BFT-018「不穏の兆し」
季節は進み、朝や夜の風が、かなりの涼しさを感じる頃。
僕がカレジアとラビィに出会って、最初の夏が終わろうとしていた。
「今日からここが僕たちの家だよ。と言っても3部屋しかないけどね」
「わー、広いです!」
「主様、私たちにとっては十分広いわよ」
まだ大きな家を借りられるほどには、稼げていないつもりだった。
でもよく考えたら、2人は小さな妖精、これでも十分らしい。
微笑みながら、防犯用の魔道具に魔力を注いで家に入る。
家主として登録した人間、妖精以外が敷地に入ると音が出るとかいうから、なかなか立派な設備だ。
そのぐらい、泥棒なんかもいるってことなのかなあ?
「ゆっくりしたいところだけど、家賃を稼がないとね」
「しっかり稼ぎましょ! ねえ、主様。最近鉄が高くなってるらしいのよ」
「私も聞きましたよ。お婆ちゃんが、言ってました!」
この前、2人だけでプロミ婆ちゃんのところに買い物に行った時にでも聞いたのだろうか?
興味深い話で、支度をしながら話をさらに聞く。
元々、探索者から色々な物を買い取っているギルド。
ちなみに、直接お店に売ることも禁止はされていない。
ただ……交渉が当然必要だし、店としても大量過ぎる買取はあまりしたくないだろうね。
そこで、ギルドに集まった物を販売、としていくわけだ。
だから、何の需要が高まっているか、ギルドには集まってくる。
プロミ婆ちゃんは、ギルドとも長い付き合いだし、引き取りにくい物も買うことで知られる物知りな人だ。
そんな婆ちゃんが、2人に話してくれたってことは……。
「じゃあ稼ぎに行こうか。目標は2つ、壁に埋まってる鉱石類と、数が持てそうな武具だよ」
「あっ、そういうことね!」
「わかりました!」
貴重品はしっかりと備え付けの金庫に仕舞い|(といっても入れる物は碌にない)、家を出る。
たくさん物が入るっていう不思議な袋、手に入るといいなあと思う瞬間である。
既に何度も登った天塔の7層、そして8層。
コボルトが出るこの場所で、着実に力を付けようとしている僕たち。
もう少ししたら9層に挑んで……そして10、11と順調に行けたらいいとは思う。
12層は、色々と特別なんだ。
十分準備と、特訓をしてからのほうがよさそうである。
「逃げるのは追わなくていいよ! どこかから、お代わりを持ってくるかも」
「了解です、マスター!」
「持ち切れない分は、天井付近に刺しておこうなんて、さすが主様」
あんまりポータルそばにあると、落ちてきた時に危ないから少し離してはあるけどね。
ふと上を見上げたら、刃物が刺さってる壁ってのは驚くかもしれないね、うん。
基本的には、効率のいい素材である鉱石を探して歩き、遭遇したコボルトから武具を奪う。
買い集めておいたぼろ布で刃部分は覆い、縛って運ぶ。
気が付けば、まるで薪を集めた後のように物凄い姿になっていた。
「さっきの人、驚いてたね」
「そりゃあ、なんだか剣が背中から生えた人間みたいになってるもの……」
「でもこれで、お婆ちゃんは喜びますよ、きっと」
2人の言葉に笑みを浮かべ、プロミ婆ちゃんがどう思うか楽しみにしながら、7層から地上に戻る。
外で出会った探索者にも、変な目で見られたけどしょうがない。
ギルドに行く前に、お婆ちゃんから話を聞くことにした。
「プロミ婆ちゃん、鉄系を持ってきたけど、いる?」
「鉄系?って……おやまあ、ハリネズミだね。そっちにいったん置きな」
ハリネズミ……知らない名前だ。怪物か獣なんだと思うけど、そんな怖いのがいるのかあ。
世の中には知らないことの方がやっぱり多いな、そう思いながら荷物を降ろす。
「どれどれ……律儀にそれらしいものだけ集めて来たってわけか。いいね、いいじゃないか。これならむしろ、鋳溶かすことをせずに、そのまま使うほうがいいかもしれないねえ」
「使うって……探索者が?」
婆ちゃんは首を振り、僕に顔を近づけて来た。
なんだか迫力があって、どきりとする。
「軍さ。需要が増えてるのは探索者じゃなく、軍なのさ。どうも、一戦やらかしたらしいね。怪物相手だかはわからないけども、買取依頼が多くきてる」
「マスター、軍……とは?」
「知らないの、カレジア。人間の兵士たちのことよ。人間は住む場所を、奪い合ってるのよ。ね、主様?」
ラヴィの問いかけに、すぐには答えられない僕がいた。
言われてみれば、町で探索者っぽくない人をちらほら見かけるような気がする。
もしかしたら彼らは、買い取りじゃなく自力で入手することとした軍人なのかもしれない。
「住む場所以外が理由でも、戦争は起きるのさ。人間らしい話だよ。坊主、しばらく町中で飛ばすのは止めておきな。勧誘の名目で連れていかれるかもしれないよ」
「そうか、2人なら空を飛んで偵察できる……!」
一体どうして、と考え始めてすぐに、その理由に思い当たる。
今の僕みたいな生活ですら、空を飛べる2人の強さは毎日感じられるほどだ。
矢が届かないぐらいの高さで、偵察が出来る存在なんて、いくら人間を鍛えたってどうにかなるもんじゃない。
可能性があるとしたら、魔法使いが魔法で空を飛ぶぐらいだ。
そう考えれば、ほぼ消耗無しで空を飛んでる2人は、とんでもない話だ。
「2人とも、少し寂しいけど、家と天塔以外ではしばらく中にいようか」
「一緒に町を歩けないのは寂しいけど、しょうがないか」
「マスターの決められたことなら……早めに呼んでくださいね」
心配になった僕は、婆ちゃんの言うよりももう少し注意してみることにした。
今は、消耗を特に感じないので出しっぱなしの妖精2人。
これを、他の探索者同様に、必要な時だけ呼び出していく形にしようと思う。
(何か、手を出さないって確約が得られればいいんだけど……無理かなあ)
既に1人だけの生活に戻れそうにない僕は、そんなことを考え始めるのだった。