BFT-024「理由を知らないということ」
「寒っ」
少し起きて、毛布の隙間からの冷気に縮こまる。
そうして、またうとうとして……。
暖炉の薪が、崩れる音で目を覚ました。
「あー……そうか。村の部屋じゃ、ないんだ」
「おはようございます、マスター」
「今日は、お休みの予定なんでしょ? もうちょっと寝ててもいいんじゃない?」
隣の部屋からやってきた優しい2人の声に、寝ぼけた頭も少しずつ覚醒していく。
僕よりも早く起きて、何かしていたに違いない。
まったく、主としての僕が情けない気がして来る。
(2人とも、自分たちがいるんだからやらなくていい、とは言うけども)
どちらかというと、僕も一緒に何かをしたいから、という気持ちがあるからかな?
「もっと仲良くなりたいからね。朝ごはんとか、3人で作るのが楽しいよきっと」
「ふふっ、そうかもしれません」
「じゃあ、あと少しだけど主様もやる?」
頷いて、人間サイズのキッチンへと向かう。
村にいたころよりも、確実に贅沢は出来ているなという実感。
それは同時に、やはり家族が、村の皆がいないという現実も思い出させてくれるのだった。
村を襲った竜の飛び去る姿、焼け焦げた村……村人だった物。
フレアさんたちぐらい強くなれば、どうにかなるだろうか?
「主様、焦ってもよくないわ」
「そうですよ。今日の足跡を、確実に残しましょう」
表情に出ていたのか、それとも魔力のつながりで伝わったのか。
小さい、腕1本ぐらいの背丈な2人に慰められてしまった。
音もなく飛んで顔が横にあるから、不思議な気分だね。
「ありがとう。よし、これでいいかな?」
お肉と野菜を炒め、とても弱いらしい鳥型の怪物の卵なんかも使っての朝食だ。
山の中だというのに、塩にもあまり困ってないあたり、天塔のすごさがよくわかる。
「「「いただきます」」」
食事の時に祈る代わりに、こうしてつぶやくのは父親の癖だった。
僕にも、神様が本当にいるかは別にして、その癖は伝わっている。
食事を終え、外に買い物に行くつもりで着替える僕を、2人は少し寂しそうに見つめてくる。
外に出るということは、しばらく2人が武具の中、妖精の世界に戻ることになるから当然かな。
「見ることはできるんだっけ?」
「ええ、そうよ。だから逆に寂しく感じる時もあるかしらね」
「一度召喚されたので、向こうでも2人は一緒にいられるのが救いです」
ちらっと聞いた限りだと、妖精の世界は時間が曖昧らしい。
近くに、何年も前に呼び出されたきりで契約が切れてしまった妖精とかもいたようだ。
それ以外にも、向こうは向こうで自然もあり、独自の生活をしている……。
(そう聞くと、こっちには出稼ぎに来ているようなもんなのかな?)
召喚と契約回りが僕には詳しくわからないけど、ただ呼んで呼ばれて、ではなさそうだということはわかる。
2人を剣と指輪に戻し、扉を開けば風が冷たく押し寄せる。
初雪からは半月。天塔の周囲は一気に様相を変えていた。
今年は冬が早いとか、農家の人は言ってたかな。
こんな日でも、天塔に登るつもりだろう探索者たちとは違う道を行く。
前ほどには、彼らを見ても圧倒されるといったことは減ったように思う。
自分が強くなっているという自覚が、自信になってるんだろうか?
「こっちの干し肉を4束。油あります? ああ、じゃあそれも。さて次に……ん?」
雑貨や必需品のお店がある中で、面白い露店を見つけた。
土産屋ってことになるのかな? 観光するような町ではないけれど……。
誰が加工したのか、天塔を模した置物に、武具のレプリカが並んでいる。
外には怪物がいるというのに、こんなものが売れるんだろうか?
「いらっしゃい!って探索者か。また持ち込みかい?」
「いえ、ってことは……これ、天塔から出てくるんですか!?」
思わず手にした天塔の模型はずっしりと重く、何気に凶器としては使えそうだ。
太さは、両手の中指と親指で輪っかを作ったぐらい。そりゃあ重いね。
その代わりにか、武具のほうは軽いし、剣のなんかは振るえば折れそうである。
「そうなんだよ。本当の店はこっち。持ち込まれる奴の中に、時々混じるやつなんだ。買い取れねえって言えば、タダでいいからってよ。練習にはいいかなってことでひとまず売ることにしたんだが……」
そう言われれば、武具の方はまあ……なんとかしようがあるかもしれない。
天塔の模型のほうは、どうしようもない気がする。
「結構重いから、プロミ婆さんとこに置いとくのもなあ」
「確かに、落としたら大変ですね。でもこれ、良く出来てますね」
外側とか、まるでそのまま小さくしたみたいに精巧な作りだ。
この辺が1層、2層……あれ、4層が動く。
ちょっとひねったら、4層部分が上下とも取れたのだ。
3層部分は、平たい板みたいになっている。
「うわ、細かい」
「おお、そんな風になってたのか。こりゃあ、駆け出しに説明するのにいいかもなあ」
お店の人と覗き込む4層の模型は細かく、確かに説明するのに役に立ちそうだ。
試しに他のもとやってみると、取れる場所は結構違った。
かぶってるのも結構あるみたいだけど……。
「でも、駆け出しって僕もそうでしたけど、大体人の話を聞きませんから……どうなんでしょう?」
「あはは、そりゃそうだ。誰しも、最初は夢見てるもんな」
笑いながら、値段を聞けば驚くほど安かったので被らないようにして10本ほど買い込んだ。
どうするかって? 持ち帰って、取れる部分を取って模型だけの天塔を作るのだ。
他の買い物も済ませたころには、結構な重量になっていた。
今なら畑仕事も楽に出来るかな?なんて感じながら帰った僕は、2人を呼び出す。
「お帰りなさい、主様。なんだか面白い物を買ったみたいね」
「さっそく組み直しましょう!」
そこそこ長くなってきた付き合いの2人。
僕がやろうとしたことがわかったらしい。
3人で手分けして、天塔の模型から、取れる階層を取り外して……よし。
これでちょうど10層までの細かい模型が出来た。
実際には、時期によって中の構造が変わるらしいから、地図としては役に立たないけどね。
「でも、こんなのがどうして天塔で拾えるのかしら?」
「さあ、僕は見たことがないもんねえ」
笑いながら、たまたま7層の模型を見ていた時のことだ。
何か、違和感があったような……。
「!? マスター、ラヴィ。この模型、生きてます!」
「どういうこと?」
「ちょっと、良く見たら何か小さいのが動いてるわ!」
言われてみれば、麦粒より小さそうな精巧な模型が中に設置されていた。
それが……じわじわ動いてる!?
呆然と見ていると、さらに変化が訪れる。
とある時期の天塔を模していたと考えていたのだけど、それが大きく変化しだしたのだ。
ごくりと、誰かが唾をのむ音が聞こえた気がした。
よくよく見てみれば、各階層の造りも、全部違う。
広い階層は、より小さく……ってまさか!
「これ、天塔が生み出した自らの……地図!?」
小さなつぶやきが、僕たちだけの部屋に響き渡った。