BFT-062「潜むもの・前編」
ギルドの用意してくれた馬車は、立派な物だった。
馬も、訓練されているようで多少の魔法や戦闘が近くで起きてもあわてないんだとか。
そしてプロミ婆ちゃんの予想通り、あっさりとギルドは僕たちの遠征を許可した。
目ざとい一部の探索者が、こちらに視線を向けてくるけども、理由まではわからないだろうね。
精々が、何かうまくやりやがったな、ぐらいじゃないだろうか?
「本当にいいんですか?」
「今さらだよ。君の兄さんとは、何度か危険を潜り抜けて来た間柄だからね」
「お前な、恥ずかしいことを面と向かって言うなよ……ありがとな」
もっとも、出会って1年たってないことは言わない。
単純な年月では計れないような経験と、思い出はあるからね。
弟さんを御者として、ベリルの両親が隊商に参加していたという町へと向かう。
街道の雪はかなり減っており、なんとか進めそうな感じだった。
雪深さがひどいようなら、魔法でどうにかしていく予定だったけど今のところは大丈夫そうだ。
「外での妖精たちがどういう扱いかわからないから、3人にはまずは馬車にいてもらうとして……。町には向かっても、そのまま話を聞いて回るのはまずいよね?」
「かもしれねえな。町としちゃ、隊商が行方不明ってのはあまり外に出したくないはずだ。聞いて回れば、手が回るだろうな」
情報は欲しい。けど、それだと行動が制限される……難しいところだ。
そもそもの問題として、考えたくはないけれど、嫌な可能性は考えておく必要がある。
「僕が言うまでもないだろうけど、通るはずの道に行って、痕跡を探す方が早いかな? その、何か争った跡だとか」
「そうなる……な」
実際問題、野盗や怪物に襲われたというのが一番可能性が高い。
復興のための物資が行き来することを聞きつけた奴ら、あるいは往来の頻度が変わって刺激したか。
どちらの場合も、なかなか厳しいことになる。
救いは、行方不明になったのがごく最近ということだろうか。
話し合いの結果、町にはよらずに通るはずの道をたどることにした。
どこに行くかは、出発前に聞いていたらしく、迷うことは無い。
クリスタリアを出て数日。
もう一方に行けば、ベリルの両親たちがいた町。
もう片方は、国境沿いの町というところに出て来た。
「雪は、ほとんどないね」
「しばらくは降らなかったんだろうな……」
「ドラゴンが国境沿いの町を襲ってから、雪があんまり降らないんだよね」
弟さんの言葉に、何故だか嫌な予感がした。
ドラゴンは、とても強い生き物だ。
その爪や牙、体による攻撃は言うまでもない。
そして、一番の特徴はブレス……これは、魔法の一種ではないかと言われている。
つまり、ドラゴンはそれだけ魔力を上手く使うのだ。
ドラゴンは周囲を己に都合のいいように作り替えるのだという伝承もある。
「マスター、この天候……もしかして」
「言われてみれば……なんだか、変ね」
このあたりまでくれば、人の目はほぼない。
カレジアたちにも、荷台との隙間に座ってもらっているところだった。
彼女たちも、僕と同じ違和感を抱いたみたい。
ドラゴンが近いと、こんな感じになるのか?
でも、それならもっと多くの人がドラゴンに対して動いてるはずだ。
「? 俺には何も感じないなあ。そっちはどうだ」
「こっちも特に……」
ベリルと、弟さんは特に感じないようだ。
アイシャも、静かに槍へと手を伸ばしてるあたり、妖精は感じ取れるとして……。
僕は、魔力量の問題なんだろうか?
馬が、変な感じ方をして怯えないのが、幸いと言えば幸いかな?
「今のところは、馬車の残骸とかそういうのは無いね」
「良い事なのかどうか、わからねえな。どこをどうやって探した物か……」
しばらく道なりに進むけど、やはり手掛かりはない。
このままドラゴンに襲われたという町についてしまうかもしれない。
となれば……この手を使うか。
「3人とも、ちょっと上から見てもらっていい?」
「そういうことね! 任せて!」
「上は寒いですからね、しっかり厚着しないと」
「お任せくださいな」
僕の指示を待っていたに違いない勢いで、3人が馬車から飛び出した。
飛ぶところを初めて見せた弟さんの驚く声を背景に、3人が飛び上がっていく。
その姿があっという間に小さくなっていくのを見ながら、僕もいざという時の準備をする。
無駄に終わればいいけど……そう思ったのだけど、予想外に速く、その準備が意味を持つときが来た。
雹がふってくるかのように、カレジアたちが一気に急降下して来たのだ。
「あっち! 森の奥、山のふもとぐらいに変な場所があるわ!」
「建物というより、木が重なったような……」
「砦とまではいかなそうですわね」
3人の報告をまとめていけば、見えてくる。
野盗か何かが、森の奥に隠れ場所を作っているんだ。
あるいは、あぶれた人たちが隠れて住んでるのかもしれない。
いずれにしても、無関係じゃあなさそうだ。
「どうする? 馬車でのこのこいくのは危ないと思うけど」
「かといって、弟と馬車だけはなあ……」
しばらく考えた末、森の入り口付近に馬車を隠し、馬には我慢してもらうことにした。
毛布をかぶせ、水、餌等はそばに置いておく。
万一、怪物が襲ってきたら逃げられるように、拘束具は緩めておく。
「大人しくしてるんだよ」
「お前もついてこなくても……」
ベリルの弟さんは、1人でいる方が怖いということでついてくることになった。
気持ちはわかるので、うまく支援していくしかない。
そうして、僕たちは森の中を迂回する形で進み始めることになった。