BFT-026「死神はいつもそばに」
しんしんと、夜がやってくるのと同時に雪は降り続けた。
冬は、ますます強さを増している。
そうして一晩立てば、雪かきをしないと外に出るのも大変なほど。
実際、ギルドには雪かきの依頼はたくさん来ているらしい。
とはいえ、そこは魔法も使える探索者。
僕も含めて、炎系の魔法が使える人員は、無料であったり有料であったりするけれど、引っ張りだこだ。
「屋根からつぶれないようにしないとねえ」
まずは自分たちの家の屋根から、雪をどかすことにする。
そのまま炎をぶつけるのでは、火事が怖い。
そこで、長い鉄の棒を使い、その先で魔法を使うのだ。
「手元が熱くなることがない……相当寒いんだなあ」
そうして一通り、家の周囲も溶かし終えたら町に出る。
地面が乾くまでやれないので、どうしても雨上がりみたいにぬかるむのが悩みどころだ。
さすがに町中は、色んな人が行き交うためか、既に雪がだいぶなくなっていた。
何度もそうしてきたように、側溝に残る雪を落としつつ、剣先に炎を灯して溶かしていく。
自然の物とは違う雪解け水が、町の外の川へと流れていくのが見える。
(村にいたときに、魔法が使えたら楽だったな……)
もうかなり前に感じる思い出を胸に、ギルドに顔を出す。
天塔を登るのに、有用な情報があればいいなといった具合だ。
僕みたいに、まだまだだと思うのなら、情報収集は欠かしてはならないと学んでいる。
どの階層に、どんな怪物が出やすいのかといった情報は命に直結するからね。
残念ながら、13層から先は詳細にとはなかなかいかないのだけど……。
「捜索依頼なんてのが、あるんですね」
「ああ、それですか。正直に言うと、低層では比較的帰還が容易です。逆に言えば、ここで帰ってこないということは望み薄ってことなんですよ。でも、上の方になるほど……探索だけで何日もかかることがあり得ます」
天塔の中、見ましたよね?と言われれば頷くしかない。
これまで以上に、外からは考えられない広さ、高さ、そしておかしな地形。
正直、階層ごとに世界が違う場所に行っていると言われても納得できそうなほどだ。
「仲間、あるいは知り合いの探索者が、こういう依頼を出すんですよ。無事に生き残っていればそれでいいですし、遭難してるような状態だとしたら助けたいということですね」
もっとも、それだけの価値があると思われてるからこそですけど、なんて怖いことも言われた。
ある意味話は簡単だ。どうでもよければ、そういう対応になるということ。
例えば、フレアさんたちが戻ってこないとなれば、依頼はいくつも出ることだろう。
「特別受けてないと、報酬が出ないとかそういうことはないですよ。どうせ登るなら気にしてほしいという類の奴です」
「なるほど……」
思ったよりも多いとみるべきか、少ないとみるべきか……悩むところだ。
めぼしい依頼がないことを確認して、今日も天塔へと向かう。
探索者が多く通ったのか、天塔への道は雪に覆われてはいなかった。
そのまま登るべき天塔へと向かい、何度もやったように13層へとポータルで移動。
このまま、強くなるために頑張る……そのことを意識しながら、カレジアとラヴィを呼び出した。
「外は雪がすごかったですね、マスター」
「ほんとほんと。外に出れないのは寂しいけど、雪に埋もれないで済むのはいいことかしらね」
空を飛べる2人だけど、羽根に雪が積もれば飛べなくなるらしい。
だとすると、吹雪なんかだと風も怖いけど、雪も怖いってところかな?
「もう少しして、ランクが上がったら大丈夫じゃないかって」
「本当ですか!? 頑張りましょう!」
「そうやって力むと失敗するものよ、カレジア」
やっぱり、1人じゃないって良いなあと思いながら周囲を伺う僕。
そんな僕の探知に、すぐに怪物らしき反応が引っかかる。
既に馴染みになってきた、オークの反応だ。
炎系の攻撃で倒すと、肉の焼けたいい匂いが漂うのが問題だ。
一応、食べても死なないらしいけど……進んで食べたくはないよね。
「これでトドメっ! きゃっ!」
「ラヴィ!」
残り1匹となったオークに、得意の火槍を撃ち込もうとしたラヴィを僕はつかみ取るかのように抱き寄せた。
魔法はあさっての方向に飛んでいくけれど、問題ない。
その代わりといった感じで、オークのすぐ上からスライムが落ちてきたのだ。
「あのままだったら、オークごとスライムの中でしたね」
「うん。オークのと混ざって、魔力じゃ追えなかったよ」
多くの怪物が出るというのは、こういうところが怖いと思う。
気配、あるいは魔力で探知できるようになったのはいいけれど、それは万能じゃない。
目の前に相手がいたら、他の物はなかなかわかりにくいのだ。
(たまたま上を向いたときにいたんだから、運がいいよね)
帰ってこれなかった探索者は、こういった場合に命を失うのだろうなと強く感じた。
叫んでスライムを引きはがそうとするオーク、そしてまとわりつくスライム。
黙って見ている必要性もないので、そのままラヴィと一緒に火魔法を撃ちこんだ。
うん、やっぱり匂いは悪くないけど、食べたくはないなあ。
「マスター、落とし物です」
「血痕とかはないし……落としていったか、捨てていったか……どうかしらね?」
そのまま先に進むと、2人が探索者の落とし物を見つける。
見た感じはよくある背負い袋で、中身もある。
念のために剣先で口を開けば、罠ということもなさそうだ。
ここで、置いて逃げるだけの事態に遭遇した?
それとも、持ち切れないだけの収入があった?
「宝箱が出たとしても、袋の中身を出せばいいことだからなあ。一体どういう……!?」
その時ばかりは、僕は偶然に感謝もしたし、怒りも覚えた。
慌てていたという方が正しいかもしれない。
背負い袋を掴み、持ち上がるかどうか確認するために一歩物陰に踏み出した時だ。
カチリと、いつか踏んだときと同じ音がして、浮遊感。
「っと……カレジア、ラヴィ!」
「転移の罠ですか!」
「どこに飛んだのかしらね」
2人を再召喚し、状況に備える。
恐らく、背負い袋の持ち主は袋を降ろして、何かしようとしたところで罠を踏んだに違いないね。
大怪我をするような罠じゃなかっただけ、幸運だろうか?
物陰に隠れ、周囲を伺う。
正直、戦えるような相手じゃない場合だってあり得るんだ。
転移した先は、あちこちに岩が転がっている変な場所だった。
火口の無い火山、と言えば伝わるだろうか。
隠れる場所は多くあり、上手くすれば見つからずに進めそうだ。
というのも……。
「嘘でしょ……竜型?」
視界の先、こちらを向いていない背中側だけど見えたのは……。
明らかに大きな大きなトカゲ、竜型の怪物だった。