BFT-071「変わる印象」
「25層、ですか?」
「あれ? 問題がある階層でしたっけ?」
まるで、彫刻のような石像たちとの戦い。
問題なく戦えることを確認した僕たちは、ひとまず1つ階層を上げることにした。
25層もまた、地上へ戻るポータルは階段すぐにあった。
宝石にしか見えない、石像の核。
それを売却すべくギルドに顔を出し、ついでにまだ見ぬ25層の怪物について情報収集。
そんな時に、受付のお姉さんに驚いた顔をされたのだった。
「い、いえ。無理して……はいませんよね。防具も綺麗ですし、怪我もなさそうです」
「おかげさんでな。妖精たちも随分と動けるようになったんだよ」
いつもは、僕の特訓のためか買い取りに口を出してこないベリル。
珍しく、横に来たかと思えばそんなことをわざわざ大声で告げるのだった。
(? 空気が、変わった?)
ギルドは、年中無休だ。
真夜中だって、誰かしらがいる。
そのうえで、今は人が多い夕方前、だ。
邪魔にならないように、早めに片付けていくつもりだったのだけど、どうも変だな。
「何の騒ぎかと思えば、戻っていたのか。ブライト君」
「フレアさん! そちらもあがりですか」
僕たちとは違う天塔で、相当な激戦だったんだろう。
ふさがっているけれど傷もいくつか、防具だって外れたのか外したのか、そろっていない。
ふと見れば、隣では他の仲間が素材の入った袋や、外で引き渡すことになる大きな物などの札を出している。
「思うところがあってね。少し背伸びしたら、いやー、危なかった。っと……なるほどな。まだ子供に見える君たちが、もう25層だということに驚いているのさ。前々から知っていた私たちとは、違う」
「それはどういう、っと。虫でも止まってました?」
意味ありげにフレアさんが微笑んだかと思うと、僕の頭を平手で叩こうとするようにしてきた。
思わず、僕も手をあげてそれを防いだのだけど、なぜか周囲はざわめきだした。
「こういうのは、自分じゃわからないものなのさ。ベリル君も、お供の妖精たちも特に変に思わなかっただろう? だが……なあ、そこの。今の、見えたか?」
フレアさんが一線級らしい気迫を急にまとったかと思うと、変なことを近くの探索者に聞いていた。
僕から見ても、駆け出しとは言えない十分強い探索者に見える彼は、首を横に振った。
つまり、今の僕とフレアさんのやり取りが見えなかった、と言っているのだ。
「そういうことだな。もっと自信を持ちたまえ」
「当然よ! 主様は強いんだから!」
「そうです! そのうちドラゴンだって!」
それまでは、フレアさんの行動に変な物を見るように僕たちを見ていた探索者たち。
が、カレジアの声に、真顔の探索者が増えていく。
この空気をどうにかしないと、と思うのだが……良い手が……。
「だ、誰か!」
大きな音を立てて、ギルドの扉が開かれた。
本当にいるかはわからないけど、神様は僕を見捨てなかった。
いや、かなり不謹慎な結果になのだけど……。
驚く周囲の探索者を尻目に、僕は飛び込んできた男に駆け寄り、目につく怪我にポーションを振りかけた。
常用するポーションぐらい、いくらでも稼げると最近は思うようにしているのだ。
「ありがとよっと、それどころじゃなかった。熊が、すぐそこの街道に!」
冬が終わり、春の息吹がちょこちょこ見えそうなこの時期。
まだ熊が動き出すには少し早いけど……。
農家だったころの記憶を掘り出す間に、横合いから誰かが男を抱え上げた。
誰であろう、フレアさんだ。
「よし、今日は熊鍋だ。案内するんだ」
「目覚めたては、痩せてて美味しくないらしいですよ?」
相談するまでもなく、僕たちもフレアさんと一緒に飛び出した。
正直、戦力過剰もいいとこだ。
フレアさんの仲間たちが、ついてくるどころか手をふって送り出すあたり、よくあることなのかもしれない。
「えっと、あっちだ!」
「誰か戦ってる……あの数は!?」
確かに、町を出てすぐのところで暴れる熊、5頭。
そしてそれに抵抗する探索者だろう人間たち。
熊がこんな場所にいるのも驚きだけど、数が不思議過ぎる。
普通、どこかで出会えば互いに戦うぐらいはするはずなのに……。
「カレジア、ラヴィ! 先行して牽制を!」
「わかったわ! 巻き込まないようにしないと」
「目つぶしぐらいは!」
ぐんっと加速していく2人を見送りながら、横のフレアさんを見ると頷かれた。
他の何かの可能性はフレアさんに任せ、一緒にいるベリルと共にさらに駆け込んだ。
「どいて!」
「お、おう!」
怪我をしている仲間をかばってるらしい探索者が、僕の叫びに後退していく。
その場所に入り込んだ僕は、熊と対峙する。
思ったより大きくない、だけど必死な感じ。
どう考えても、冬眠から起こされたというのとも違う。
既に牽制を始めているラヴィと合わせて、火の魔法で驚かせて……まあ、熊自体は楽勝だ。
「君の言うように、美味しそうではないな」
「まあ、そうですね。それより……一体どうして」
群れで暮らすような存在ではない熊。
それが、何かに統率されているかのように……いや、何かに追い立てられるように?
ふと浮かんだ、突拍子もない考えが、僕の心を占めていった。