BFT-004「2人との日常」
探索者は天塔を探索することが、仕事。
とはいえ、毎日毎日だと心も疲れちゃう。
ある程度登って、少し休んで、また登る。
それが健全な探索者のサイクルなんだよね。
(命を賭けて登るのが、正常な判断かは別の話……かな?)
今日は自分で起きることができた。
最近は2人に起こされることが多いのだけど、今はまだ2人とも、木箱に作られたベッドで寝ている。
僕の膝、あるいは片腕ほどしかない背丈の妖精である2人は、こうしているとまさに人形のようだ。
着替えながら、妖精と探索者について考える。
妖精は、天塔内部で手に入る武具から呼び出せる……恐らくは、生き物だ。
僕自身はそう考えているけど、世間ではどちらかというと便利な道具扱い。
喋って、自分で判断できるだけの頭の良さはあるけれど、死なない、壊れるだけと思われている。
これは、同じ姿、同じ名前の妖精が複数存在するからだと思う。
滅多にいないのだけど、まったくいないわけじゃないのだ。
仮に両者が出会った場合、同じように見えて別人だと思うらしいけど……複雑そうだ。
これらから、同じような武具が存在するのと同じで、妖精は道具と考えるのが主流らしい。
まあ、カレジアたちもそうだけど、怪我が自然と治る姿は、人間と思いたくない物なのかもしれない。
試してほしくはないけど、手足が失われても十分な魔力が供給されればそのうち治るらしいしね。
でも僕は、2人のことを、道具とは思えない。
こうして眠る姿は、ただの小さな女の子だ。
道具だというのなら、何故息をするのか。
どうして、一緒にご飯を食べられるのか。
なんで、笑顔が綺麗なのか。
「んぅ? おはようございます、マスター」
「おはよう。今日は買い物をするよ」
「買い物!? 行く行く!」
目を覚ました2人との、少し騒がしくも幸せな時間。
僕は、この時間を失いたくはないなと強く感じた。
「防具は宿に置いていくのですか?」
「うん。今日は潜るつもりはないからね。色々と、買っておこうと思って」
今日は探索をせずに、休養に充てる日だ。
おかげで、ソロの時と比べたらちゃんとした蓄えも出来た。
これも、2人がいるおかげで……あんまりお金がかからないからだ。
「まずはポーションなんかの補充からよね?」
「そうだね。調合はお願いしておいたし……」
探索の合間に、天塔周辺や天塔内部で薬草を採取している僕たち。
空を飛べる2人だからこそ、人の手が入っていないような場所の採取も出来たりする。
採取場所を聞かれたりしたけれど、飯の種を教える探索者はいないよねと押し切った。
まだまだ弱くて、最弱から1歩踏み出したぐらいの僕だからこその説得力だったと思う。
「そういえば2人の来てる服って、着替えることは出来るの?」
「……たぶん? 考えたこともなかったです」
「基本的にはずっと一緒ね。魔力で作り出してるようなもんだし……でも、脱ぐことは出来るから、着ることも出来る……はず?」
今日の買い物、その目的の1つに2人の衣服を買うことというのがこっそりあったりする。
出会ってからもうすぐ一か月。だけど2人は契約時と同じ服のままなのだ。
汚れたり、破れてもなぜか直るあたり、ラヴィの言うように体と同じ仕組みかなあとは思っている。
「じゃあ、実験。新しい服、買おうか。仕立ててくれるかわからないけどさ」
なにせ、2人は子供と呼ぶのも小さいぐらいの背丈だ。
普通の服屋、防具屋だと厳しいだろうなと思っている。
探索と清算の合間に、こんなこともあろうかとギルドの受付さんに町中のことを聞いておいたのが役立った。
「魔道具屋……?」
「そそ。妖精はある意味、魔道具が動いて喋ってるようなものっていうから、ちょうどいいんじゃないかなって」
なんだかんだ、カレジアもラヴィも真面目というか、探索して僕のためになるのを優先する感じがある。
だから、ただ新しい服、おしゃれをと言っても遠慮しそうに思えた。
そういうわけで、新しい防具扱いで用意しようと考えただけだ。
「なんだか色々あるのね。主様、あれは何かしら?」
「えっとこれは……」
「それは魔力で光る松明の代わりさ。坊主、そっちが例の妖精かい」
僕が解説するより早く、店の主であるプロミ婆ちゃんが出て来た。
本当はもう少し長い名前らしいけど、一人で相談にいったら、プロミと呼ぶようにと言われたりしたのだ。
「はい、そうです! 予算はこの前言ったように、そんなに多くないんですけど」
「わかっとるよ。予想より小柄だからねえ。普通なら端切れ扱いのでも使えそうだ。さ、採寸するよ」
戸惑う2人を促して、お店の奥へと行ってもらう。
なんだか、人形趣味の人が注文してるみたいで不思議な気分だ。
採寸の間、お店を見て回る。僕が買える物から、全然手が届かない物まで。
こうしてると、まだまだ上があって、立ち止まってられないなあと思うのだった。
「終わったよ。ついでにおまけもしておいた」
「おまけ? あっ、似合ってるよ、2人とも」
「えへへ、そう?」
「マスターが喜んでくれるのなら……」
部屋から戻って来た2人は、腰に大きなリボンをつけていた。
羽根と合わさって、なんだか自然と笑みが浮かぶ。
本番のが出来上がるには数日かかるらしいから、前金を渡して注文。
受け取るまで生き残るんだよなんて言われながら、お店を後にする。
「マスター。マスターは私たちのことを武具に戻さないのですか?」
「え? うーん、ずっと出してると負担らしいけど、今のところ大丈夫だからいいかなって」
「主様はすごい魔力があるようには感じないけど、このあたり不思議よね。そういうスキルでも覚えてるんじゃないかしら?」
2人に言われると、なんだか気になりだした。
実際、強い妖精は契約者の負担も大きいらしい。
町中で出しっぱなしな人はいなくて、宿だと戻してるのがほとんどだとか。
僕はまだ、2人が悲しいことに低ランクだから大丈夫だと感じていたけど、もしかして?
検査にはお金がかかるから、普段ほとんどやらないギルドでの力の検査。
大体の探索者としてのランクの確認と更新や、ラヴィの言うようなスキルの増加の有無を確認したり。
恥ずかしいことに、久しぶりのその検査の結果は……彼女の言う通りだった。
「魔力消費軽減と、回復量増加、かぁ」
あまりにも、都合が良すぎるスキルが2つ。
これが果たして、単なる幸運なのかそうではないのか。
考えてもしょうがないとは思いつつ、悶々とする僕だった。