BFT-073「人型の森」
25層は、まるで亜人種の生きた図鑑のような階層だった。
見たことがない相手、見上げるような一つ目の巨人なんてのも出てきたりしたのだ。
「数が一体で、動きが少し遅かったのは救いかな?」
「どうだかな。防具はつけてないし、体は素材にならない……いや、角は触媒になりそうか」
「はいはい! 私はこん棒が気になるわ! 何か、違わない?」
念のためにと、切り取った巨人の角。
確かに、攻撃してくるときにわずかに角が光っていたような?
と同時に、ラヴィの言うこん棒も普通ではなさそう。
「マスターが攻撃しても、削れませんでしたよね、これ」
「相当硬いか、魔力による強化か……どうやら両方の様ですわね」
僕たちの視線の先で、見るからに本気の一撃をアイシャがこん棒に加え、穂先は食い込みすらしなかった。
ほんの僅か、先っぽが入ったような気がするけど、そのぐらい。
元の模様めいた部分と区別はつかないから、傷1つ無いのかも。
「よく見ると、断面が金属っぽいな。外と、木々も違うのか?」
「上手く採取出来ればいいんだけどね。ポータルそばに置いておこうか。休憩用の椅子代わりにはなるよ」
今回、巨人が出たのが近くでよかったと思う。
引きずってみると、僕がなんとかという重さだったからね。
改めて25層を見ると、不思議な場所だ。
これまでも、普通じゃない場所ばかりだったけど……。
森もあれば林もあり、川もあって……って本当に天塔は謎だらけだ。
一度、カレジアに上まで飛んでもらったら見えない天井にぶつかったらしいから、果てはある。
「この空に見えるのも、何かが光ってるって考えると、持って帰りたいけど……無理かな」
「お前ぐらいだって、ダンジョンである天塔を一部でもまず持ち帰ろうって思うのはさ」
面白い話だと思うけど、なんて続けるあたり、ベリルだって十分変だってことじゃないかな?
実際、外では探索者が持ち帰った天塔での灯りの石が活躍している。
軍の兵士たちも、いらないときは覆っておけばいいからと結構な量を買い込んでいると聞く。
少し下で、僕たちもその辺で稼ぐのもいいかも……そう思っていた時だ。
「ねえ、主様。何か聞こえない?」
「え?……ほんとだ。何かを叩いてる?」
ラヴィに言われ、みんなで耳を澄ますとどこからか、ドンドンという音。
まるで何かを叩いているような……お祭りみたいな音。
警戒しつつ、音の聞こえる方へと向かうと、おかしなものが見えて来た。
それは、集落。そう考えるとおかしくはないのかもしれない。
見つかったのが、天塔という場所の中でなければ、だけどね。
「巨人さんとは違う角あり……オーガ、ですかね」
「肌もまるで岩のように、と聞きますから、間違いありませんわ」
遠くの木陰から見えたのは、亜人の怪物の中でも厄介だと噂のオーガ。
力も強く、赤や青い肌は、まるで金属鎧のように硬いという。
そんな彼らの集落らしい場所、その広場で……たぶんオークが丸焼きになっている。
一見すると、太った人間が焼かれているように見えるけど、よく見ると違ったのだった。
「食うつもりか?」
「たぶん。人間を焼かないとは、限らないよね」
探索者が天塔に登るのは、自己責任。
稼ぎが自分の物になるのと同じで、被害だって自分たちの物だ。
だから、オーガに探索者が掴まってどうにかなっても、別にギルドとかは何もしない。
それはそれとして、だ。
どう動くのだって自由、なのだ。
「たまに中の構造が変わるわけだから、ずっとあの集落ってあるわけじゃないよね?」
「恐らく。だとすると、俺たちが戦っても何の問題もないわけだ」
危険は回避すべき、でも結局戦うのなら出来るだけ自分達に有利な状況で戦いたい。
そう考えた僕たちは、まずは3人には上に飛んでもらった。
いつものように、上からの奇襲と援護をお願いするためだ。
宴のような騒ぎは段々と大きくなり、多分集団でも偉い立場だろう大きいオーガが出てくる。
そうして、丸焼きになっているオーク(複数ある)に近づき……その頭が吹き飛んだ。
「一気に行くよ!」
「まるで、強盗の気分だな……行くぜ!」
なんで今そんなことを言うのさって気分になりながら、剣を構えて駆けだす。
まさかの、一撃必殺だった。
遠くから放った属性攻撃が直撃し、オーガは事態を把握できてないように見える。
僕たちが襲い掛かって、ようやくいくらかが叫び出すぐらいだ。
硬いと評判の肌も、どうやら魔法で強化しているようでムラがある。
見方を変えれば、そうじゃない場所を見つけることは、難しくなかった。
オーガの集落を、襲撃。それだけいうと、なんだかアレな気分だけど……うん。
「消えていく……やっぱり、天塔の生み出した怪物ってことよね」
「いつ見ても不思議です。あっ、宝箱ですよ!」
何か持ち帰られるものがあるかを確認していた時に、カレジアが見つけたのは宝箱。
オーガの家の家具っていう感じではない、違和感しかない物だった。
鍵がかかっていたけど、罠はなさそう。
「こちらが鍵開けの間、周囲を見回っていただけますか?」
「ああ、任せた。ブライト、行こうぜ」
元々そのつもりだった僕も頷き、一度外に出て驚いた。
かろうじて家だった他の物が、崩れていたのだ。
しかも、段々と砂のようになっていく。
「これすらも天塔の生み出した……ああ、もう。考えるだけ無駄か」
「そうなるのかな? 中身を貰ったら帰ろうか」
なんだか、妙に疲れたような気がする。
後ろから声がかけられ、鍵が開いたことを知らされる。
ゆっくりと開いた中には……壺が1つ。
「壺ぉ? なんなのかしら、これ」
「よくわかんないけど、持ち帰って確認しようか」
割れないように気を付けて包み、戻ることにする。
幸い、帰りには亜人と出会うことは少なかった。
一度、巨人に出会ったのは驚きだけど僕が動かなくてもみんなが倒してくれた。
結果として、めぼしい物はこん棒2本と、壺。
他には亜人たちの角なんかの素材、そして一番はたくさんの武具だ。
「なんでみんな、この階層に来ないんだろう?」
持ち切れないからと、ポータルのそばに隠しておいたのだけど、他に人が出入りしてる気配がない。
最近は、探索者とすれ違うこともめっきり減ったように思う。
「稼ぎやすい階層で稼いでるから、ここまで来るのは少ないんじゃないか?」
「まっさかぁ!」
何気ないように答えた僕だけど、買い取りに持ち込んだギルドで、同じようなことを言われてしまうのだった。