BFT-042「生きるために」
「今さらなんだけどさ」
「なんだよ、急に」
つぶやきが、白い靄となって2人の間に漂う。
まるで昔からの友人のように、妙な安心感を感じるベリルへと向きなおった。
彼の顔も、寒さに赤いし、長くいれば手だって震えてくるだろうね。
そういう僕も、寒くてしょうがない。
「いやさ……なんで天塔に関するランクなのに、外での仕事が対象になるのかなって」
「ブライトってその辺微妙に抜けてるよな。俺も聞いただけだけど、このランクって天塔以外でも適用されるんだってよ」
「じゃあ、天塔に挑まなくなったり、そのうち天塔が攻略されたりしても安心なんだ」
それはそれで不思議な話だった。
天塔はダンジョン……でいいのかな?に分類される場所だ。
僕が知る限りでも、世の中にはいろんなダンジョンがある。
大抵は、怪物が住み着いただけの洞窟だったり、昔のあれこれがあって妙な状態になった場所とか。
嘘か本当か、別の世界につながる道だっていう場所もあるとかないとか。
なんにせよ、無くなっていないダンジョンっていうのはいくつもあるんだ。
当然、中の様子なんかもそれぞれ違う訳で……。
「あー、そういうことか。だから、色んな状況に対応できるっていう証拠が必要なんだ」
「そういうこったな。ただ怪物を倒してりゃいいってわけじゃないわけだ」
ダンジョンで出会う怪物は、場所によって違う。
それを倒せることが、他の場所での実力とそのまま同じじゃあ、ない。
だけど、物を入手しろとか、いろんなことを汎用でこなせるのであれば、どこでもやっていける。
「いつもならとっくに冬眠してるはずの熊が、森にいるのを見た……。しかも、その毛並みとかからは、怪物に分類される奴、か」
「討伐部位は頭か腕、らしいな。どこかに追い出すってわけにもいかないか」
残念ながら、戻ってくるかもしれないとなれば倒すしかないだろうね。
それに、別の土地で過ごせるのかというのも問題だ。
何か理由があって、山から下りて来たんだろうし。
「マスター、私たちはどこでもついていけますからね」
「そうそう。海っていうのも見て見たいわ」
「……あら? おしゃべりはここまでのようですわね」
瞬間、周囲と同じように僕たちも意識を切り替えた。
少しふいている風が、宝石のように雪を運び、視界で光る。
呼吸音も聞こえそうなほどの状況で……いたっ!
「お食事中、かな?」
「だな。真っ白な中で、良く目立つぜ」
視線の先にある森。そこには白と樹木の色以外の色があった。
それは、鮮血の赤。
今回の目標が、獲物を食べているのだ。
「冬眠に失敗したらしい熊の討伐、と。Dランク試験になるぐらいだから、相当なんだろうね」
「主様、ここから属性攻撃で吹き飛ばすのは駄目なの?」
その誘惑に引っ張られそうになるけど、首を振る。
討伐証明部位が吹き飛ぶかもしれないというのが1つと、毛皮が高いというのがもう1つだ。
「土地を荒らしちゃうわけにはいかないからね。予定通り、誘おうか」
まだ距離はあるように見えるけど、大体こういう相手って足が早かったりするんだ。
だから、距離はあってないようなものと思わないといけない。
準備をして、ラヴィと2人で小さな火槍を産む。
「当たった! 来る……小さい!?」
思ったよりも、小さい!
もちろん、相手は怪物と分類されている熊だ。
小さくても十分脅威なのだけど、これはマズイ。
「警戒! 親がたぶん近くにいる!」
「俺が子供をやる。ブライトは警戒を頼む!」
なんでこんな時期にという思いがある。
そりゃ、予想外の子供なら、冬眠は難しいよね。
問題は、小さくても強い相手ということじゃなく、親熊がきっといるということだ。
そうでなくたって、獣の親子っていうのは危険なんだ。
親はいつだってどこだって、どんな種族だって子供を守ろうとするのだから。
「マスター!」
「隠れてた!?」
完全に予想外だった。森と草原の境目付近にある土の山が、崩れ去った。
ちょっとした地形に、雪が積もってるだけだと思ったら……違ったのだ。
見上げるほどの巨体が、隠れていたのである。
もしかしたら、冬眠とはこうやるんだよって教えてたのかもしれない。
なんにせよ、すぐ目の前に巨体が出現し、僕を睨むのがわかった。
「みんな下がって!」
そう叫ぶのと、親熊の一撃が迫るのはほぼ同時だった。
回避は間に合わない、そう感じて長剣を前に構えて受け止める姿勢を取る。
何故だか、丸盾だと砕かれる、そう感じた。
そして、それは正しかったと思う。剣は折れなかったけど、見事に僕は宙に浮いているからだ。
「うぁっ!」
吹き飛ばされつつも、怪我がないことに自分で驚いていた。
あんな、巨木も砕けそうな一撃を実質無傷で防いだことにだ。
カレジアとラヴィが、驚きつつも親熊に攻撃を仕掛けたのがわかる。
2人とも、ここで気を引かないとベリルたちの方にいくかもしれないってよくわかってる。
多少なりとも攻撃を食らったはずなのに、親熊は傷ついた様子がない。
その理由は、うっすらと体を覆う白い靄だ。
魔法、しかも怪物たちが使う種族固有のやつだ。
「魔力……斬っ!」
怖いのは腕、そして噛みつき。どちらも防ぐには、まず腕をどうにかしないと。
そう思い、手加減無しの魔力撃を発動、切りかかった僕は驚くことになる。
熊の爪が、正確には爪を覆う魔法が、僕の剣と拮抗したのだ。
怪物が、魔力撃と同等の力を発揮した。
そのことは、まさに驚きだけどわざわざ昇級試験になるのだから、そういうこともあるかなという気持ちもある。
一回で駄目なら、二回三回と繰り返すのみ。
カレジアたちの援護を受けながら、両腕の攻撃を捌いていく。
小柄に感じるだろう僕が倒れないことに、親熊も苛ついたんだと思う。
ついに、少し距離が開いたところで相手が立ち上がった。
普通なら、避けるかして距離を取るところだ。
「主様、危ない!」
ラヴィの声を聞きながら、僕は踏み込む。
にやりと、熊が笑ったような気がした。
相手にとっては必殺の間合いなんだろうね。
それも、当たればだ。
「流れが、見える!」
僕は、相手の魔力の流れを捕えていた。
もしも、ただ腕力で殴りかかってくるだけだったら、どうしようもなかっただろう。
今回の相手が、魔力で強化し、それを力として使ってくる相手だからこそだ。
次にどこに魔力が流れるか、どの辺がバランスの中心か、それを見たのだ。
相手の力が爪先に流れ、それを支えるために伸び切った腕の途中に……剣を突き出す。
あっさりと、パンを切り裂くように剣が沈み込み、親熊の片腕が飛ぶのが見えた。
踏み込んだ勢いのまま、熊の後ろへと転がり、振り返る。
痛みがようやく襲ってきたようで、ひっくり返ったまま親熊は声をあげた。
「さよなら!」
無防備にさらけ出されたお腹、急所の心臓付近に向けて腕を突き出し、魔法を放つ。
使うのは水魔法、細く細く、親熊の毛皮を貫けるような鋭さを!
力を込めた一撃は、周囲の寒さも取り込んだように感じ、そのまま指ほどの太さの氷の矢として突き刺さった。
最後の一吠えが響き、親熊の力が抜ける。
ドスンと、雪原に巨体が横たわり、赤が広がる。
「援護しようと思ったが、いらなかったな」
「なんとかねって、そっちもう1匹いたの!?」
振り返れば、子熊を仕留めたベリルとアイシャが構えを解いたところだった。
その後ろには、最初に見つけた奴と、それ以外の奴。
どちらも十分大きいと言えるから、危なかったのは案外向こうだったかも?
「とりあえず、村まで運ぶか。肉が美味いらしいし、剥ぎ取りも俺たちだけじゃ時間がかかる」
「これでこのあたりも少しは静かになるといいんだけど……」
そんなつぶやきも、そうはいかないと言わんばかりの強風が押し流していく。
風が向かう先は……天塔のあるクリスタリア。
寒さにか、他の何かのせいか。ぞくっと震える体を抱えるようにして、親熊と子熊を運び始めるのだった。