BFT-078「迫りくる悪意・前」
ぶつけられた殺気が、僕の心を磨いていく。
構え、相手の事を睨む。
僕のことを、餌ではなく敵と認識したらしい飛竜の突進を、迎え撃つ。
「氷杭!」
少なくない魔力を注いだ結果、まるで冬に凍り付いた滝のように鋭い氷の柱が産まれる。
家一軒を貫きそうなその穂先は、回避しようとした飛竜を貫いた。
「カレジア!」
「はいっ!」
僕のすぐ後ろ、失敗したら一緒に吹き飛ばされる位置に彼女はいた。
膝ぐらいだった姿は、お腹から胸にかけてといったところ。
砕け散る氷の柱、その破片を気にしないように駆け出す姿は人間の少女の様。
「えええいい!」
振り下ろすは、妖精の宿りし剣。
僕が手にする物と大きさ違いの、双子剣。
確かな魔力を注がれ、僕とカレジアの思う通りに切れ味を発揮する。
「見事に両断ね。やるじゃない、カレジア」
飛んでくるのは、いつもの大きさのままのラヴィ。
誉め言葉を口にしながら、飛竜の傷口を見ている。
氷の柱で痛んだ場所以外は、綺麗に切られた跡があるばかり。
「ラヴィは、共鳴を使わないの?」
「別に使えると思うわよ? だけど、私が使っても魔法の威力が上がるわけじゃないもの。使える、それでいいのよ」
小さい方がいたほうがいい時、あるでしょ?なんて言われたらそれ以上は言えない。
確かに、どこかに忍び込んだり、天塔内部でも偵察には小さい方がいい時は多い。
「おーい。あったぞ。集落だ」
「リザードマンの集落……っていうか、探して襲撃しようって僕たち悪者みたいだね」
「今さら……でしょうか。天塔の中の相手は、外にいる存在とは違う、そう思うしかないかと思いますわ」
ベリルの案内を受け、向かった先には確かに集落があった。
でも、結局これも暮らしがあった、と天塔が作り出した光景。
わかっていても、少しばかり思うところがあるのだ。
もっとも、アイシャの言うように別物と思うほかないのだけど。
「武器は回収してっと……どうする、登ってくか? 国境に行ってみるか?」
彼が言うのは、戦争の気配に対する対応の事だ。
このまま登るか、帰る場所が無くなったら困ると参加するか。
僕も、最近はずっと考えている。
「難しいね。村の復興は始まってるみたいだし……」
僕がこの天塔に登る理由は2つあった。
1つは、ドラゴンに焼け出された形の村の復興。
これは、なんだかんだで始まっている。
何年かしたら、村の形は出来上がってくると思う。
偶然も重なり、竜素材の売却益が飛び込んでくるからだ。
後は、時間が解決してくれる。
そしてもう1つは、行方不明の両親を探すこと。
遺品なら遺品を、生きてるなら連れ帰りたい。
何年も前に、突然いなくなってしまった両親を。
「戻らないといけない場所がある……そんなことを言ってたらしいことを、この前聞いたよ。その場所が天塔らしいこともね」
生き残った村人の中には、僕が預けられた親戚がいた。
もっとも、小さい村だからどこも親戚みたいなものだったけど。
お話にあるような、悪い親戚ということは無く、僕が探索者になるという時も引き留めてくれた。
ついこの間、町中で再会した時には、白髪も増えていて……ってこれはいいか。
「親父さんが、旅立った後に一度は天塔に登ったのは間違いないなら……ってことだよな。じゃあ、登るんだな」
「うん。外なら、もっと手掛かりが見つかっただろうしね」
天塔で出会ったような強さを本当に持っているのであれば、夫婦の探索者、傭兵みたいにもっと話が聞こえてきそうだった。
でも、今のところ他の場所の可能性は、薄い。
「じゃあ、どんどん上にいきましょ! もっと強くなって、立場が変われば話の量も変わるんじゃないかしら?」
「そうですよ。炎竜の牙の人たちは例外みたいですし……」
僕も2人の言葉に頷く。実際、探索者としてのランクはなんというか、上の方がいいのだ。
たまたま、フレアさんは僕たちのことを気に入っているようだけど、それは例外。
注目は集め始めてるらしいけど、そのぐらいだ。
もっと目立って、話を集めないと……。
「よし、行こうか」
「了解だ。29層……30層、行けたら一気にいこうぜ」
そうそううまくはいかないよ、という言葉は飲み込んだ。
自分達なら出来る、そう思うことは決して油断ではなく、自信とすべきだと思ったからだ。
油断せず、それでいて大胆に。
前を向いて、進む。
それから、僕たちは大きな怪我を負うことなく、天塔の攻略を続けた。
春本番、それどころかもうすぐ春も終わろうかという頃まで。
そんな時、クリスタリアから探索者が減ったことに気が付いた。
「ブライトさん、ランク……上げますか? 登り続けるなら、今は上げない方がいいかもですけれど」
「……どういうこと?」
まとめて持ち込むから助かってます!そう言われた後の話。
あまり大きな声で言えないのか、僕ぐらいにしか聞こえない声だ。
「Cランクからは、国の要請に出来るだけこたえるように決まりが増えるんですよ」
「……なるほど」
受付のお姉さんは、僕の目的を少し知っている。
だから、こんなことを言ってくれたんだろう。
「ありがとうございます。じゃあしばらくは無しで」
「はい。じゃあそういうことで……」
そんな内緒話を終えて、ベリルたちが待つテーブルに向かった時のことだ。
入ってきた探索者たちに、ふと視線が向いた。
正確には、ここに来る人で兵士以外は探索者ぐらいだってことなんだけど。
何かを、僕は感じた。
違和感? 殺気? いや、これは……。
咄嗟に駆け出した僕の腕に、不審者の刃が食い込んでいた。
もうちょっとしたら区切りで完結予定です