BFT-057「現身の闇」
「……人間?」
最初、その相手を見たときには同業者だと思った。
天塔を探索し、強さと財宝を求める同じような欲望を抱く人たち。
疲弊しているのか、ゆっくりとしたその動きに目を向けた僕がそう思ったのも無理はないと思う。
身に付けた武具も、戦いの跡であろう痛みが見て取れる。
そうして僕が目にしたのは、人とは思えない顔色と目だった。
背中に氷をつっこまれたような恐怖と共に、咄嗟に長剣を構える。
ぶつかり合う武器、その音と押される力にようやく心が追いついてきた。
「敵だっ!」
「離れなさいよ!って、他にも!?」
「このぉっ!」
僕たちよりだいぶ年上のおじさんに見える相手は、普通じゃない。
一瞬、下にいたゾンビの類か?と思ったけれどどうも違う。
横合いから飛ぶラヴィの魔法と、カレジアの投げナイフ。
彼女たちの叫び通り、おじさんの後ろにまだ何人もいた。
ひとまず、普通の人間でもなく、怪物でもなく、よくわからない相手だけど、敵だ。
力一杯押し返して、魔力撃を遠慮せずに叩き込む。
「後ろから挟み撃ちってことはなさそうだ。どうだ?」
「斬れたよ。消えてった。天塔の……生み出した相手?」
つぶやきながらも、相手の遺していったものを見る。
魔晶と、どこかで見たような気のする四角い板切れ。
そして、ハンカチ1枚。
正直、訳が分からなかったけれど……これが22層だということを痛感する。
そりゃ、持って帰って来たものですぐにわかるわけだよ。
「探索者の身分証……ですか。ご主人様たちの物と比べると、少し古い気がいたしますわ」
「もしかして、天塔で力尽きた人たちがこうなってるんでしょうか……」
アイシャとカレジアの言葉に、固まった。
もしそうだとしたら、毎日探索者が増えて、減っていく現状だとひたすら増えることになる。
今すぐ戻って、正確な情報を確認したいところだけど……。
「帰りたいけど、そうもいかないか……」
「出来れば、ポータルから帰りたいところだな」
力はついてきたといっても、毎日3層分登るのは事故が怖い。
そう考えると、この階層に来れるようにポータルから帰ることが出来れば一番だ。
通路に揺らめく、人影を倒していく必要があるけれども。
「先輩探索者の、胸を目いっぱい借りるつもりで行こう!」
怖さはあるけれど、そのままの強さじゃないだろうなという直感もあった。
だからこそ、元気づけるように叫んで前に飛び出した。
新手は、男2人に女1人、即席のパーティーか!
「後ろには行かせないっ!」
まずは、前にいる手斧を構える男を相手に牽制の一撃。
武器を跳ね上げたところに、すべり込む小さな影、カレジア。
「私だって!」
急所が、その通りとは限らない相手。
でも、手足の造りはたぶん一緒。
それを見越した一撃は、相手の武器を持った腕の肘付近を貫き、だらりと腕が垂れ下がる。
「後衛は貰ったぜ!」
僕たちが前衛を抑えてる間に、ベリルたちが駆け抜け、後ろにいた杖を持つ女に向かっていた。
何か聞こえるから、魔法自体は使えるみたい。
ただ、今回はその前にベリルとアイシャの槍が叩き込まれたわけだけども……。
「燃え……あがれ!」
叫びと共に、残り1人の男が炎の柱と化した。
ラヴィの、新しい魔法だろう一撃だ。
足元から炎が吹きあがり、縛り上げるようにまとわりついて男を燃やしていく。
「匂いもない……なんだろうなあ」
結局、後にはやはり身分証と、よくわからない雑貨。
もやもやした気持ちを抱きつつも、先へと進む。
何回か同じような戦いを終え、ようやくポータルを見つけた時には、武具もいくつか拾っていた。
良さそうな物もあれば、1層や2層で使われるような駆け出し向けの物もあった。
持っていた相手も、まさに駆け出しと言えるような……少年少女だったりもしたのだ。
「表情が無いのが、怖いよね」
「まったくだな。アイシャ、後続はないか?」
「今のところは……」
途中から、カレジアもラヴィも言葉少なになっている。
確かに、僕も疲れた。どちらかというと心がね。
「戻ろう」
誰も反対することはなく、22層から無事に地上へと戻った僕たちはその足でギルドに向かった。
まだ日が落ちていないギルドは、探索者も複数いる。
そんな彼らは、僕たちを見て、何かに納得したように頷いている。
たぶん、同じぐらいの探索者か、もう少し上の人なんだと思う。
妙に疲労している理由に、思い当たったんだろうね。
「今日も生き残ったみたいですね。ああ、どうでした?」
「最悪……って言っていいのかな? アレ、なんなんですか?」
カウンターに魔晶と、身分証の束を置けば苦笑いが返ってきた。
思わず問いかけると、首を振られた。
教えられないってことかな?
「詳細は不明です。ただ、1つ言えるのは生きている探索者も対象だってことです」
「ってことは、自分の現身みたいなのとも戦う可能性があるってことか?」
受付のお姉さんが頷くことで、ベリルの懸念が肯定されてしまった。
そうなると、気になることが出てくる。
僕たちの足元で、話をずっと聞いたままの、妖精3人の事だ。
「今日だけかもしれないですけど、妖精の姿は見ませんでした。今のところ、人間だけが対象、でいいですか?」
これも、頷きによる肯定。
なんということだろうか?
天塔の意地の悪さは、こんなところにまで出てくるのだ。
「出来れば物は持ち帰ってください。価値はないことが多いんですけど、遺品扱いになる場合が多いんですよ」
「なるほど……それで」
天塔に入った探索者の、思い入れのある一品が残ることが多いらしい。
これは、生きている探索者がいたことからわかったことでもあるようだった。
すっきりしない出来事に、早めに22層は抜けたいなと思いながら、家に帰る僕たちだった。