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底辺からの成り上がり英雄譚~その探求者、塔型ダンジョン攻略中!~  作者: ユーリアル


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BFT-032「殻の鍵・後編」


 僕を襲ったのは、痛さよりも冷たさだった。

 お腹に手をやって、あれ?と思った時には膝に力が入らなくなっていた。


「うっ……くっ!」


「ブライト! くそっ、誰かポーションをくれ!」


 叫ぶベリルの声が、なんだかすごく響いて聞こえる。

 剣を取り落とした状態で、右手をお腹に持っていけば、見事に突き刺さる氷の塊。


「ははっ、こりゃマズイね」


「しゃべんな! いや、黙ってるほうがまずいか?」


「主様!」


 顔に影が差したと思ったら、目の前にラヴィの顔。

 くしゃりとゆがんだ、ひどい顔だ。


 ああ、僕がそんな顔をさせているんだ。


「マスター、魔力が邪魔してる状態ですか」


「よくわかったね、カレジア。そうなんだ」


 抜こうにも抜けないのは、何も氷が滑るからじゃない。

 白い闇の物だろう魔力が氷の塊を覆っており、どうも掴んでも動かない。

 対策があるとしたら、あれを超えるような魔力で押しかえすか、体の中からどうにかするか。


 僕たちの荷物からか、町の人がくれた物かわからないポーションが口にねじ込まれる。

 少しずつ飲み込むけど、動く度にお腹が正直、痛くなってきた。


「移動の度にこんなのが下に落ちてくるんじゃ、生き残りが少ないわけだよ」


「そうだな。生き残ってギルドに報告すべきだ」


 ベリルは天塔の中に白い闇が出てくると考え……ああ、僕を起こしておくためか。

 足の方の感覚は怪しいけど、まだ上半身は動くし、お腹も痛いからまだ時間はある。


 意識をそちらに持っていけば、さらに周囲に何かしようとする白い闇の魔力と、僕のがぶつかっているのがわかる。

 呼吸がどうしても浅くなるのを感じながら、魔力を練ろうとして、失敗する。


 地面に血が流れていくように、段々と力も流れているように感じてしまう。

 2人の小さな手が、僕の傷口に添えられる。

 泣き崩れる2人の姿に、僕まで泣きそうになる。


「ベリル。2人を頼めるかい」


「馬鹿を言うな。そんなことに責任はもてるわけがない」


 短い付き合いだけど、ベリルならそう言ってくれる気がした。

 でも困ったな。そうなると、カレジアとラヴィ、2人が変なことをしでかさないといいのだけど。


 例えばそう、自分たちが契約解除してしまえば、その分の魔力は僕に戻ってくるんじゃないか、とかね。

 体を動かすと、小さな音を立てて胸元で鍵が揺れた。

 視線の先では、今も魔力を産み出しているはずの何かがある。

 心臓とは違う、何か。


「そういえば、僕の魔力は……殻があるみたいとか言ってたっけ」


「ブライト?」


 ふわふわとした思考の中、そんなことを考えた僕は、血で汚れた手で鍵を掴み、自分のお腹に挿し込んだ。


 周りの皆が慌てる気配が感じられたけど、逆に僕は急に冷静になった。

 妙にしっくりくる、その感覚に。


 なんだろう、ずっと小さい頃、同じようなことをしたような覚えが……。


 カチリと、何かが音を立て、僕は僕のまま、変わった。

 一気にお腹の痛みも、足先までの感覚も戻って来た。

 思わず叫びそうになるのを我慢する。


「マスター!?」


「うそ、溶けた!?」


 どろりと、嫌な感じがお腹を伝っていく。

 見れば、白い闇の放った氷の塊が、水となって流れ落ちていくところだった。


 ぽっかり開いた穴に、慌ててベリルがポーションをふりかけてくれる。

 その再生の痛みに顔をしかめつつ、体中に溢れる力に困惑していた。


「ブライト様、あちらなら何もありませんわ。先ほどの、属性攻撃を放ってみてはいかがですか?」


「白光の煌めき!」


 本当なら、自殺行為もいいところの属性攻撃の発動。

 ところが、尽きかけていたはずの魔力は尽きることを知らず、それどころか溢れそうだった。


 手のひらから飛び出す、白い力の塊。

 いつもなら疲労感を覚えるそれが、逆にどこか熱っぽさを体から奪ってくれるように思えた。

 頭の火照った感じも収まってくると、ようやく状況を確認する余裕が出て来た。


「驚いたな。急に魔力が膨らんだと思ったら、これだ」


「僕にもよくわからないんだけどね」


 正直、自分でもわからない。

 ただ、開きっぱなしはまずい気がした。


「主様が、輝いて見えるわ。魔力の塊みたい」


「つながってる部分が、はじけそうなぐらいです」


 どうやら、契約している2人には、僕の異常性が直に伝わってるみたいだ。

 いつもみたいに魔力を操作できるのかと考えつつ、手にしたままの鍵を見る。


 無事に危機は脱したわけだし、前の魔力でもいいんじゃないだろうか?

 そう考えた僕は、さっきやったように鍵をお腹に持っていき……怪我でもないのに、少し鍵が沈んだ。


 そのまま手を離すと、お腹に鍵は沈んでいき……鍵穴に収まったままというのが直感できた。


「よっと……どうかな?」


「あ、はい! 大丈夫みたいです」


「不思議ね、感じるけど、感じない。中にあるってわかるけど、金庫に仕舞われた宝物みたいな感じ」


 どうやら、制御に成功したようである。

 それにしても、さっきまで感じていた魔力量はかなりの物だ。

 上位の探索者たちなら、あのぐらい魔力量があるのかもしれない。


 でも、何か違うような気がするのだ。

 僕は、そんな素質があるような特別な存在だというのか?


「ひとまず休まないか? 血は結構流れたはずだ」


「うん、そうするよ」


 気が付けば、町の片付けが始まっていた。

 その騒ぎを横目に、僕たちは宿に向かう。


 幸いにも、宿のあるあたりは被害を受けてなかったみたいで壊れてはいなかった。

 部屋に入り、着替えもそこそこにベッドに横になる。


「主様、着替えるぐらいはしたほうが……」


「あー……そうだねえ」


 ラヴィに言われ、カレジアの持ってきてくれた服に着替えようと脱ぐ。

 と、2人の息をのむ気配が伝わってきた。

 なんだろう、怪我の跡でも残ってるのかな?


「どうしたの、2人とも」


「えっとですね……アザ?なんでしょうか。マスターの背中に、手のひらを2つ押し付けたみたいな跡が……」


「まるで羽根の跡? あ、消えた!」


 結局、それからは僕の背中に異変は無かったらしい。

 謎はいくつも残しつつ、冬の町の騒動が、ひとまず終わりを告げる。



 

 

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