BFT-072「戦いの兆し」
一足早い春の訪れ、とするには物騒な出来事。
それが、クリスタリアのすぐそばで起きた熊の大量出現だった。
フレアさんと一緒に熊退治をしてすぐ、森の異変に僕たちは気が付いた。
数は多くないけれど、普段なら見かけない獣たちの話が出始めたのだ。
「ブライト、親父たちから嫌な話が届いた。西との交流が絞られたそうだ」
「絞られた?……戦争?」
詳しいことは僕も知らないけれど、この天塔がある場所はとある国の領土だ。
言い換えると、天塔の産物は全てその国にまず入り、他国に出ていく。
僕にでもわかるよ。中には、天塔を奪い取ろうとする国もあるんだろうなあって。
「同じように、尽きないダンジョンは、他の場所にもあるとか聞くけどな……」
僕と同じく、国同士の変化に気が付いているベリルの表情は良くない。
戦争ともなれば、被害を受けるのはいつだって一般人だからだ。
気にはなるけれど、じゃあ僕たちに何ができるかっていうと……悩ましい。
「主様、なんだか通りに見慣れない人間が来てるわよ」
「そうなんです。こう、金属鎧を着こんだ人たちです」
屋根の上で、楽しくおしゃべりをしていたはずの2人が戻ってくる。
やや遅れて戻ってきたアイシャの表情はさえない。こんなところは主に似てるって今はいいか。
揃いの装備となれば……。
「国の兵士、か。ギルドへ行くか」
「うん。念のため、3人は戻ってもらってからいこう」
それこそ、前に懸念してたように、戦争に使われるんじゃ嫌すぎる。
そりゃ、どうしてもってときには参加することもあるだろうけど、利用だけされるのは、ね。
少し渋っていたラヴィを説得し、カレジアと共に妖精の世界に一時戻ってもらう。
一応装備を整え、ベリルと2人してギルドへ。
予想通りというべきか、いつもとは違う賑やかさだった。
「おはようございます。何かいい依頼ありますか」
「ちょうどいいですね。ほやほやのがありますよ」
真新しく羊皮紙に書かれた依頼が、僕たちの前に。
内容は、ざっくり言えば軍による物資購入の話だ。
直接の武具、あるいはそういったものにつながる素材の買取。
「やっぱり、そういうことなんですか?」
「ええ、戦力としての勧誘も一応窓口が出来ました。任意ですので、強制力はありません。まあ、軍で活躍すると、一応国から認定というのか、褒章が出たりしますからね」
要は、荒くれ者と同じような扱いな時もある探索者にとって、身分を得られるということだろうか?
僕としては、元が農家だから気にしてないと言えば気にしていない。
「じゃあ精々、稼がせてもらいますかね……」
「そういうことだね。行こう」
もちろん、この国にも鉱山はあるし、普通にそこでも生産は行われている。
経路が、複数あったほうがいいというのもわかるんだよね。
どうせ武具は消耗する物、だったら消耗前提で既に形になっている天塔産を使おうっていうのもあるんだろうね。
明らかにまとう空気の違う兵士達を見てから、僕たちは天塔へと向かう。
戦う場所は、新しく行く25層だ。
ポータルで直接飛び、すぐに3人を呼び出す。
「向こうも、あわただしかったわね」
「そうですね。マスター、先輩たちが、気をつけろって言ってましたよ」
「ええ、外にいる同胞が、警告してくれましたわ」
詳しい話は聞けなかったようだけど、普通じゃないことは妖精たちも把握してるらしい。
クリスタリア以外でも妖精は出会えるそうだし、探索者が外に出ていくことだってある。
そう考えると、妖精との契約は天塔だけのものじゃあないのだ。
「とりあえず、戦うか。さて、事前の情報だとこの階層は……現状にぴったりらしいな」
「うん。亜人種と呼べる怪物たちが、色々出てくるって」
陣形を整え、数歩踏み出せば空気が変わる。
安全地帯だった階段、ポータルから危険のある天塔のそれに。
すぐさま、魔力の動きが感じられた。
「コボルト5! でも、何か違う!」
出て来た相手は、太ももぐらいまでの大きさのコボルト。
でも、毛並みも装備も明らかに違う。
咆哮さえも、力強さを感じる物だった。
「水よ!」
毛皮で稼ぐなら、燃やしたら駄目。
そのことを、ちゃんと覚えていたらしいラヴィによる先制攻撃。
僕と練習して、岩にも穴があくようになった水魔法が素早く打ち出される。
「よし、効いてる。やるよ!」
「おうっ!」
先頭の1匹が、見事に胸元を撃ち抜かれて倒れ込んだ。
通用する、そのことを確かめることができたからには戦うのみだ。
獣臭さを余り感じないコボルトを、何度かの攻防の末に撃破。
手にしていた武器や、身にまとっていた防具を適当に剥ぎ取る。
こうした鎧なんかは、加工されて人間も使うというのだから面白い。
それに、造りも上層ほど立派なのだ。
「今の奴、だいぶいい感じだったよね」
「他に言えない自分が恨めしいが……粗悪とは言いにくいな」
そう、どちらかというと素材にするしかない下層の装備とは、違った。
サイズは違っても、そのまま使えそうなぐらいの品質だったのだ。
怪物の工房なんてのは見つけたことがなく、恐らくは天塔が生み出す時に一緒に装備している。
相変わらずの、天塔の謎。
「マスター、角にいます」
「やれるだけやって、持って帰ろうか」
自分たちは強い、そのことをちゃんと自分の物にすべく、戦いを続けた。