BFT-047「冬の蛙、飛ぶ-前編」
冬、わかっていてもベッドから抜け出したくなくなる日々。
少し動けば、隙間から入る冷たい空気に身を震わせる。
と、そんなところにほんのりと温かい何かが。
(母……さん?)
僕の頬を撫でる、温かい手。
でも……小さい?
「おはようございます。マスター」
「……カレジア?」
ぼんやりと目を開けば、窓からの陽光をバックに、白く光ったように見えるカレジア。
金髪が透けて、透明なようにも見えてくる。
どうしました?なんて首をかしげる姿は、不思議と……母さんを感じた。
小さい頃、こうして起こされたっけ……。
「はい、貴方と過ごす妖精が1人、カレジアです」
「カレジア、主様起きた?って、おはよう、主様」
部屋の入口から顔を出すラヴィ、彼女はエプロンを付けていた。
前は、買っても余りつけてなかったのに……。
「どうしたの、ラヴィ」
「え? ああ、これ? えっとね、油が跳ねちゃって」
それを聞いて、飛び起きた。
そばにいたカレジアを抱きかかえるようにして、ラヴィの元に行く。
元気そうだから、怪我をしたってとこまではないと思うけど……。
「無事ならいいんだ。そっか、油が熱いって感じるようになったから……かな?」
「そうね。不便だけど、とっても嬉しい! ね、カレジア?」
「はい、そうなんです。これでマスターと同じ世界にいるって実感できます!」
僕を見上げて笑うラヴィ、抱えた腕の中で微笑むカレジア。
2人の笑顔と、こうして感じる人間らしさ。
そのことに、一緒に過ごすこととの嬉しさと、守り守られ、頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
少なくとも、僕が一方的に守りたいっていう気持ちを持つのが失礼だなってのはわかるんだ。
「羽根も綺麗だね……じゃあ、ご飯を食べてベリルたちと一緒にまた出掛けようか」
頷く2人の顔には、前になかったうっすらとした赤みがあった。
冬真っただ中。外に出れば雪、雪、雪だ。
それでも日ごろから探索者たちがどうにかしている天塔周辺はマシな方。
この地方は大雪が降るそうで、町の外に出ればかなりの雪深さだ。
「だからか、街道の整備と護衛なんてあるのは」
「僕たちとしても、問題だよね」
探索者たちが顔を出し、依頼を探していくギルド。
と言ってもギルドは試験以外にはあまり関与しない。
あくまで、仲介、そして失敗をなくすための情報共有の場、ってとこだろうか?
「問題は、やはり儲けがあまりない事ですね。なにせ、天塔に登られるのと比べたら、雲泥の差ですから」
つぶやく受付のお姉さんの表情はやや暗い。
どうしようもない現実、という奴だろうか?
実際、僕も進んでやりたいかというと難しいところだ。
幸い、今のところは懐に余裕がある。
ベリルたちさえよければ、受けるのも問題ないとは思う。
無言でうなずきあうあたり、お互いにわかってるって感じになったけど。
「あの」
「ん、君たちも受けるのか」
さあ受けようというところで、横合いからやってきたのは誰であろう、炎竜の牙のフレアさん。
相変わらずの豪華な装備に、近くにいるとわかる、その魔力。
少しは強くなったかななんて、浮かれてた自分の気持ちがどこかに行ってしまうほどだ。
「はい。ちょっと余裕があったので。でもフレアさんが受けるならお邪魔ですかね?」
「そんなことはないだろう。こういうのは、単純に人手の問題だ。護衛もあると言っても、主眼は整備だろうな。ふむ、仲間も得たようで、いいことだね。それに、強くなった」
一見すると冷ややかさを感じそうな、細目。
戦乙女なんて言葉が似合いそうなフレアさんに言われて、僕の心に火のようなものが灯る。
あの炎竜の牙、そのリーダーに認められた?と。
「ブライト、せっかくだ。ご一緒させてもらおうぜ」
「あ、うん! よろしくお願いします」
天塔で一緒にいた時には、何が何だかというところだった。
外で、戦いが多分ないといっても近くで動きがみられるなんて贅沢なことだ。
一緒に依頼を受けることを承諾し、カレジアたちにそれを報告しようとする。
すると、少し離れたところでフレアさんの妖精と、何やら話し込んでいるのだった。
こうしてみると、同じ妖精とは思えない。
少し大きくなったから、前よりは体格差は縮まってるはずだけど……。
「なんだ、娘が出来たみたいだな」
「ご冗談を。進化したようですから、助言の1つでもと思ったところです。3人とも、まだまだ強くなれますよ。私が保証します」
「ありがとうございます!」
「負けないように俺たちも鍛えないとな」
そんな楽しい会話をしながら、フレアさんの先導の元、外に出る。
そのまま街道を移動したい商人と合流して町の外に。
何事もないと良いんだけど……って。
「何もなければフレアさんと妖精のお二人だったんですか?」
「ん? ああ。この方面は、だな。別の街道の依頼を他は受けているよ。常に天塔にいると、警戒しすぎで疲れてしまうからね。外ぐらいの怪物の量がちょうどいい」
言いながらも、隙があるようには見えない。
これが、上級者の日常、ってことだろうか。
感心しながら、町の外へ。
この前、凍結湖に行った時には、普段人が通らないからと思っていたのだけど……。
「うわ、だいぶ積もってますね」
「すぐそばなら多少は雪かきもするがな。離れればこうもなる」
目の前には、真っ白な光景。
雪の具合や、木々からどのあたりが街道かはわからなくはない。
でも、少し雪が降っているから遠くは見渡すことが出来ない。
「さて、どこまで対処したものか。どのぐらいまで街道だったか、晴れていればはっきりわかるんだが」
「この天気だと……、カレジア、ラビィ、頼める?」
「アイシャも頼む」
少しずつ見える範囲でどうにか、という予定だろうことが分かった僕は、ベリルと一緒に3人に頼んだ。
頷き、飛んでいく3人。雪の中でも、3人はちゃんと見えるわけだ。
離れていく3人を、見守る僕たち。
「なるほどな。ここまでだと示してもらえれば加減もしやすい。どれ、ここは私に任せてもらおう」
寒さを感じるようになって、外用の装備も買い込んだ妖精3人。
遠くでもわかるようにと色も目立つものと、隠れる用の2種類ある。
そんな3人が、ここまで街道があるというのを飛びながら示してくれる。
雪をどうにかするのは、フレアさんがやってくれるらしい。
ベリルと2人で、興奮した気持ちを抱えながら待機する。
「竜の炎……」
恐らく、独自の詠唱というか魔法を使うための集中に必要なんだろう。
聞いたことの無い詠唱が響き、そして魔力が移動した。
瞬間、視界が赤く染まる。
炎が、生き物のように雪原を舐めていく。
結果として……。
「俺たち、いらなかったな」
「言わないでよ。実感しちゃうでしょ」
恐らく遠くも雪が溶け、近いところでは湯気を立てる地面に驚く僕たち。
これが、ベテランの力なのだと、実感してしまったのだった。
商人の人たちも、驚いている。
「馬が足を取られないように気を付けて進むとしよう」
フレアさんの呼びかけに、コクコクと頷くしかない僕たちだった。