BFT-056「嘆きの底から」
21層、ワーウルフの出る20層の1つ上。
ここを超えれば、新たにポータルと接触できる予定の階層。
19層から20層を最小限の消耗で駆け抜けた僕たちは、いよいよこの階層に足を踏み入れようとしていた。
階段を上る僕の目には、21層が見えている。
今のところ、すぐに怪物がいるということはなさそうだ。
「ギルドの姉ちゃんは、食事はとってない方がって言ってたよな」
「うん。そういうこと、なんだろうね」
ちらりと、後ろのカレジアたちを見ると微妙に顔色が悪い。
たぶん、妖精の世界に戻った時に先輩妖精たちに何か話を聞いたに違いない。
不安を抱きながら、一歩目を21層に踏み出して……すぐにそれを感じた。
どんよりした、湿った匂い。
吐き気がってほどじゃないけど、嗅いでいたくはない臭いだった。
「ラヴィ、いける?」
「う、うん。大丈夫よ、主様」
予想通りなら、僕とラヴィの火魔法が主に役立つはずだ。
そう、まるでお墓のような石塊が並ぶ部屋が目の前に広がっている現状では。
石塊1つ1つは、僕は無理でもカレジアたちなら隠れられそうな大きさ。
逆に言えば、そのぐらいの大きさでないと隠れきれない。
「マスター」
「いたね。様子見の……火球!」
相手の体力というか、丈夫さがわからない。
21層ということを考えると、脆いということは無いと思う。
だから、様子見とは言いながらも十分魔力を込めて火球を放つ。
うめき声をあげながら立ち上がった相手に、直撃する。
燃える音なのか、悲鳴なのかはわからない。
確かなのは、人型の何かが燃えて崩れることだった。
「不死者……蘇りし者……」
「古い言葉で、ゾンビというらしいですわ」
微妙に肉の焼けたようなにおいだけが残り、それもどこかに消えていった。
残るのは、何かの燃えカスと、魔晶。
これほど、回収したくない魔晶は初めてだ。
「どんどん行きましょ! 早く次の階層に……ヒッ!」
「大まかには僕とラヴィで片付ける! ベリル!」
「取りこぼしは任せとけ!」
さっきまで何もいなかったはずの石塊のそばに、人影。
あるいは、何かが埋まっていたかのように盛り上がる地面。
驚いている間に、次々と敵が湧き出て来た。
「火球! 火槍!」
「人型以外もいる!? あたれぇ!」
近づくなとばかりに、ラヴィが火魔法を連打する。
僕もそれに続こうとして、部屋の奥に現れた別のゾンビを見つけた。
犬、狼型といった方がいいかな? そんな奴だ。
足が速そうな彼らには、単発では回避されると見越して威力を下げつつ広範囲に魔法を放った。
普通の火槍が、太い槍を1本突き刺す物だとしたら、矢じりぐらいの物をたくさんって感じ。
その結果は上手くいって、狼ゾンビたちを燃やすことに成功する。
「小さいのがいないのが、いいことなのか悪い事なのか……」
「どっちにせよ、直接叩きたくはないぞ。見て見ろ」
そういって見せられたのは、槍で直接ゾンビを貫いた結果だ。
よくわからないどろりとしたものが、こびりついている。
不思議と、僕やラヴィの生み出す魔法の火であぶれば、消えていく。
「変な病気も持ってそうだなあ。毒消し、あったよね」
「あるにはあるけど、なんでもってわけにはいかないのよね?」
確かに、町でも売られている解毒用のポーションは万能薬という訳じゃない。
これは、一般的に知られている毒しか対応していない。
見た目からして、あまり体に良くなさそうなゾンビたち。
「魔力撃を飛ばすか、魔法に頼る形になるな。すまん」
「気にしないでよ。こういう時もあるさ」
お互いにお互いを補う、出来ることをする。
これが1人じゃない利点であり、全てだと思うのだ。
ベリルとアイシャには、その分索敵を重点的にお願いした。
何分、匂いもそうだし、気配も曖昧なのだ。
一度は、ほぼ足元が膨らんできた、なんてこともあった。
「通路でなら……貫きなさい!」
叫びと共に、特大の火槍がラヴィの手から産まれ、飛んでいく。
それは先頭のゾンビを貫いたかと思うと、そのまま後方へとゾンビを引きずっていった。
そうして数体を巻き込みながら、通路を照らすように飛んでいったのだ。
「手段があれば、魔晶をひたすら集めるのにはいい場所なのかもな」
「かもしれませんけれど、休める場所が階段ぐらいしかないのは、大変ですわよ」
「壁からも出てくるからねえ……びっくりする」
もう、何体燃やしたかは覚えていない。
天塔の構造自体は、非常に単純だった。
石塊の並ぶ墓地みたいな部屋を、通路が結んでいる。
ゾンビは、主にその部屋の中に出るけど通路にも出る。
上から落ちてくるってのは、今のところないけれど……。
「武器だけだと、苦労するだろうけど……ちょっと拍子抜けなところがあるかな?」
「確かにな。もっとてこずるかと思ったが、なんとかなってる」
僕の魔力が、普通だったらもっと大変だったかもしれない。
回復速度も速くなってるし、消費も前より抑えられてる気がする。
正確には、鍵のかかっているはずの胸の中から、力を感じ続けるからなんだけど……。
「マスター、灯りが……階段?」
いつの間にか、結構な距離を進んでいたようだった。
視線の先に、階段らしきものと、動いてない何か達。
その正体はすぐにわかった。
「下がって、ラヴィ。一気に斬る!」
幸いなことに、狼型を除けばゾンビの足は遅い。
だから、鞘に魔力を注ぎ込む時間は、ある!
「白光の、煌めき!」
多めに力を込めての、属性攻撃。
そういえば、水はわかるけど白って何の属性なんだろうか?
振り抜きながら、そんなことを考えて……答えはすぐに出た。
光の斬撃が勢いよく飛んでいき、ゾンビたちを文字通り両断する。
そして、腐った肉塊となって崩れ落ちる前に、霧のように消えていったのだ。
「浄化……か?」
「そういうことなのかな?」
単純に魔力攻撃の強いもの、そう思っていた属性攻撃の白は、想定外の強さを持っているようだった。
ふと、骸骨王や骨たちも、この攻撃を必死に避けようとしていたことを思い出す。
僕の力も、前よりも強化されてるのかもしれない。
「ポータルが狙えそうなら、狙って戻る。それでいいかな?」
4人が頷くのを確認してから、階段へと向かった。
そこで戦った探索者は、そうとわかる物を持ち帰る。
そう言われた22層。
まるでゾンビに足を掴まれているかのように、僕たちの足取りは重くなるのだった。