださ、もう俺には無理なのさ。
敵を前にすると手や足が震えちまう。冒険者にとっちゃ、致命的さ。」
冗談ぽく軽く笑いながらエンミイジは俺の方をチラリと見た。
「確かに難しいだろうけど、そんな経験をしたら誰もが仕方ないと思うよ。」
エンミイジの言葉を否定する事はできなかったが、気持ちは痛いほど分かる。
「冒険者として立ち行かなくなり自暴自棄になっていた俺を
気にかけてくれたのがシンメイさんさ。
色々な伝手を使ってくれ、俺たちが今こうして商人としてやっていけてるのは
あの人のお陰だし、全く頭が上がらないさ。」
「話しづらい事聞いて悪かったね。」
「いや、それは全然構わねぇし、
先輩冒険者の話として何か1つでも参考にしてくれたら嬉しいさ。」
エンミイジは会った時の雰囲気に戻り、明るい口調に戻った。
その後も隣町のシュメーイまでの道のりを互いの冒険について話しながら進んだ。
シュメーイに到着するや否やシンメイさんは
ドクターカロフジの所へすっ飛んでってしまった。
町の南側には大きな芝生があるが、会員制のため入れないので、
特にすることもなく、エンミイジの勧める宿に泊りゆっくりした。
【1月9日】
シンメイさんはドクター・カロフジから薬をもらい、
もうシュメーイでの用は済んだからと
朝一俺たちに挨拶して、カサーナ行きの乗合馬車に向かった。
俺たちも準備を整え、イーグルビーへ出発した。
先頭は変わらないが、エンミイジは明言しなかったが
比較的安全な真ん中に女性のニャルマーとジサンイム、
そして最後尾はブエジカルと荷台から解放されたことに
大喜びのパワルドとなっている。
エンミイジとはポスリメンの件や、商人仲間から聞いている
近隣の町の状況などを教えてもらいながら進み、
夕方3時過ぎにはイーグルビーへ到着した。
町のロゴなのか、鷲の上に蜂が3匹止まっているマークが
至る所に設置されている。
ここには、商人ギルドが所有している馬車馬の牧場があり、
カサーナからここまで一緒だった馬を交代する。
こういった場所が幾つもあり、馬車馬も月の1/3はのんびりさせ
休養を取らせるそうだ。
『馬車馬のように働かせる』という言葉があるが、
ここでは馬車馬もブラックではないようだ。
あまり酷使しし続けると短命で終わってしまうため、
長期的に考えるとこの方が人間側にもプラスなのだろう。
エンミイジ達が交代の手続きをしている間、
すぐ近くの牧場を眺めていると、遠くから呼ばれる声がした。
「お~い、ナオッチ、パワルド、ニャルマー」
声がする方を見ると、右手を大きく挙げて俺たちを呼ぶサッチャンと
相変わらず鳥を肩に乗せているツルボウがいた。
「よう久しぶり。どうしたんだい?」
「カスミから事情を聞いて、アタシらもバトマへ行って協力したいなって。
あっちが落ちればイーグルビーもヤバいだろうし、
前から応援に行こうと考えてたんだけど、調度いい機会かなって思って。」
俺たちはサッチャン達の申し出をありがたく受け入れた。
「明日は8時半頃来ればいいかな?」
「そのくらいの時間で大丈夫だけど、イーグルビーにはいないの?」
「アタシらの家は、ここから20分ほど北の集落なんだ。
今回は護衛依頼中だから駄目だろうけど、いずれ遊びに来てよ。」
「よう、サッチャンとツルボウじゃねぇのさ。お前ら知り合いだったんか。」
手続きを終えたエンミイジ達が戻ってきた。
「エンミイジのジジイ達か。アタシらもバトマに同行させてもらうから、
よろしくな。」
「お前は相変わらず口が悪いなぁ。
まぁ俺たちにとっちゃ、護衛が増えるから構いはしねぇさ。」
互いに嫌味っぽく言い合っているが、仲が良さそうな雰囲気だ。
【1月10日】
パワルドが不貞腐れている。
サッチャン達の同行に伴い、パワルドは2台目の荷台に乗ることになった。
依頼主のリーダーが、先頭は変わらずで、
荷台に女性を乗せるのは良くないと主張し、
2台目がニャルマー、3台目はサッチャンとなった。
サッチャン達の実力を知っているエンミイジは安心して
最後尾の3台目を任せられると喜んでいる。
合理的な配置でパワルドも何も言い返せず、
強いて言うなら俺が変わってやることだが、
意見を覆した相手と一緒というのも気が引けるだろう。
仏のジサンイムが慰めてるので、任せることにしよう。
ちょっとしたゴタゴタを経て、俺たちは出発した。
昼休憩を挿み1時間ほど進んだところで、前方に何かが見えた。
「ッチ、厄介なことになったさ。」
速度を落としながら近づき、三日月マークの帽子を被った
ポスリメン黒が道を塞いでいる状況に、エンミイジは苛立ちながら舌打ちし、
御者台から降りて大きめの黒い斧を装備した。
ノベグランの杖を装備し、既に震えが出ているエンミイジの傍に寄った。
「ポスリメンだな。」
「だね。」
前方を見ながら装備を整えたパワルドとニャルマーが横に並んだ。
「囲まれたみたいだね。」
「後ろにも?」
最後尾にいたサッチャンが、ツルボウを後ろで見張らせて報告に来たので、
前方のポスリメンを親指で指しながら確認した。
「ああ同じ奴らだ。」
「はぁ、そうか。」
「アタシらに後ろを任せてくれないかい。」
「よろしく頼む。」
エンミイジが認める程の実力者であれば問題ないだろうと即決し、
サッチャンはツルボウの元へ戻った。
その後姿を見ながらニャルマーは、耳をヒクヒクとさせ何か気にしていた。
念のためディテクトを限界まで広げて確認した。
「ニャルマー、隠れながらサッチャン達の援護を。」
ニャルマーは頷いてそっと後ろへと向かった。
「で、俺たちはどうする?」
俺が後ろにニャルマーを行かせたことを不思議に思いつつも、
パワルドは前方を見ながら戦略を確認してきた。
イーグルビーとはEagle-Bee(蜜蜂)なのかEagle-Bなのか。
後者のBなら日高市内を走っているBusの事だったりして。
そしてサッチャンとツルボウは笠幡公園の近くにいたりして。。。