BFT-052「ちょうど半分」
20層、ワーウルフの出現する階層。
その素早さは、時に人を大きく超える。
主に爪と牙による攻撃だけど、僕たちが遭遇したように武器の場合も。
「前の方に4匹、います」
「了解、僕がやるよ」
報告に返事をしながら、鞘に剣を収めて魔力を込める。
気のせいか、鞘の表面にある装飾が光った気がした。
視線の先には、まだ通路が続いていて、何もいない。
気配は、正直あちこちからするから区別がつかない状況だ。
そんな状況で、僕たちはワーウルフの先手を取ろうとしていた。
「白光の煌めき!」
文字通りの、先手必勝。
動く相手が見えて、人間じゃないことを確認してすぐに力を放った。
相手が戸惑うのも見えるけど、遅い。
太陽の光をぐぐっと集めたような光の刃が、遠くのワーウルフたちを切り裂くのがわかった。
確かにワーウルフは強敵だけど、武器を、攻撃をはじくというほどじゃあない。
ある意味、攻撃力は高いけど防御の方はそうでもない相手なのだ。
「本当にいたな。その大きく見える奴、高いからどうすんだよと思ったんだが」
「王都とかじゃ、これで目が悪い人が過ごすための道具を作るらしいよ。眼鏡って言ったかな」
ベリルと2人で覗き込むのは、カレジアが持ってくれている天塔の模型、その一部分。
先日手に入れた模型は別の階層だったけど、お店に顔を出したらちょうど20層の模型が売っていた。
正確には、どうも到達した階層までしか取れないようでお店の人は取れない状態だったんだけどね。
僕が試して、あっさり20層部分が分離した時は、店員も驚いていた。
で、それだけだと地図にしかならないので何か方法はないかとプロミ婆ちゃんの店にも寄ったのだ。
そこで出会ったのが、王都のほうから流れて来たっていう水晶を削った板。
ちょっとふくらみがあって、物が大きく見えるとのこと。
偶然の出会いに、僕は値段も聞かずに買うって言っちゃったわけ。
(ちょっと稼がないとなあ……)
運が良いのか悪いのか、少し悩むところだ。
上手く、該当する階層の模型が手に入れば楽だけど、世の中そうもいかない。
今回はたまたま、だけどね。
「階段はもう少し先にあるみたいです。ラヴィ、何かいる?」
「なーんにも。でも、たまに戦いの音が聞こえるから他に誰かいるわね」
「恐らく魔法の炸裂音も。ちょっと距離はありますわね」
基本的には、天塔の中では探索者同士は関与しない。
それは、無視するということと同じではないけれど、似たようなものだ。
助けたつもりが、横取りされたと思われるときもある。
「俺たちみたいなのは、あまりないからなあ」
「やっぱり、そうなんだ」
ギルドでの会話でも感じたけれど、このぐらいの階層になると探索者は2つに分かれる。
僕たちの状況のように、上に行こうとする側と稼げる階層で稼いでいる側。
下層ほど、もう少し稼げる階層へと無理する人の割合は増えるらしい。
その分、上層ほど話の分かる人が増えるらしいけどね。
「マスター、音がする方とは違う方に、なんだか変な光があります」
「どれどれ……緑、か」
「警戒しながら覗いてみようぜ」
確かに、僕たちはまだこの模型のすべてを知ってるわけじゃない。
なぜか敵対する怪物が赤、認識している味方が青ってだけだ。
となると、緑は……。
「宝箱、ですわね」
「怪物もいないし、探索者もいないわ」
通路の壁際に、ぽつんと金属っぽい宝箱。
落とした怪物を、誰かが倒したのは間違いない。
でも、その本人はそばにいない。
開けずに行ったか、開けていられなかったか。
「開けずに離れた場合、権利というか、とられても文句は言わないのが暗黙の了解ってやつだな」
「変な毒霧とか出てきてもいいように、階段の場所を確認しておこう」
不思議なことに、怪物も階段を行き来出来ないけど、魔法もなのだ。
例えば、下の階層から魔法を上に放っても、何かに消される。
これは恐らく、外から天塔をどうにもできないのと同じ理屈だと思う。
天塔が、どうしてそんなことになっていて、誰が維持してるかは謎のままで。
「階段は曲がってすぐ……あれですね。ワーウルフもいませんよ」
「じゃあ、ちょっと火球をぶつけるよ」
罠を考えると、直接開くのは正直、怖いし危ない。
だからこうして距離を取って、中身が割れてもいいつもりで火球をぶつけた。
爆音と、炎が宝箱を包む。
まるで、二枚貝を焼いたときのように宝箱が開き……変な音が響き始めた。
狼や、ワーウルフが吠えているときのような……って、なんだこの光!
「やばいな、何か罠だ。宝箱からブライトに何かひっついたぞ」
「マスター! 模型に怪物らしき反応多数!」
「見てくださいな。壁から、ワーウルフが!」
以前、外で出会う怪物と、天塔で出会う怪物の違いは何かを考えたことがある。
外では、親、子、老人ならぬ老怪物も存在する。
でも、天塔ではそれがない、だから産み育てるんじゃなく、怪物が発生するんだと考えた。
その答えが、目の前にあった。
「ほっといて消える保証もないし、いつこの光も消えるかわからない……階段前で迎撃しよう!」
「となれば走れっ! 来るぞっ!」
僕たちの視線の先で、何もいなかった場所からワーウルフが生えてくる。
数を考えたくもない結果になりそうな光景に、全員で階段に駆け出す。
生き残るだけなら、そのまま上に逃げてしまえばいいけどそうもいかない。
「派手にやってりゃ、他の連中も警戒するか、近づかねえはずだ!」
「うん。全力だ!」
階段を背に、必死な戦いが始まる。
素材を採取する暇はなく、ただただ、倒す時間。
魔法で燃やし、魔法で凍らせ、槍で倒し、剣で切り裂く。
階段前が、通路だったのも幸いした。
左右だけを考えていればいいからだ。
僕とカレジア、ベリルとアイシャという馴染みの前衛と、中央にラヴィ。
ひたすらに、倒し続ける。
ワーウルフの数が覚えてる限りで40を超えたころ、ようやく収まった。
「ある意味、毒とかより厄介だったな」
「だね……上に登るほどきつくて、登るのが遅くなるってよくわかるよ」
一応顔だけは出しておこうと、21層への階段を上る僕たち。
休息ついでに、途中で座り込んだ。
ふと、気が付く。
「これで次の階層で、この天塔の記録、ちょうど半分ぐらいかな」
「まだまだだな」
汗をぬぐいつつのおしゃべりに、あきらめや悲しみは感じない。
まだ、先に行ける……そう感じたのだった。