BFT-054「お互い様の、助け合い」
小さく、確かな音が響いた。
そっと手を添えれば、鍵がかかっていたそれは、開こうとしていた。
「また秘密が増えたな、ブライト」
「万が一のときは、ベリルを最初に疑うからね!」
呆れを含んだ、からかうようなベリルに、僕も笑いながら答える。
目標は違うけれど、僕らはそれまで離れられないし、そのつもりもない。
そんなことを、確認できた瞬間だった。
「急に、下層で慣らしたいっていうから何かと思えば……」
「刺す時、にゅるって大きさ変わりましたよね?」
「控えめに申し上げましても、秘匿すべきことかと」
妖精3人の視線が向く先は、宝箱に差し入れた僕の、鍵。
鍵穴の大きさと、入る前の鍵の大きさが合わなかったのは間違いない。
穴に添えるようにして、力を意識したら……変化したのだ。
(出てきたら幸運だというつもりだったけど、天塔が空気を読んだ? いやいや、ないか)
中身が何故か、外で流通している銀貨の詰まった袋だった。
こんなものが入っているとなると、さっきの妄想も妄想じゃないような気さえするのだ。
「父さんたちがこれをどこで手に入れたのか、元々人の体に入るようなものなのか、はわからないけど。どうしてもってときまではやめておくよ。急に壊れたりしたら笑えないもんね」
「そりゃ、上で使う前に駄目になった、だとな。よっしゃ、行くか」
張り切るベリル、そしてみんなと一緒に一度天塔から出てまた19層へ。
倒すのは最小限にとどめて、体力も節約する。
そうしてワーウルフの出る20層へ……おや?
「先客か。合間を見て邪魔にならないようにいかないとな」
「僕たちも階段そばはすごいお世話になってるもんね」
何度も、同業者が近づいてきては通って行っている。
お互いに邪魔にならないようにって動けるのはすごいことだ。
中には、自分が稼ぐのに邪魔だからって判断する人もいそうなのに……。
「そりゃ、生き残ってるなら相応に実力があるからな。口封じが出来るとも限らねえ。それこそ、死にそうになってない限り……って、やべえぞ!」
「え? 行くよ!」
20層に上がってすぐ目撃したのは、階段を背に、じゃなく階段を前に見た状態で囲まれている探索者。
なんとか生き残っているようだけど、どう考えても分が悪い。
巻き込むかもしれないから、範囲攻撃は使えない。
姿勢を少し低くして、一気に駆け出す。
こちらに無防備に見せているワーウルフの背中を、切り裂いた。
そのままの勢いで、次の相手に。
そうしてしまえば、ワーウルフもこちらに気が付き、あわただしくなる。
「階段へっ!」
「助かるっ!」
叫ぶ探索者が向かう先は、階段ではなくすぐそばに倒れていた妖精。
彼らが階段へと抜けたところで、僕たちも立ち位置を変える。
「カレジア、ラヴィ!」
「一気に行きます!」
「燃え……尽きろ!」
ワーウルフをけん制してくれていた2人に叫ぶと、視界の色が変わる。
燃え盛る炎と、その間を飛ぶ白いナイフたち。
倒しきれない相手もいるだろうけど、全体を引かせることに成功した。
「カレジアとアイシャは僕たちの荷物から2人を診て」
「了解いたしましたわ。さあ、こちらへ寝かせてくださいな」
ちらりと見たけど、まだ妖精の方は間に合いそうだ。
となれば、早いところワーウルフを倒してしまわないと。
「今回ばかりは、素材のことは頭からぽいだ!」
これで帰ることも考えつつ、全力でワーウルフたちを倒しにかかった。
数は20近くに増えたけど、階段を背中にしていればよっぽど大丈夫。
少数対少数を何度も繰り返すだけだ。
「これでっ!」
最後の1匹を、肩口から一気に切り裂く。
叫び声をあげて、崩れ落ちるワーウルフ。
増援を警戒しつつ、振り返れば寝ころんだままの妖精を抱きかかえている探索者。
彼の腕の中の妖精は、目覚めている。
「そっちはどうかな」
「助かった。これなら消滅もないと思う。戻ろうと思ったら、ちょうど階段のところに固まってて……」
なるほど、そりゃあ運がない。
確かに、怪物のいる場所は毎回違うからなあ。
それに、時折だけど構造も変わってくるしね。
妖精の方も、こちらに気が付いてそのままの状態で頭を下げてくる。
ベリルの方を見れば、頷き返された。
(まったく、僕もベリルも甘いな。いや、巡り巡って返ってくるかもって思えばいいか)
不思議そうにこちらを見る探索者に、僕は1つの提案をした。
随分と驚かれたけれど、自分達が気持ちよく過ごすためだと言えば、深々と頭を下げられた。
何かといえば、簡単なこと。このまま準備をして19層に下がり、2人には先に帰ってもらろうって話だ。
その間、僕たちが護衛をするってわけ。
「良い主たちですね」
「そうでしょー?」
「貴女も生き残って何よりです」
散らばった荷物を集め、妖精を探索者に背負ってもらい、僕たちが挟み込む。
19層自体は、もう慣れた物だ。
大した問題もなく、ポータルが見えてくる。
念のために罠や増援がないことを確認して、2人を外へと送り出した。
「全部がこうできるわけじゃないけどさ」
「ま、やれること、やりたいことをやりゃいいんじゃないか?」
救出代金を貰うのも忘れてたし、今から追いかけるつもりはもっとない。
その日はなんとなく、いい気分のままワーウルフの相手をしばらくしてあがりとした。
宝箱は出なかったのが残念だけど、損はしなかったから問題ないかな?
全員無事に生き残って、またギルドに顔を出す。
これが出来るなら、問題ないよね。
「聞きましたよー。助けられた!って何度も言ってましたよ、あの人」
ギルドの受付で、そんなことを言われたのも嬉しい話だった。