BFT-045「進化の階段」
僕はその時、畑を荒らす害獣のような気分だった。
目の前に、食べ物がある。
でも、罠かもしれない……そんな光景。
「久しぶりに見たな……どうする?」
「どうしようか……」
強ゴブリンたちを相手にする19層、怪我もしながらも、経験を積んでいく僕たち。
日によって戦い方を考え、より怪我の少ない方法や、戦いやすい方法を考える日々だ。
そんなとある日、地形の変わった天塔の中で、財宝の間への扉を見つけた。
恐らくはそうだろうという程度だけど、周囲は土壁の洞窟状なのに、明らかに扉となればそれ以外にない。
「嫌な感じはしないわね。でも、何かいると思うわ」
「私もです」
「同意ですわ。撤退っていうのとは違うようですけれども」
ひとまず、明らかにやばそうという雰囲気はないみたいだ。
もっとも、そういうのがわかるかどうかと言われると、微妙なところ。
だって、入ってダメだったら戻ってきてないだけだからね。
色々なことを天秤にかけ、今回は……踏み込むことにした。
「行こう。その代わり、何かいたらとにかく全力だ」
少しだけ、それもどうかと思うけれど扉を開くのはベリルたちに任せた。
その間に、僕はひたすら魔力を集中し始める。
剣と、指輪の石をくっつけるようにし、属性攻撃を行うためだ。
今回は、馴染のある白光の煌めきを使う。
扉の片方をベリルが、もう片方を妖精3人がつかみ、扉が開いていく。
「……いたっ!」
いつか見たように、天井の高い部屋。
岩山をくりぬいたような、不思議な場所だ。
ここからでも、何個も宝箱が設置されてるのが見える。
そして、一番奥に大きな影!
「白光の……煌めき!」
射線上に宝箱があったら、それも斬ってしまう勢いで突入しながら剣を振り抜いた。
太陽を直接見るかのような光の刃が飛んでいき……あれは!
「何か構えてる。反撃に備えて!」
「ちっ、デカブツが!」
僕の攻撃を防いだ怪物は、鎧姿のオークだった。
黒い石を削り出したような、彫刻めいた体。
金属鎧に、兜、そして僕の攻撃を防いだ斧とも槍ともつかない武器。
(いや、何か光が……相手も魔力撃か何かを!?)
ここからでも、嫌な感じのする黒い魔力の光が、刃付近に漂っていた。
後ろで、扉の閉まる音がする。
これで、あいつをどうにかするまで恐らくは、出られない。
咆哮のようなものをあげ、鎧オークが刃をその場で振り下ろす。
嫌な予感に従い、大きく回避すると地面をえぐるように突き進む黒い光。
間違いない、これで相殺したんだ!
「あの技は僕が!」
「了解だ! やってやる!」
今のところ、増援の様子はない。
鎧オーク1匹で十分と天塔が判断しているのか、たまたまなのか。
そんなことを考えてしまい、天塔にそんなことが出来るはずがないとも思いなおす。
「思ったより早いわね、もうっ!」
前衛になりがちなカレジアとアイシャ、その2人の分もと上空で魔法を連打するラヴィ。
しかし、今のところ有効打は少なそうである。
鎧で受け止める時と、回避するときがあるから効いてない訳じゃあなさそうだ。
「また撃ってくる!? やらせないよっ!」
相手の刃が黒く染まるのを見て、僕も剣に力を注いで属性攻撃を放つ。
これから何回使うかわからないから、配分を考えての攻撃だけど今のところは問題ない。
でも、5対1なのに、有利な気がしないのは問題だ。
「物理的な攻撃は厳しい……魔法の使い手が少ないのが痛手ですわね」
「そうはいってもなっ」
実際問題としては、ラヴィだけじゃなく僕も魔法が使える。
それに、カレジアとアイシャも全く使えない訳じゃない。
ベリルだって、妖精と契約し、魔力撃が使えるぐらいには魔力があるのだ。
悩みながらも、何度目かの攻防をこなす。
何発かはラヴィの魔法が当たり、怪我は増えているようだけど動きは鈍らない。
このままだと、うっかり一撃を貰ったらそこから崩れる。
「どうにかして……何か来るっ」
鎧オークの周囲に、何かが揺らいだ。
黒い靄が出て来たかと思うと、それは少し小さめのオークとなった。
増援か、そう思った時……おもむろに鎧オークは自身の武器で他のオークたちを両断する。
「なっ! って……魔力を吸収してる!?」
これ以上わかりやすいものは無い。
そう言わんばかりに斬られたオークから鎧オークへと明らかに魔力が動いていた。
そして、再び相手の刃に黒い魔力がまとわりつく。
満足そうに武器を振るい、それを鎧オークは僕の方へと……来るっ!
「白光の煌めき!」
放ちながら、足りない……そう感じた。
事実、ぶつかり合った黒と白は、黒が優勢だった。
じわりと、押される。
「マスター!」
「主様!」
攻撃を中断し、僕の元に駆けつける2人。
そんな暇があったらといいたいところだけど、それも無理そうだった。
2人の攻撃を、何かの障壁みたいなのが弾くのが見えたからね。
「やらせないっ!」
ラヴィが叫び、僕のそばで両手を突き出した。
その手からは炎、ではなく単純な魔力による盾。
僕の攻撃を覆うようにし、黒を押し返そうという訳だ。
「私も、少しでも!」
カレジアも僕の腕をつかむようにして、力を放った。
それは真っ白な光の中に、混ざり合う別の白だった。
頑張っている2人の姿に、僕も負けていられないと思いなおす。
余力が残るかは忘れて、全力だ。
お腹に刺さったままの、不思議な鍵を心でひねる。
(父さん、母さん、力を貸して!)
瞬間、僕の中から魔力があふれる。
それは僕だけじゃなく、ほぼつながっていると言えるカレジアとラヴィにまで。
前は、辛そうだった2人も今はそんな様子はない。
「私たちは、一緒にいるって決めたんです」
「ええ、そうよ。こんなところでっ!」
叫ぶ2人は、光っていた。
その背中に、体のあちこちに光が集まり、形を作る。
羽根は大きいまま、より綺麗な物に。
手足には、独特の光沢を放つ防具に。
「いっけえええ!!」
手ごたえを感じた僕は、ベリルたちへの合図もかねて叫ぶ。
それに応えるように白が黒を押し返した。
「アイシャ!」
「勿論ですわ」
光に導かれるように、2人が飛び出す。
それぞれが手にするのは、槍。
ベリルはもちろん魔力撃だろう。
そして、アイシャもまた、手にした体ごと光っていた。
カレジアたちと同じような変化を伴う様子に、僕は自然と笑みを浮かべていた。
攻撃をはじかれ、姿勢の崩れた鎧オーク。
自信の表れか、そこを突けという天塔の考えなのか。
防具のない喉元に、2人の槍が突き出され、沈み込んだ。
「……勝った、かな」
光が収まった時、動いているのは僕たちだけになっていた。