BFT-048「冬の蛙、飛ぶ-後編」
「別にこれはお世辞と言う訳でもないが、少年。ブライト君だったな? 君は強くなった。組んでいるベリル君もな」
街道を進む中、突然そんなことを言われた。
僕もベリルも戸惑うばかりだ。
見る限り、本人の言うように冗談やお世辞ってわけじゃないみたい。
嬉しい気持ちと、まだ差があるんだなっていう当たり前のことを認識させられた気がする。
「まだ上はあるから油断すんなってことか?」
「まあ、それもある。あるが……正直、驚異的な速さで育っていると思うぞ。私たちが19層というか20層でもいいか、あの辺にたどり着くのにどれだけかかったか……」
「お聞きした話によれば、本格的に登り始めてから4年はかかってますね」
ベリルを止めようとしたところで、驚きの言葉が飛び込んできた。
フレアさんたちで……4年?
ここで嘘を言う必要はないだろうから、本当の事なんだろう。
命を常に賭けている探索者にとって、1年は色々な意味で短い。
生き残れば、忙しさの中であっという間に過ぎるし、負ければ死んで終わりだからだ。
「俺は2年以上いるが……ブライト、お前何年だ?」
「その……一年たってないよ」
でもまあ……そういうことか。
急すぎる変化は、自分で思っても見ないところで色々なことを呼び込む、ということだ。
実際、今だに魔力撃や属性攻撃も夢じゃないかと思う時がある。
「ふふ。わかったようで何よりだ。今はまだ、そう目立ってないがね。22層には持ち帰るとそうとわかる相手がいる。そうなれば、他の連中も目を見張るだろうさ」
「それは……?」
一応聞いた見たけれど、秘密だって返された。
君たちなら生き残れるだろうとも。
不思議な気持ちになりながらも、本来の仕事に戻る。
街道の杭、道の具合なんかの確認、そんなものだ。
もちろん、僕たちで直すことは出来ないから、駄目になってる箇所があったら記録する。
(毎日に必死で、考えたこともなかったな)
道理で、時々受付さんも驚いていたわけだ。
無理しないでという言葉も、他の人と比べて登るのが早くないか?ってことだったんだ。
「それにしても、やはり空を飛べるというのは良い物だな。そばにいる相棒というのもいいものだが」
「そのように気をお使いにならなくても。私はいつでも契約解除に応じますよ? その分は稼いでいらっしゃいますし」
ずっと無言で周囲を警戒してくれている、頼れるフレアさんの相棒な妖精。
冷たいような感じだけど、多分これが日常なんだろう。
案外、リーダーとして慕われることが多いフレアさんには、このぐらいの方が新鮮な感じなのかな?
「ウィルナは相変わらずだな。そこがいいんだが」
「種族が違うとはいえ、同性に懸想されるのはアナタぐらいな物ですよ」
訂正、どうやらそういうことらしい。
その辺は、個人の自由だと思う。
たぶん、クリスタリアで知られると残念がる人はいるだろうけど。
「ああ、二人の主と一人の主。進化がもう少し進むと、注意すべき点が増えます。私はもう何段階か進化した果てですが、まだあの三人は進化する余地がありますからね。準備はしておいたほうがいいです」
「準備……今日みたいな防寒具とかですか?」
静かに頷かれる。確かに、寒さ暑さを感じるようになったってことは、過ごすにも人間らしくってことだ。
予算を考えないといけないし、これまで出来た戦い方も一部出来なくなる。
「後は、魔法攻撃に強い防具、外套等でしょう。今まで、すぐそばで魔法がさく裂しても無事でしたが、今度からは余波を感じるようになります。火球であれば、熱くてそのままいられないでしょう」
やっぱり、そういうことだったみたいだ。
ギルドか、プロミ婆さんに相談してお店を紹介してもらおう。
婆ちゃんのお店にもあれば話は早いんだけどね。
「天塔で、直接そういうのに出会うのは稀だよな?」
「ああ、だろうな。運が良ければ、だがそれまで穴を放置しておくのは危険だろう。よりよい物が手に入れば交換する、というほうが無難だな」
「これまでの傾向を考えると……ちゃんと倒せるボス部屋を、何度も倒して宝箱を狙う?」
どちらかというとあてずっぽうで言ったけど、フレアさんたちの表情を見るに、正解らしい。
強ければいい物を落とす、これはやっぱり偶然じゃないみたいだ。
問題は、何を相手にするか、だ。
武具という点で考えると……。
「骸骨王、かな?」
「だな。試す価値はありそうだ」
これに関しては正解は教えてくれないらしい。
罠には気をつけろよと言われるだけだった。
そのことに納得しつつ、街道の整備を続ける。
と言っても、交代で魔法を使い雪をどかし、確認ってだけだけど。
その間、ずっとカレジアたちは空を飛んでくれている。
上に行くほど寒いのか、3人で固まっている姿はなんだか、面白い。
着ぶくれした何かの塊がって感じがしてるからね。
風がない時には、騒ぐ声が聞こえるからきっと楽しみながらだろう。
「あれ? 降りて来た?」
「この感じ……エレメンタルが出てきたな」
エレメンタル?と聞き返したところで周囲がふぶいてきた。
咄嗟に、火の魔法をゆっくり発動して、温かい空気の壁を作り出す。
薪を燃やすまでもない、暖房の魔法だ。
「器用な物だな。私は火力ばかり大きくてね」
フレアさんにも苦手な物があったんだなと妙な感心をしたところで、3人が地上に降りて来た。
慌てた様子から、変な物を見つけたんだと思う。
「マスター、少し先の川面に、白い竜巻のような何かが」
「中に何かいるわ!」
「動いてましたねえ、ええ」
三者三様の報告に、僕は戸惑うけれどフレアさんは違った。
背負ったままだった大剣を抜き放ったのだ。
僕たちも慌てて、武器を構える。
「エレメンタルは、スピリットとは違うが不定形の怪物だ。主に熱さや寒さ、風の強さなんかがひどいときに発生する。言うなれば、自然の魔力が固まってできたようなものだな」
「そんなのどうやって倒すんだよ。魔法で押し切るのか?」
「近いな。最低でも魔力撃を叩き込む必要がある。光るコアがあるからわかりやすいぞ。そら来た!」
合図代わりの叫びに、僕も意識を切り替える。
周りは吹雪始めているから、間違いなく相手はそういう存在なんだろう。
フレアさんに続けて走り出し、見つけたのは確かに小さな竜巻たち
それぞれ、中央に何かが光ってる。
「よくわかんないけど、やろう!」
「おうさっ!」
フレアさんに言われたように、魔力撃を発動させながらエレメンタルに切りかかる。
最初は、体になるのかと考えた部分は、外れ。
吹雪や風がそう見えるだけ見たい。
(となると、当たるのはコアだけか!)
なるほど、確かにわかりやすい。
そうしてる間にも、フレアさんは一匹のコアを両断したようだ。
僕たちも負けじと、残りのエレメンタルに挑む。
「基本、魔晶すら落とさない赤字になるだけの敵、それがエレメンタルだ」
「よーっくわかりました。受けたがらないわけですね」
戦い自体は僕たちの勝利に終わる。
でも、毛皮とかがあるはずもなく、相手が消えただけで終わった。
コアも、結局は魔力が尽きると消えちゃうらしく、売り物にも出来ない。
道理で、この時期は依頼が残るわけであった。
それから数日かけて、街道の確認と整備を終えた僕たち。
怪我もなく、クリスタリアに戻ることができた。
「ではまたな」
颯爽と去っていくフレアさんを見送りながら、僕たちは……反省のような気分で気を引き締めていた。
「俺たち、もっと強くなれるんだな」
「だね」
もっと、強く。そうして、飛ぼう。
そう感じ、未来を考えるのだった。