BFT-049「安全と効率」
天塔に来るまで、殺気ってなんだろう、そう思っていた。
登り続けることで、否応なしに慣れていく自分を感じる。
「ゴブリン10、大きいの1!」
「打ち漏らしはよろしくっ!」
叫びながら、剣を腰だめに構えてわずかなための後、鞘から抜き放つ。
鈴が鳴るような音を残して、魔力撃の一種だろう不可視の刃が前に飛んでいった。
それはほとんどのゴブリンを巻き込み、その場で両断する。
唯一、ボス格らしいゴブリンだけは生き残ったようだった。
「逃がすかっ! アイシャ!」
「はいっ!」
僕と一緒に戦っている人間であるベリル、そして妖精のアイシャは魔法は苦手。
それも、実は外に打ち出すタイプの魔法が、ということのようだった。
新しく覚えたのは、武器に魔法をまとわせるもの。
世間的には、半ば失敗作のように扱われる魔法らしいけど、彼らにはちょうどいい。
2人の手から投げられた槍は、周囲に風を産み出しながら突き進む。
避けようとしたらしいゴブリンの体を、その風が槍と結ぶのが見える。
あれはただの風じゃなく、魔法の風だからこそ見えるのだ。
そして、そのまま2本がゴブリンを貫いた。
「直撃を確認! マスター、増援はないみたいです」
「後ろも大丈夫よ。あーあ、私たちは何もできなかったわ」
見張ってくれてるから全力が出せる、そう慰めつつもゴブリンたちから必要な物を回収する。
ベリルたちの槍は傷1つなく、ゴブリンを地面に縫い付けていた。
それも、魔晶を残して崩れ去る。
(この崩れ方も、天塔ならではだよなあ)
正直、ありがたい仕組みではある。
そうでないと、探索者が潜り続けている天塔の内部は、あちこちに死骸だらけになってしまう。
しかも、有用な部分はもう剥ぎ取られたどうしようもないものが。
案外、怪物同士で食べてしまうのかもしれないけれど……って、考えるのはよそう。
「2人とも、消費はどう?」
「大したことないな。直接切り裂くんじゃなく、補助だからな」
「はい、問題ありませんわ」
今までまともに魔法として使ってこなかった分、特に問題は無いようだった。
それでもベリルは、アイシャの状態を維持するために魔力は枯渇させるわけにはいかない。
僕は、偶然にもいいスキルを覚えてるけど彼はそうじゃない。
本当は、同じようなスキルをゲットできるといいのだけど……。
「スキルは、本当に偶然らしいからなあ。攻撃系は、それぞれの武器を使い込んでると覚えやすいらしいけども……」
「まあ、そうだよねえ」
「主様ー! 取れたわよ」
話の間に、上からの声。
顔をあげれば、カレジアとラヴィで2人して、大き目の白い結晶を運んでいる。
前にもお金にした、天塔の灯りである謎の結晶体だ。
気のせいか、下で取るよりも大きくて明るいような?
「本当はもう少し大きかったんですけど、天井に埋まっているので叩いてきました」
「ちょっともったいなかったかしら?」
視線を天井に向ければ、確かにここから取ったとわかる穴が1つ。
まだ灯りっぽいものが見えるから、破片が残っているってことかな?
でも、これでも十分だろうと思う。
背負い袋に仕舞い込み、怪我がないかを確認、その後は階段へと向かう。
「20層、か。ここまで来るとはな」
「どきどきするよ。正直」
少し前は、死神がうろついてるのと同じような場所に感じた20層。
そんな場所に、今度は……攻略する探索者として行こうとしている。
武器をしっかりと握り、奇襲に備えながら全員で階段を上る。
今回は、妖精たちに偵察は頼まない。
出る相手がわかっていて、下手に遭遇したら危険だと知っているから。
誰かが作ったとしか思えない階段を登り、ようやく見えてきたのは石畳。
しかも、壁や天井は洞窟なのに、地面だけ石畳なのだ。
状況に戸惑っている間に、視界に大きな影。
「ワーウルフ!」
叫ぶのと、相手の咆哮はほぼ同時だった。
しまったと思う間もなく、びりびりと魔法を受けたかのように謎の圧迫感が襲う。
ワーウルフ固有の技、咆哮によるものだ。
こちらが足を止めたのを見てからとばかりに、ワーウルフの一体が襲い掛かってくる。
前に構えた剣と、相手の長い爪とが嫌な音を立てていく。
「ブライト! ちっ、もう一匹か!」
思わず数歩下がる僕の視界には、奥からさらに出て来たもう1匹のワーウルフが突撃してくるのがわかった。
ベリルたちがすべり込んでくれたおかげで助かった。
結果として、ベリルとアイシャで1匹、僕たちで1匹という構図になる。
「ラヴィは両方の援護をお願い! カレジア!」
「はいっ!」
主は僕で、カレジアがその隙を埋めるように僕の影となる。
まるで短剣を握りこんでいるかのような、ワーウルフの爪。
ただ受け止めたのでは、もう片方の攻撃が来る。
「弾いて……そらすっ!」
だから、ただ受けるのではなくもう片方の邪魔になるように弾き飛ばす。
それが出来ないなら、間合いの反対側に抜けるように攻撃をそらすのみだ。
何度目かの攻防の後、我慢できなくなったとばかりに両腕を振り上げから一気に振り下ろしだ。
咄嗟に後退し、なんとか回避できたけどすぐ次が来る。
相手の顔は、僕の方を向いていて、爛々と目が輝き……顔が火球に包まれた。
「ここだっ!」
ラヴィの援護が見事に当たったのだ。
その隙を逃さず、魔力撃を繰り出した。
わずかな手ごたえと共に、ワーウルフの首が飛ぶ。
「ふう……鞘の力を使う暇はなかったなあ」
「そっちも終わったか?」
振り返れば、ベリルたちもワーウルフを貫き終わったところだった。
2人の連携は、武器が同じということもありかなりの物だ。
僕とカレジアも同じ武器だけど、まだまだ2人には敵わない。
「なんとかね。籠手、役立ってるみたいでよかったよ」
「おかげさんでな。何度も防いでくれた。魔力で強化できる防具、買ったら高いだろうなあ」
戦闘中、聞こえて来た音の正体は彼の身に付けた籠手。
先日のボスからの宝箱で手に入れた2つの武具。
鞘は、剣を収めてる間に込めた魔力を維持してくれる器みたいなもの。
籠手は、今証明して見せたように魔力をこめて強度をあげられるものだった。
ワーウルフの素材を回収しつつ、考えるのはこれからこのことだ。
今やって見せたように、このままでも戦えなくはない。
でも、余力があるとは言い難いのも確かだった。
「防具を整えつつ、この辺でちまちま鍛錬するか」
「それしか、ないかな?」
毎度のことと言えば毎度の事。
怪物が、別の階層に移動しないことを利用した安全を確保したうえでの鍛錬だ。
この方法は探索者の中ではそれなりに知られてるらしく、僕たちも同じ状況に遭遇したことがある。
「また金がかかるな。仕方ないんだが」
「ははっ、そうだねえ。探索者が、特定の階層で止まるのもわかるよ。安定って、魅力的だもん」
違いない、そんな疲れた返事を聞きながら、帰りのゴブリンにやられないように気を引き締める。
帰るまでが、探索だ。