BFT-005「同じ日は来ない」
足踏みと、準備をしていることとは違うと思う。
そう思えるうちは、死ににくい……らしい。
「って、俺がいっても説得力がないか?」
「いいえ、そんなことは!」
いざ天塔へ、というところで僕に話しかけてきたのは、先輩探索者の一人であるレフレさんだ。
いくつかの武器を使い分けて戦うことで知られる、現状ソロの探索者。
僕よりももっと上の方の階層で稼ぐ、実力者だ。
妖精を失い、再契約のためのお金や資材を集めきった1人でもある。
今のところ、新しい契約はしていないみたい。
「小さいが、良い目をしている妖精だ。大事にしろよ」
「はいっ!」
そう、レフレさんはかつて、とある妖精と共に天塔を登っていた。
それこそ、1つの天塔の頂点にたどり着くような勢いで……そして、妖精は失われた。
怪物たちによってなのか、他の何かでなのかは教えてもらってない。
でも、まだ天塔に挑む姿を見ていると、勇気づけられる。
「マスター」
「主様」
「うん、頑張ろう」
天塔に入り、浮遊を解禁した2人をそれぞれ見て、僕も気合を入れ直す。
ちなみにレフレさんとは、入る場所が違う。
なんでも、一定階層に到達すると、次からはその階層から登れるようになるんだとか。
(いつぐらいになるかなあ……って、弱気もいけないよね)
ひとまず3層までは、戦いも採取も最小限にして目指すは4層だ。
新調した衣装を身にまとい、2人は今日も元気そうだ。
「宿じゃなく、家を借りられるようになるまで、頑張ろうね」
「微力ながら、頑張ります!」
「無理せず、恐れず、確実にね!」
空に浮かぶ2人を従えた形で、僕は天塔の中を駆ける。
こうしてると、外の洞窟と何が違うのかと思うような光景だ。
出てくるゴブリンをしっかりと倒し、上への階段を探す時間。
換金しやすい魔晶部分だけを切り取っては回収する。
この重みが、僕たちが命を賭けた証だ。
「主様、前にゴブリン3。角に魔力を感じるわ!」
「ラヴィは火球を角の奥に! いくよ、カレジア」
「はいっ!!」
小さな体の妖精2人。これだけだとすごいハンデのように思うけど、意外とやり方に寄るなと思えるようになってきた。
2人が空を飛べるというのが大きい。
普通なら、前衛が邪魔になるような立ち位置でも、少し浮いてもらえれば解決だ。
そこで、僕はラヴィには先手と牽制を主にしてもらい、僕たちは目の前の相手に集中することにした。
今のところ、この行動パターンはよく効いている。
それに、空に浮いていることでラヴィは飛び道具以外の攻撃を受けにくくなっていた。
どういうことかと言えば、安全が増しているということだ。
魔法使いは詠唱中無防備というのは僕も知っている。
それが、全部じゃないけど無視できるのだからこれは強みだ。
「そこですっ!」
それに、近接前衛であるカレジアも、同じような感じ。
僕の腰あたりとか、いろんな場所から奇襲をかけるのだ。
相手にしてみれば、無視できないけどどう来るかわからない。
僕の手にする剣と同じデザインの、飾り気の少ないシンプルな剣がゴブリンの目玉に突き刺さる。
そうなれば叫んだ隙に僕がトドメ、となっていく。
今日も、無事に3層を抜けて4層へと上がる。
今のところは、この4層でグレイウルフたちを相手に特訓かつ、稼ぎ中だ。
「前は、破れが多いって言われたからね……どうしたらいいかな」
「頭の部分は牙以外用がないって言ってたわよね……お腹より、首とかを狙う?」
「噛みつかれやすいから危ないんですよねえ」
最初は、その速さに戸惑ったけれど、今はだいぶ慣れて来た。
だから、こんなことを考える余裕も出来たりした。
勿論、気を抜くことはしない。
油断は、すぐに死神を呼ぶ鈴になるからね。
出来るだけ壁を背中にして、死角は減らす。
今のところ、壁を破ってくる相手はいないけれど、もしかしたらこの先……。
「? 何か聞こえなかった?」
「はい、どこからか叫び声?」
「あっちね。いくつかの魔力が移動して来てるような……ちょっとこれ、逃げて来てるんじゃないの?」
ラヴィの言う可能性、それは探索者が逃げているという可能性だ。
天塔は不思議な建造物で、入り口は限られるけど中は毎回違う場所に出る。
出口から出ると、なぜか同じ場所に出てくるのだけど、中で探索者が出会うことはそう多くない。
多くないというだけで、無いわけじゃなあいのだ。
こうして、逃げているときに出会う時だってある。
(どうする!? 下手に逃げて増援とぶつかってもまずいかな?)
一瞬そう考え、むしろ迎え撃つことにした。
念のためにポーションを飲み、武器を構えなおす。
ラヴィにも少し上に上がってもらい、魔法の発動準備。
「……来たっ!」
頭上からのラヴィの声が合図だったかのように、曲がり角から人影。
それはかつての僕で、これからそうなるかもしれない僕だと思った。
必死に逃げてくる僕より年上っぽい相手に手を振り、別の道を指さす。
自分のことは自分で守る、それが探索者の基本。
助け合いが出来るのは、強者の証。
僕だって、別に助けるわけじゃなく、自分が生き残るためだ。
そう、誰かのためじゃない。
「燃え上がりなさい!」
沈みそうになる気持ちを、ラヴィの魔法が砕いてくれた。
探索者を追いかけて来たグレイウルフの集団に、火球が突き刺さる。
グレイウルフの怖さは、早さと集団の連携だ。
逆に、それをどちらか潰してしまえば僕たちでもなんとかなる!
「横穴に誘い込むよ!」
広い場所では連携させてしまう。
そう考え、すぐそばの横道に飛び込んだ。
火球を叩き込まれたことで、僕たちの方を敵だと認識した狼たちが襲い掛かってくる。
これまでと同じ、そして話し合った通りに迎撃だ。
ほどなくして、動くグレイウルフはいなくなった。
「マスター、あの人いっちゃいましたね」
「魔晶を少しよこせって言われるよりいいんじゃないかしら?」
戻ってこない逃げた探索者。
無事に戻れたのか、それとも……。
深く考えないようにして、戦利品を回収するとまた狩りに戻るのだった。