BFT-030「白い世界へ」
「ブライトさん、順調ですね」
「なんとか、生き残ってますよ」
答える僕も、受付のお姉さんも息が白い。
冬本番。いくら暖炉があっても、人の出入りがあると温まり切らないのだ。
そりゃあ、お姉さんたちもひざ掛けなんかは常備するはずである。
その素材が、天塔の怪物たちの毛皮だったりするのは、皮肉というかなんというか。
「16層で稼げる探索者は、全体でいうと多くありませんから。上手く稼げる人は、稼ぐ場所なんですけどね」
「ブライトと、妖精の魔法が上手くはまってるな」
依頼書を、先に見に行ったベリルが会話に混じってくる。
カウンターにもたれかかる姿は、出会った頃とは結構違っている。
手足や胸元、それぞれに金属防具。
その意味では、僕も同じで防御を重視した金属防具を身に付けている。
素材は、現在活動中の16層、ゴーレムたちからだ。
「ベリルさんも、いいスキルが手に入りましたね」
「おかげさんでな。これのおかげでゴーレム戦でも足手まといにならずに済んでる」
ベリルと組んでから、しばらく。
僕たちは予定通り、防具を更新しつつ強さを稼ぐことを重視していた。
と言っても、なかなかうまく行かない物で……。
結局、13層から先で手に入る素材では、劇的には防具が改善しないことがわかった。
皮や牙、爪といった物が中心の怪物が多く、防御力としては心細い。
じゃあどうするのか?で目的となったのは、今回組むきっかけになった時に通った16層だ。
多少無理をして、直接16層にいけるようにと頑張り、ゴーレムに挑むことにした。
最初は僕やラヴィの魔法を中心にして、後からベリルも参加しだしだ。
それで整った装備のおかげで、ようやく15層や14層の正面からの突破が出来るようになったから、難しいところ。
「ゴーレム戦は、上手くやらないと武器が消耗しますからね。もっとも、お二人のように妖精の宿った武器は例外ですけれど」
「でも、いつか折れるんじゃないかって思うとやっぱり躊躇しますよ」
これは紛れもない本心だ。実際、これまでの戦いでは武器が痛んだ様子はない。
ないのだけど……それはたまたま、これまで痛んでいなかっただけかもしれないのだ。
「噂じゃ、妖精が死んでしまうような怪我を負うと、一緒に壊れるとか……どうだろうな」
「そうはなりたくないね。っと、どんな依頼があったの? へー」
珍しく、天塔外の依頼だった。
クリスタリアから隣町への、物資移送の護衛、という話。
詳しく聞いてみると、帰りは南の町からの食料品の輸送なんだとか。
クリスタリア周辺にも畑があり、ある程度の食料は賄えている。
と言っても、やっぱり冬は困るし、怪物も出る以上は安定までは行っていない様子。
「駆け出しがやるのには問題があるお仕事です。お二人なら、大丈夫かなと思いますよ」
「妖精の同行は……むしろ、必須、ですか」
人手が多いほど、ということなのだろうか?
実際問題、こういう時の依頼金は、探索者の数で決まってくる。
妖精が増えても、お金は変わらないわけだからしょうがないね。
「最近物騒ですからね。目と手は多いほど、ということだと思いますよ」
それからいくつかの話を聞いて、まずクリスタリアから出発する便に合流する。
人員が確保出来次第、出発という予定だったようですぐに出発となった。
僕はこういうのに詳しくないけど、休憩場所とかを考えて時間帯が決まってるもんだと思っていた。
ベリルもそうだったようで、思ったより早い動きに戸惑い気味だ。
「どうも、隣町までは一本道で難所もないんだと。だから、どこで休憩になっても一緒なんだそうだ」
「そうなんだ……守る側としては、逆に困るね。気を抜くわけじゃないけど、ずっと気張ってないといけない」
野盗の話は聞いたことがないけれど、怪物の話はいくつか聞いている。
そのほとんどが、ゴブリンぐらいのものだけど……逆に言えば、ゴブリンはいるのだ。
そう強くないけれど、どこにでもいるのが問題の怪物。
それに、冬ならではの怪物だっているはずなのだ。
町を出てしばらくした時のことだ。
「マスター、あれは?」
「白い……鳥?」
2人の言葉に、慌ててそちらを見れば、遠くに飛ぶ大きな何か。
冬に山から下りてくるという、この地方で有名な空飛ぶ怪物……白い闇、だ。
夜襲われれば、凍死か食われてか好きな死に方が選べるなんて話もある。
(魔法を使うっていう可能性が十分考えられるよね……)
「ベリル、隊商の人に言って、できるだけ木々で隠れるように進もう。開けた場所だと、なんともならないから」
「お、おう」
警戒すべき相手が目に見えたことで、僕も含めて全員の気持ちが引き締まった。
相談の上、整備された広い街道じゃなく、森に囲まれて普段なら怪物が怖い場所を選んだ。
その分、周囲の警戒をしっかりすることで、ゴブリンのような相手には襲われない形を作る。
僕は先頭で、延々と魔法を使って雪を溶かしている。
どうしても雨上がりのようにぬかるむけど、雪のままよりはましだ。
「ご主人様、ブライト様。前方の木陰に気配が」
「まっかせなさい!」
「行きます!」
足元の雪深さもなんのその。妖精たちが飛んでいき……見事に相手を仕留めてくる。
今回は、ゴブリンだけじゃなかったようだ。
天塔で見るグレイウルフより小柄な、狼タイプ。毛皮は……どうだろうね?
周りの木々が大きくなり、たまたま雪があまりない部分があったので今日はここで野営だ。
すぐに中心に火がたかれ、各々の過ごし方で休息が始まる。
こういう時、魔法は本当に便利だ。
見張りの順番を決めて、夜を迎える。
「主様、上がってみたけど、変なのはいなかったわ」
「ありがとう、ラヴィ。助かるよ」
こういう時、本当に空が飛べる3人は便利だ。
遠くも見えるし、何より相手に見つかりにくい。
僕も飛べたらいいんだけど……うん。
妖精と契約者側が、お互いに魔法を使えたりするようになるのは有名な話。
あるいは、同じ武器を得意とすることができる、とかね。
実際、カレジアと同じく剣を得意にしてるし、ラヴィと一緒に魔法を使える。
(でも、飛べても困るか)
それこそ、色んな人に方法を聞かれる日々になるに違いない。
魔法なら、なんとかなるのかな?
「? 主様、最近よく胸元をかいてるわよね。かゆいの?」
「そういうわけじゃ……なんだろうね。足りないような気がするんだ」
指摘されて、僕も自分のそれに気が付いた。
撫でるようなしぐさを、言われてみれば良くしている。
そこには、首から下げた鍵があるぐらい。
ずっとぶら下げてるから、何か問題でもあったかな?と思うけどそれだったらとっくになってるはず。
「眠気覚ましに、妖精のお話を聞かせてよ。向こうはどんな世界なの?」
「え? そうねえ……なんて言ったらいいのかしら」
2人だけの時間が、優しく過ぎていった。




