BFT-081「届けとばかりに・前」
いつの間にか、硬く握りしめていた左手を開く。
剣を握ったままの右手も、まるで時間が止まったかのように動かしにくかった。
それだけ、目の前の光景に衝撃を感じていたのだ。
「魔力は感じる?」
「いえ、これといって……」
「何もないように見えるから、逆に怖いわよね」
今僕たちがいるのは、29層の奥の階段。
そう、30層への階段だ。
登り切る直前で、足を止めている。
「まるで、川面が縦になってるみたいだな……槍を刺して見るか?」
「どうでしょう。事前のお話からすると、害はないようですけれど……」
安全地帯である階段。
そこで僕たちが見つめ続けているのは、恐らく30層への入り口。
ベリルじゃないけど、水面を光らせたような壁がある。
よくわからないのは確かだけど……。
「行こう。じゃないと、始まらない」
「よっしゃ、行くか! 変な意味じゃないんだが、手つないでおかないか? 別々の場所に出ても大変だろ」
もっともな提案に頷き、それぞれに手をつないで横並び。
いきなり襲われませんようにと、一歩を踏み出す。
転移の罠を踏んだときのような、妙な浮遊感。
そうして、視界が少し白くなったと思うと……眩しさが襲って来た。
「……外?」
「全員いるわね」
何も言わずに、陣形を組む。
眩しさのせいで、周囲がよくわからない。
空には太陽のような光があり……って。
「頂上……まさか?」
後ろには、通ってきた不思議な壁。
ちょうど僕が手を広げたぐらいの、扉ほどの大きさに変な壁がある。
でもその向こうは、青い空だった。
いや、高い空の上、と言えるだろうか?
「天塔の頂上ってわけじゃないと思うんだけど……うわ、あれって雲?」
「見た通りなら、かなり高い場所だな。別世界ってやつか……」
森、林、平地、砂漠、洞窟の中、建物のような場所、そんな話は聞けた。
でも、この場所はそのどれでもない。
事前に聞いていた、30層の中身とまったく一致しない。
全力で走ってもすぐには向こう側にいかなそうな、石でできた地面。
左右は僕の胸ぐらいまでの高さに壁があり、曲がっているのがわかる。
なんとなく、すごく大きな円形という感じがした。
「プロミ婆ちゃんが何かの時に言ってたよね。財宝の間があるなら、階層にもレアな階層があるんじゃないかって」
「だったか? 予想だろう、あれは。だけど……あり得るな」
「お二人とも、そこまでのようですわ」
「マスター!」
何もなかったはずの、正面に霧。
白い雲がかかったかのように見えなくなったところに、気配が生じた。
一緒に、何か金属音も……鎧を着こんでるのかな?
(僕は今、どうして鎧だと思ったんだ?)
自分へ問いかけながら、迷わずに剣に手を伸ばした。
鞘に魔力を込めて、力をためる。
みんなも同様に、戦いの準備だ。
そして、奴は現れた。
黒い、妙な光沢の全身鎧を着た……騎士。
「試練の時間だ、人間よ。我を討ち果たせ!」
「白光の煌めきっ!」
相手、黒騎士の言葉を認識してすぐ、遠慮なしの一撃を放った。
話ぐらいは、と言われそうだけどそれは考え過ぎだったようだ。
「防いでる!? みんな、準備を!」
「終わったら仕掛ける!」
手ごたえが、妙だった。
明らかに黒騎士も同様の攻撃を放っていると感じる。
剣を振り切るようにすると、黒騎士も同じように手にした両手剣を床につけるのが見えた。
「思い切りはいい、か。なるほどな」
「おせえっ!」
気迫のこもったベリルの突撃、それに続くアイシャ。
僕もまた、接近戦を挑むべく剣を構えなおす。
ラヴィには上からの援護をお願いし、カレジアには間を埋めるように指示。
いつもので、最強のやり方だ。
「こんのっ!」
接近すると、その異常さがわかる。
オークやオーガみたいに背が高い割に、体格は引き締まっている。
それだけじゃなく、身の丈ほどの両手剣だというのに、僕たちの攻撃を捌いているのだ。
「うわっと、あぶねっ!」
大きく回避するベリル。
そのすぐそばを、全身刃と言えそうな黒騎士の鎧、その飾り刃の1つが通り過ぎる。
仕掛けは簡単だ。相手が動く度、その刃が剣を振るうかのように周囲を切り裂くのだ。
おかげで、僕もあまり接近は出来ない。
下手に組みあえば、手元に刃が届くことがありそうだからだ。
「武器は負けてない。続けるよっ!」
「良い観察だ。だがそれもどこまで続くかな!」
ノリがいいというべきか、律儀というべきか。
人間とは思えない相手は、流ちょうに人の言葉を話す。
まるで、一流の探索者を大きくしたかのような相手だった。
「貫けっ!」
「合わせる!」
上空から、死角をついたカレジアの一撃。
それは黒騎士の両手剣に防がれる。だけど、刃の腹に当たった。
そこから、カレジアの魔力が膨らんで剣が鋭さを増す。
わずかに聞こえた音に、僕は自身の剣をそこにぶつけ……砕いた。
「もらった! っとお!?」
武器を失った相手に、ベリルが踏み込んだかと思うと大きく後ろに下がった。
驚いてみた先では、相手の手のひらから刃が伸び……それは結局また両手剣と化した。
「私は生きた宝箱だ。望めば、物も知識も何でも得られるかもしれないぞ」
「なんでも……?」
それはただの誘いだとも思う。
でも、嘘も言ってないなともなぜか感じた。
だから……。
「ベリル、みんな。トドメは任せて」
「了解! やるわよ、カレジア!」
「はい!」
「しゃあねえな。アイシャ、踏ん張るぞ!」
「乙女の覚悟、味わっていただきますわ」
集中し始める僕の前に、4人が立ちふさがってくれる。
だから僕は、自分自身に呼びかけるようにして、力を全身に巡らせ始めていた。
来週完結予定です。