かじられ青リンゴの大逆襲0 ~ ムサシノクニ流 ~
【5月20日】
普段よりのんびりと過ごし、越川を出発する。
ギルドやクヌキの祠に行ったとしても
すぐに戻ることになってしまう。
なので、ララリリ姉妹の先導で、
歩いて西の外壁へ直行することにした。
10分ほどで着いた外壁は、高さが3メートル以上ある。
「こっちぉ。」
幅4メートル程の道を塞ぐように大きな扉があり、
その隣ある人が出入りできるくらいの扉にララがいる。
大きい方は馬車などが通る用なのだろう。
先に外へ出たララに続く。
小さな扉の内側の地面には柱の様な木が横たわっている。
これによって、外からは押しても開かない。
モンスターが扉を引いて開けない限りは中には入ってこない。
まずそんな器用なモンスターはいないだろう。
扉の開閉はセルフだが、なかなか考えられた構造だ。
「意外とメンテされてるね。」
雑木林の足元には腰位の高さの笹みたいな雑草が所々生えているが、
背の高い草は生えておらず、木々の間も適度に間伐されている。
身動きは何とかなるだろう。
「ゴズウェウ達が間伐したりしてぅから。」
「暫く彼らは内側の作業にあたるソウです。」
ゴズエルは越川を定宿にしている
背が高いバッファローの様な角を生やした大男で、
初日に顔を合わせて以来、何度か会っている優しい人だ。
「これじゃ、前回みてぇなことはできねぇよな。」
火炎系範囲魔法のフレイムウェイブをぶっ放せば
周囲に燃え広がって豪い事になりそうだ。
「まぁ、危険だね。」
「んじゃ、これだな。」
パワルドはシャドーボクシングをしてみせる。
「いやいやいや。」
「折角だし、ちょっと見せてもらうかな。」
ここで形を披露しろと。
俺の内心を読んだのか、パワルドは1つ頷く。
今ここにいるのは俺達だけで、モンスターの気配は無い。
ニャルマーとララリリ姉妹も、興味深気に見ている。
やらないという選択肢はなさそうだ。
「はぁ。。。」
溜息を吐いてから、教えてもらった通り形を行う。
女性3人は感心しながら見ているのに対して、
パワルドは時折「ん~」と首を傾げながら険しい顔をしている。
「ちょっと始めっから、もう一回な。」
一通り終えた所で、もう一度と言われてしまった。
「ストップ。ん~、重心がたけぇな。もっとこう、」
拳を前に突き出した所で止められ左右にふらついていると、
肩や腰の位置、膝の角度を直された。
「あ、確かにふらつかない。」
「で、次が、~ ~ ~ 」
と暫く、肩の位置が~とか、軸が~とか、テンポが~とか
パワルドの熱血指導を受けることになってしまった。
1時間以上、やり直しを何度も受け
既に女性3人は興味を無くし女子トークで盛り上がっている。
キィ~ パタン
俺たちが出てきた扉から良く知る人物が出てきた。
「あれ、お前らだけか?」
ギルマスのユピレスが周囲を見まわしながら尋ねてきた。
「少なくとも俺達が来てから誰も来てないよね。」
手を休めユピレスに答える。
「俺達より前に来てるとは考えにくいし、
他にはいねぇんじゃねぇかな。」
女性3人はユピレスに気に留めず話を続けているので、
パワルドとユピレスの相手をする。
「まだ来てないからいいものの、全くどうしたもんだか。」
ユピレスは他のパーティが来ていないことに不満なようだ。
「昨日受付した時、午後に出現するって言ってたよね。」
「ま、他はゆっくり来るんだろうな。」
「なるほど、そういうことなら別に良いや。」
ユピレスは最新の情報を知らなかったらしい。
実際、彼は打合せや書類の確認に追われ古い情報のまま、
初日の視察と扉の補強を行う為、直接こっちに来ていた。
納得したからなのか、バツが悪かったのか、
少し離れて、木にもたれ掛った。
「よし、んじゃ続きだな。」
全然、俺の中では『ヨシ』では無い。
だが、パワルドは俺が動くのを待っている。
仕方がない。また始めからやるか。
何度か始めから通して行う。
パワルドは黙って頷き、たまに眉がピクリと動く。
自分でもわかる。ちょっと間違えた。
けど、何も言ってこない。
「ムサシノクニ流か、それ。」
先ほどからずっと此方を凝視していたユピレスが声を掛けてきた。
流派は知らない。なので、パワルドに視線を送る。
「へぇ、良く知ってるな。」
「ここらじゃ見かけないが、昔知り合いに居てな。」
そう言うとユピレスは演舞を始めた。
ん~何だろう、違和感がある。
リズムに緩急があり間延びしてキレがなく、
右へ左へと傾いている感じで、綺麗に見えない。
だが、パワルドは笑顔でうんうんと頷いている。
「どうだ?」
一通り披露し終えたユピレスは満足気だ。
「大したもんだな。」
「そうか、そうか。お、漸く来たか。」
パワルドに褒められたユピレスは
気を良くし軽快な足取りで外壁の扉から今しがた出てきた
パーティに声を掛けに行ってしまった。
「ねぇ、あれ良かったの?」
口のユピレス側から見えないように
手で隠しながら、小声でパワルドに確認する。
「全然駄目だな。」
「だよねぇ~・・・」
よくよく考えてみれば、パワルドは良いも悪いも言っていない。
昔見たものでも今数回見ただけで再現したことにを褒めたのか、
あの程度で披露したことに皮肉を込めたのか、
どうとでも取れる言い方だった。
次第に人が集まり、凡そ30人程度が扉付近の開けた場所にいる。
そして12時を過ぎてすぐ、離れた場所にいた
パーティーが武器を構えた。
一斉に緊張感が走る。
俺も「ディテクト」で付近を探ると、
複数の反応が近づいている。
かじられ青リンゴとの戦いが
今ここに始まる。